贈与と共生の経済倫理学 の商品レビュー
本書は埼玉県小川町の有機農業家・小川美登さんが実践した「お礼制」を軸に、農業と市場、また農家と消費者の関係性について考察した著者の博士論文を書籍化したものです。 印象に残っているのは、農家が生産物に値付けをする際の“心痛”について書いたパート。そういえば僕の身近にも「農産物を値...
本書は埼玉県小川町の有機農業家・小川美登さんが実践した「お礼制」を軸に、農業と市場、また農家と消費者の関係性について考察した著者の博士論文を書籍化したものです。 印象に残っているのは、農家が生産物に値付けをする際の“心痛”について書いたパート。そういえば僕の身近にも「農産物を値付けをして売るのがどうしても苦手」という人が多いし、自分にもその傾向があると思います。生産物に自信をもつ/もたない、あるいは手をかけたものが市場で正当に評価されるかどうか、あるいは環境からいただいたもの(農業者は環境を整えたに過ぎない)に値付けをすることに対する抵抗感、その他さまざまな感情がそこにはあって、そこに心理的抵抗を持つ人がいるというのは理解できます。 だからこそ、JAがあり市場があり仲卸を経て消費者の手元に届くという現代のシステムは、当時の物流の制約はあったにせよ、そうした貨幣経済と農村のような贈与社会をつなぐ変換プロトコルとしてうまく機能してきたのかもしれません。 一方で金子美登さんは「お礼制」、つまり消費者側が受け取った生産物の代価を決めるというシステムによって、生産者と消費者が直接つながりながら、生産者のそうした心のストレスを取り除いて健全な関係を気づこうとしました。こうした消費者と生産者の提携は、有名なところでは大地を守る会、らでぃっしゅぼーや、Oishixなどがありますが、最も直接的でコミュニティ単位の閉じた提携の形といえます。生産者と消費者が直接つながり、信用に基づいたもろとも」の関係でやり取りをすることで、貨幣経済に身を置くなかで失われていった人間性を回復できる、と説きました。 商売とは(特にデジタル、インターネットを介した商取引が一般的となった現代では)とてもゲーム的な営みですが、農業生産はそれとは少し違って、土地に根ざした身体的な活動をともなう労働であり、生活そのものです。この二つをどのように違和感なく結びつけるか、ということについてはさまざまな試みがありますが、まだまだ適切な落とし所はわかりません。タイトルにある「贈与と強制の経済倫理」は結局のところ貨幣経済に対する対立概念ではなく、著者が言いたいのは特に農村経済において、どの程度のバランスでこれを「埋め戻す」か、という問いなのだと感じます。 近年では生産と消費の提携のやり方としてCSA(Community Supported Agriculture)という物があります。これはあらかじめ作付けの前に消費者からお金を集め、その年の収穫の成果をその総量に応じて分配するやりかたです。農業は天候やその他要員によって収量が大きく変わります。CSAを取り入れることで、農家は固定的な収入が得られ、消費者は豊作であればより多くの収穫物を受け取ることができますが、一方で生産が不調に終わった場合は返金は行われない。まさに信用に基づいた「もろとも」の関係性です。 ともあれ、きちんと生産回していかないといけないので、僕の場合はまずはそこから。将来的には、お礼制やCSAなどをもとにした提携のあり方を考えたいと思っています。著者は本書刊行の直前に病で急逝されたとのこと。ご冥福をお祈りしつつ、その精神を引き継いでいきたいと思います。
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・「お礼制に切り替えたことで、精神的に安定し、百姓として人間的に解放されたみたい」金子美登(よしのり)氏 ・放射能問題に対し「心配は心配なんですけどね、金子さんのはもろともと思いますよ」尾崎史苗氏 ・酪農は、人間をかえる。人間としていかにあるべきかを牛によって日々問われるような...
・「お礼制に切り替えたことで、精神的に安定し、百姓として人間的に解放されたみたい」金子美登(よしのり)氏 ・放射能問題に対し「心配は心配なんですけどね、金子さんのはもろともと思いますよ」尾崎史苗氏 ・酪農は、人間をかえる。人間としていかにあるべきかを牛によって日々問われるような仕事。 ・1974年から朝日新聞で連載された有吉佐和子の「複合汚染」が与えた社会的インパクトは大きく、多くの主婦たちが有機農業運動に入っていくきっかけを作った。 ・村は言葉では変わらない。「言葉では野菜は育たない」 ・「地域」=自立した生活空間の単位 ・町の名士である酒蔵は「文化」にお金を投じる「旦那」の世界があった。 ・「地域は旦那がいなくちゃしょうがない。世の中の人のためにばらまくっていう。粗利のない世界に文化は無い」中山雅義氏 ・「元気がでる金額で買って。全量買い上げ、出荷されたら現金で買う」渡辺一美氏 ・人間には、贈与も交換も共に必要。 ・「農業ってのは、面白いから続いてきた」「百姓は仕事をしている時には楽しいのに、売る時に腹が立つ」 ・信頼とは一種の冒険であり、リスクを冒す行為。 ・「お礼制」の関係性の継続には、学び合いが必要。 ・独立したければ、他者と相互に関係をもつ必要がある。 ・ポランニーのResignationを「覚悟して受け入れること」と訳す。 ・「私」がコントロールできない存在、外部にあるもの、それが他者。「私の身体・肉体」も他者。 ・他者の顔が見える。金子の姿が思い浮かぶことが、おざきにこうした応答を促す原動力になっている。 ・「自己責任」という方便は、弱者切り捨ての自らの無責任を正当化するための方便として使われており、それはつねに、強者から弱者に向けられる。 ・「自立とは、依存先を増やすこと」小児科医で脳性麻痺の障害を持つ熊谷晋一朗の言葉。 ・唯一無二の存在としての「私」にしか見えない、書けない論文があるはずだ。 ○この本、すげ~。力がある。
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