余生と厭世 の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
146ページ、ページ数が少ないと思っていたけど、例えと言い回しが難しく読み流しながら牛歩で進んでいたため5日間くらい跨いで読了。 残りの診察回数を数える先生、良くない想像を巡らしている内に、足を怪我した少女を見過ごしてしまう冒頭からこの物語は始まる。 新患のアガッツ、患者のマダム・アルメイダ、耳の聞こえない隣人、夫の病を機に休職をした事務のマダム・シューリューグ、夫であるトム、これら登場人物が先生の周りを取り巻いて環境は変化し、終盤にはマダム・シューリューグが病院に戻ってくる「本当に引退するつもりじゃありませんよね?」の一言に引退を引き留められる。アガッツにカフェに誘われ、この物語はハッピーエンドで締め括られている。 訳者の後書きにラブストーリーと書かれているけれど、実生活を混同してはいけないという先生の言動に対し態度が裏腹で人間の業を感じ、知識もある傍ら感情移入出来ないが、前提としてフィクションである事、年代から見るに規制も現代より緩い印象があり、諸々を鑑みるに内容を受け入れなければいけない。 厭世的な思想に共感、患者の話を苦しそうに聞き流しながら残りの診察回数を数えていた冒頭と、残りの診察回数を数えていなかった事に今その時気付いた終盤の、変化と描写の対比が綺麗だった。悲観的な人間は残りの回数を数えるが、情熱のある人間は1回1回を大切にしようという意識が見て取れる。 物語はアガッツの病気の回復を軸に進んでいないが、診察をする度にアガッツが元気(なように見えてくる)のは魔法か、それとも先生の見方が変化していったからだろうか?アガッツに自己を投影してしまうのは仕事上では危ない事だけど、諸々を省けば、余生を楽しむには丁度良い人なのだと思う。 【まとめ】 厭世観は生き方の姿勢の一つとしてあるが、使い方を間違えれば、安定感を一度得た人の中から生まれる、怠惰と依存の絡んだ防衛反応だと思う。 その場しのぎの言葉や態度をある程度覚えれば1日の活動はシステム化され、慣れると情熱(=モチベーション)は少しずつ失われてしまう。 モチベーションのない生活はどんどんと淡白に見えてくるが、満たされないものが積もっても、楽を覚えた人間の一部は変化に怯えて安定をとり、そこに依存するようになる。 怠惰な感情で考えず、必要な時にまわそうと仕込んでいた脳は必要な時にも働かず、人は知らず知らずの内に動かした防衛反応によりどんどんと腐っていく。 その様子は、いわば見落としがちな底なし沼のようでもあり、楽に縋る人間が厭世観という沼に順当にハマっていくんだろう。
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なんかいいなあ。しみじみ?この本の良さを表すのはどうすればいいんだ?退職を控えた精神科医72歳の日常。静かで地味。家族、友達いない。自分が歳とったら、かなり満足した毎日を送ることができるんだろうと漠然と考えていたけど全然そんなことねえな。むしろ思い通りにいくことの方が奇跡に近く、...
なんかいいなあ。しみじみ?この本の良さを表すのはどうすればいいんだ?退職を控えた精神科医72歳の日常。静かで地味。家族、友達いない。自分が歳とったら、かなり満足した毎日を送ることができるんだろうと漠然と考えていたけど全然そんなことねえな。むしろ思い通りにいくことの方が奇跡に近く、常に周囲に疲労させられる。日本はカウンセリングがあんまり浸透してないし、なかなか人目あって、自分の心に向かい合うことに敷居がある。不思議だよね、自分を労ることに何だか罪悪感があるんだ。まあ最後の最後、この医師は少し自分が見えた。
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引退間近の精神科医とその日常を淡々と綴りながら、最後の新患女性との診察を通じて起こる彼自身の変化を描いた物語。 精神科ならではの重苦しさはほとんどなく、なんとも心穏やかな気持ちで読み進められる不思議なトーンを持った本だった。 著者はコペンハーゲン出身の、臨床心理士でもある女性。元...
引退間近の精神科医とその日常を淡々と綴りながら、最後の新患女性との診察を通じて起こる彼自身の変化を描いた物語。 精神科ならではの重苦しさはほとんどなく、なんとも心穏やかな気持ちで読み進められる不思議なトーンを持った本だった。 著者はコペンハーゲン出身の、臨床心理士でもある女性。元卓球デンマーク代表選手という興味深い経歴の持ち主。 他の作品も読んでみたくなった。 3~4ページくらいの短いスパンで見出しが付いており、全体のページ数も150ページほどと非常に読みやすい。 表紙のデザインはシンプルだがなかなかのインパクト。
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老病死と共に生きていくっていう話。 フランスを舞台にしてるけど、やっぱりデンマークの静かな雰囲気が似合う静かな小説。 章が短く分けてあって読みやすい。
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アガッツが来たのが別のタイミングだったら、老医者は何も変わらなかったかもしれない。あのときに彼女が現われたからこそ、彼は自らの孤独や患者たちと真に向き合うことができた。たとえ嫌気の差す仕事でも、終わる間際になって初めて、かけがえのないものに見えてくるように思う。同じことが人生全体...
アガッツが来たのが別のタイミングだったら、老医者は何も変わらなかったかもしれない。あのときに彼女が現われたからこそ、彼は自らの孤独や患者たちと真に向き合うことができた。たとえ嫌気の差す仕事でも、終わる間際になって初めて、かけがえのないものに見えてくるように思う。同じことが人生全体に言える。私ももうすぐ死ぬという時になったら、色んなものを受け入れられるかもしれない。そうであればいいと思う。リンゴのケーキ食べてみたい。 読みやすかった。訳者あとがきはちょっと微妙。
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日々の診療を機械的にこなし、半年後までの診療回数を指折り数えて引退を待ちわびる、孤独な老精神科医を主人公としています。そんな彼の元に自殺念慮と自傷衝動に苦しむ三十八歳の既婚女性が、彼のセラピーを希望して押し掛け、医師は渋々引き受けることになるのですが、老人は次第に患者であるアガッ...
日々の診療を機械的にこなし、半年後までの診療回数を指折り数えて引退を待ちわびる、孤独な老精神科医を主人公としています。そんな彼の元に自殺念慮と自傷衝動に苦しむ三十八歳の既婚女性が、彼のセラピーを希望して押し掛け、医師は渋々引き受けることになるのですが、老人は次第に患者であるアガッテの魅力に心を惹かれ、やがて自身が恋に落ちていることに気づきます。医師のアガッテへの想いを主としつつ、ほかの患者や隣人との関係などを通して「人を愛したことがない」と話す主人公の寂寞とした生の営みと変化が描かれ、また終盤にはアガッテが病んだ原因も明かされています。 主要な登場人物は名前が明かされない老精神科医、患者アガッテ、秘書のマダム・シューリングの三人。舞台は1948年のパリとなっていますが、アガッテの過去の入院歴として精神科治療に非人道的な療法が用いられていたことを除けば、この時代設定に特別な意味は見出せませんでした。本文は約140ページ、かつ一節が2~7ページごとで改行・改ページが多いため文章量はかなり少なく、難解な表現もないため、読み通すことは容易です。 予期したよりも、意外性には欠けるオーソドックスなお話でした。
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