ラスト・ストーリーズ の商品レビュー
○図書館より。 ○サリンジャーやカーヴァーに似た読み口の作家を探していて、トレヴァー作品に行き当たった。彼の作品は何冊か読んできたが、これが一番好きかもしれない。 ○装丁のデザインも良い。細いストライプ模様が表紙にも遊び紙にも入っていて、ストイックで整然とした作品世界の雰囲気がに...
○図書館より。 ○サリンジャーやカーヴァーに似た読み口の作家を探していて、トレヴァー作品に行き当たった。彼の作品は何冊か読んできたが、これが一番好きかもしれない。 ○装丁のデザインも良い。細いストライプ模様が表紙にも遊び紙にも入っていて、ストイックで整然とした作品世界の雰囲気がにじみ出ている。 ○晩年の作品を集めた短編集らしく、作風に円熟が加わり、静かで抑制された作風に磨きがかかっている。
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『彼らはどこにいるときでも制度には引っかからないようにした。制度という単語は知らなかったので、そう呼んでいたわけではないけれど、たとえ一時的であってもそいつの中へ迷い込んだり、そいつを受け入れてしまったが最後、自分たちの自由を手放すことになるのがわかっていたからである。さしあたっ...
『彼らはどこにいるときでも制度には引っかからないようにした。制度という単語は知らなかったので、そう呼んでいたわけではないけれど、たとえ一時的であってもそいつの中へ迷い込んだり、そいつを受け入れてしまったが最後、自分たちの自由を手放すことになるのがわかっていたからである。さしあたって生き延びさえすれば、未知の生き方にきっとどこかで出会えるだろう、と彼らは考えていた』―『足の不自由な男』 一つひとつ、短いけれど、過不足の無い物語が紡がれている。どの話にも幸福感に満ちた人々は登場せず、主人公たちは秘めた思いに囚われながらも日々の些事に身を委ねている。何故ならそれが生きるということの本質だから。生きるということには大袈裟な目的や意義が必ずしもある訳ではなく、生活を営むこと自体に真剣にならざるを得ないのだから。だが心に刺さった棘の痛みがその必死さで消える訳ではない。そんなごく当たり前のことが短い文章の中にきっちりと書き記されている。大袈裟過ぎず、過分に感傷的にもならず。 だが、そんな人生の本質を取り出してみると、どれもこれも悲哀に満ちた物語となるのは何故だろう。そこに、悲しみこそが人間として最も大切な感情なのだとするウィリアム・トレヴァーの教えがあるように思う。悲しみの中には、絶望があり、怒りがあり、時には良き日々の思い出の余韻すらあるのだ、と。それらはいつか過ぎ去っていくが、悲しみという感情のしこりは無くならないのだ、と。 「長めの訳者あとがき」によれば本書は作家の遺稿を元に編まれたものだという。しかも作家が死後に出版されるべき短篇を自ら選んで残したもののようだとも。そう言われてみれば、死や不在によって封じられ、葬り去られるというのが強過ぎる表現ならば忘れ去られていく、ちょっとした人生の悲しみや秘された事柄が並んでいるようでもある。だとすれば作家には待ち望んでいた読者に対する遺言にも似た思いがあったのだろうと想像を膨らませたくなる。そして、想定された読者をそんな物語を好んで読みたい気分にさせるのは北海の冬の寒さなのだろうか、あるいは老いへの漠然とした思いなのだろうか(だとすれば本書は読者を選ぶことになるだろう)と、ふと思う。
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どのストーリーも悲しいような、落ち込むような、複雑な余韻がある。 説明的に入ってくるのではなくて、感覚的に入ってくる感じ。感覚なので、説明しようとすると説明しにくいというか。 感想文を書きなさいと言われて、はっきり書いてしまうとなんか違う…と思うような。 そんな感じで、また読み返したくなる短編集。 メモ 【ピアノ教師の生徒】 ピアノの才能ある生徒には盗難癖。 【足の不自由な男】 足の不自由な男とその男に不満を持っている、財産狙いの妻。男から壁塗り仕事をする2人の男。 【カフェ・ダライアで】 友人同士だった女2人なのに、結婚予定だった一方の女の恋人を一方の女が横取りして結婚。 