新写真論 スマホと顔 の商品レビュー
読みやすい語り口で独自の見方を展開するのだが、言われてみると確かにとなる主張が多く、弁論上手いなあと感じた。 自撮りもしないしSNSもほとんど見ないせいでSNS自体スマホ時代にどんな写真文化が発達しているのかすっかり分からなくなってしまっていた。そんな浦島太郎が現代の写真について...
読みやすい語り口で独自の見方を展開するのだが、言われてみると確かにとなる主張が多く、弁論上手いなあと感じた。 自撮りもしないしSNSもほとんど見ないせいでSNS自体スマホ時代にどんな写真文化が発達しているのかすっかり分からなくなってしまっていた。そんな浦島太郎が現代の写真について理解するのに丁度良い本だった。
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現在の技術や流行を踏まえ、写真について論じる一冊。写真を仕事にしてる人はもちろん、そうでない人も必読の本。
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写真について話しているのかな、と軽い気持ちで読みはじめたが、本当に幅広い議題を入れながらスマホが出てきた写真に対する私たちの意識や顔について細かく書かれている。 写真を撮るプロセスはカメラの後ろに黒い幕を覆った人が立ってファインダー越しの被写体にピント合わせながら調整。写真が撮れ...
写真について話しているのかな、と軽い気持ちで読みはじめたが、本当に幅広い議題を入れながらスマホが出てきた写真に対する私たちの意識や顔について細かく書かれている。 写真を撮るプロセスはカメラの後ろに黒い幕を覆った人が立ってファインダー越しの被写体にピント合わせながら調整。写真が撮れたら暗室で現像して写真が完成する。このフローはスマホの影響で全て1つのデバイスに完結できた。さらに撮影者は必ずしもカメラのうしろにいるわけではなく、インカメで被写体と一緒に映ることができる。また出来上がった写真は事前に確認できるようになり、加工なども手軽に出来るようになった。 少し前にsnowなどのアプリが出てきて最近は自分の顔に対するコンプレックスを修正できるようになったが、昔の自画像を書いてもらっていた頃もそのままの顔を嫌がって、少し美化された顔にしていたという事実が面白かった。 そして最近生まれた子はフィルムや暗室の存在知らないんだろうな…と思ったり、逆にその面倒なプロセスにハマる人も出てきているのも面白い。 奇奇怪怪明解事典で紹介されていたので読んでみたが、普段手に取らないような内容で良かった。
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はじめに 写真を通じて「なぜそうするのか」を考える スマホと顔 01 スクリーンショットとパノラマ写真 02 自撮りの写真論 03 幽霊化するカメラ 04 写真はなぜ小さいのか 05 証明/写真 06 自撮りを遺影に 07 妖精の写真と影 スクリーンショットと撮影者 08...
はじめに 写真を通じて「なぜそうするのか」を考える スマホと顔 01 スクリーンショットとパノラマ写真 02 自撮りの写真論 03 幽霊化するカメラ 04 写真はなぜ小さいのか 05 証明/写真 06 自撮りを遺影に 07 妖精の写真と影 スクリーンショットと撮影者 08 航空写真と風景 09 あらゆる写真は自撮りだった 10 写真の現実味について 11 カメラを見ながら写真を撮る 12 撮影行為を溶かすSNS 13 御真影はスキャンだった 写真は誰のものか 14 家族写真のゆくえ 15 「見る」から「処理」へ 16 写真を変えた猫 17 ドローン兵器とSNS 18 Googleがあなたの思い出を決める 19 写真から「隔たり」がなくなり、人はネットワーク機器になる 20 写真は誰のものか ファサード 21 2017年10月1日、ラスベガスにて 22 香港スキャニング 23 香港のデモ・顔の欲望とリスク おわりに
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論、と言うお堅い感じでは無くエッセイ集に近い。示唆に富んでいて面白い。今の写真とはスマホであり自撮りでありSNSで共有するものという現状を正面からとらえ、多くの話題が語られている。
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スマホとSNSによって変容した現在進行形の「写真」についての考察。プロカメラマンや写真家と呼ばれるひとたちが撮る以外の写真についての考えが述べられている。そうした写真についての研究は民俗学的でもあり、こういう本を読みたかった、というのはある。また、明治の家族写真、遺影写真が一般家...
スマホとSNSによって変容した現在進行形の「写真」についての考察。プロカメラマンや写真家と呼ばれるひとたちが撮る以外の写真についての考えが述べられている。そうした写真についての研究は民俗学的でもあり、こういう本を読みたかった、というのはある。また、明治の家族写真、遺影写真が一般家庭まで普及した過程など、歴史的写真についても参考になる。 現代美術での「写真」を見ていると、素朴に考える「写真」から遠いところにいってしまったと感じる作品に遭遇することがあるが、芸術を離れたところでも遠いところにいってしまったな、という感想。
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写真について自分はまだまだ言語化できていないと痛感した。著者は「『写真とは何なのか』を言語化できるのが写真家」と書いている。 この「挑発」に負けず、まずは自分の分野でさらに深く言語化を進めたい。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
“現在、「写真」は激変のまっただ中にある。(中略)「写真」という用語をあらためなければならないとすら思っている。言うまでもなくこれはスマートフォンとSNSによってもたらされた” スマホ時代、SNS時代の写真の在り方についての、熱い写真論。 自撮りが全盛の昨今、カメラを仲立ちとした、撮る者と撮られるものという関係性が崩壊している。 著者に指摘されるまでもなく、スマートフォンは写真を変えた、変え続けてくだろう。 「だれもがカメラを持ち歩き、写真家は要らなくなった」 「すべての写真がクラウドにアップされ、写真屋も要らなくなった」 と、著者は論を進めてゆき、最後には、 「写真は人間を必要としなくなるのではないか」 とまで言う。人々が薄々気づいていることを、明快な筆致で言語化した新しい写真論だ。 写真の在り方だけでなく、スマホによる誰もがお手軽に、しかもハイクォリティの写真を撮れるようになったことで、旅が、「自分探し」から単に「絶景を見るもの」に変っていったとも説く。 「今や観光と写真は絶景を媒介にがっちり結びついている」 おっしゃる通りだろう。そこに絶景さえあれば、その成り立ち、自然環境や歴史的背景など、もはや必要ないのが現代だ。これは、昨今の展覧会にも言える。痛烈に、主催者側の意図を看破する。 「展示作品を「コンテンツ」と呼び、来場者を増やすための「デジタルマーケティングを駆使した戦略」の重要性を説き、「SNS運用の本質を理解することが、最高のテイクニック」だと言う。「『感動』が人を動かす」という表現もあり、自己啓発書と見分けがつかない。」 こうした現代における写真の在り方の変遷、SNSという媒体、そしてスマホという機器がもたらす、被写体=撮影者というパラダイムシフトを通じ、ゆくゆくは、 「もしかしたら写真は人間を必要としなくなるのではないか」 という可能性までも探る意欲的な一冊!
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