長い間会わず、男が死んで会いに来る。 【ミスター・レーヴンズウッドを丸め込もうとする話】 紳士的なレーヴンズウッドに気に入られた銀行員の女性。女性はだらしない男との子供がいて、ほとんど母子家庭状態。 レーヴンズウッドに誘われて食事へ。 だらしない男はしょっちゅう女性によくない提案をしては金銭を得ている。女性は断れずに実行してしまう。 今回もレーヴンズウッドがお金を持っているため、丸め込もうとするが、とても躊躇いがある。 女性はそんなことしたくない。 レーヴンズウッドから悲劇の話を聞きながら混乱していく。 【ミセス・クラスソープ】 夫とは金目当ての結婚、夫は死亡し、その後自由に生きていこうとするクラスソープ。 ある道で見かけた男を気に入ったのできっかけをつくり知り合いになろうとする。 しかし、その男は迷惑がっていた。 会わなくなり、そのうちに男は結婚した。ある日クラスソープが惨めな死を迎えたと新聞で知る。 冷たい態度をとったので、やや後悔が残っていた。なぜそんな死を迎えだんだろう。 【身元不明の娘】 息子のことが好きだったお手伝いの女性が事故死。 謎の多い子で、事故の時も自殺っぽい。 【世間話】 ある男からストーカーに似たような行為をされていたが、その妻が突然やってきて、夫がここにいるだろうと言われる女。夫とのこと、夫の女への気持ちなど話出す。 【ジョットの天使たち】 記憶喪失の男。体を売る女が近付き家まで来る。 金を持ち逃げして、やっぱり返さねばと思うが… 【冬の牧歌(イデイル)】 過去に家庭教師をしていた男と再会。好きな男だった。しかし既婚者、子持ち。子供が父親がいなくなって食べなくなったという。いったん子と妻のところへ戻るが子供は食べるようになり、また一緒に女と暮らし始めるが、ある日さよならも言わずに去ってしまう。 【女たち】 母親の記憶がほとんどない少女。父親と生きてきた。 2人の女がいて、少女に突然接触し始める。 少女は養子で、この女の1人が母親だった。
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タイトルからそういうことか、とは思っていたが2016年に亡くなったアイルランドの短編小説の大家のこれが遺作ということになるらしい。たまたま手にとって見て素晴らしさに魅了され邦訳を片っ端から読んだがついに最後と言われると手に取りたくないような気もしたのだが...。 一般的に短編集と...
タイトルからそういうことか、とは思っていたが2016年に亡くなったアイルランドの短編小説の大家のこれが遺作ということになるらしい。たまたま手にとって見て素晴らしさに魅了され邦訳を片っ端から読んだがついに最後と言われると手に取りたくないような気もしたのだが...。 一般的に短編集となるとこれはちょっと...みたいなのが入っていたりするのが常だけどこの作者に限っては駄作が一つもない。なにか大事件が起こったりするのは稀でどちらかというと日常が淡々と進んでいく中のちょっとした引っかかりみたいなのとか、これはそもそもどういうこと?とちょっとページを戻ったりという感じのものがほとんどなのだけど訳のわからないつまらないものを読まさせられた、という感想を持ったものが一作も記憶にない。これからもしかしたら邦訳されていなかったものが出てきたり未発表の原稿が出てくるのかも知れないし是非そうなってほしい。とにかく一度読んでみてとしか言えないけれど本当に素晴らしい作家。おすすめです。
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高齢になってからのトレヴァーの筆の衰えなさ、瑞々しさに驚かされるばかりだが、こちらの最後の短篇集もまたその例に漏れず。 『ピアノ教師の生徒』は芸術と性質の矛盾がなぜか魅力的に思えてしまって印象的だし、『カフェ・ダライアで』は1人の男を巡る女同士をよくこうも描けるなあと感心するばかり。『冬の牧歌』『女たち』は、『ツルゲーネフを読む声』から通ずるような、過去の小さな仄明かりを握りしめ続ける女性たちにため息が漏れる思いで、とても好きだ。
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