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邪馬台国時代の東海の王 東之宮古墳 の商品レビュー

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2021/09/28
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愛知県犬山市に東之宮古墳と呼ばれる方墳があります。3世紀末に作られたと考えられる、72mの前方後方墳で、古代尾張を考えるうえで重要な古墳です。山の山頂を削り地面を平らにしたこと、チャートを主体とした葺石で装飾され赤く綺麗であったろうこと、宝飾品の出土状況などがわかりやすく解説されています。中でも、大和王権から分与された鏡ではなく、尾張地方のみで作出される人物禽獣文鏡が最も重要な位置よりみつかり、地方特産物を大切にしたであろうことがわかります。 犬山の地は木曽川が濃尾平野に流れ出でる基部に位置し、古代から重要な場所であったようで、この辺りを邇波県(にわのあがた)と呼んだそうです。近隣には大型の古墳や遺跡、由緒ある神社などが多く、旧路も通っていたことが、それを傍証する証拠として図示されています。 私見ですが、近隣の針綱神社および犬山祭と関連が深く、尾張氏にゆかりの深い古墳と思われます。下記の系図のごとく、尾張氏はかつては葛城に居住していたと考えられ、濃尾平野に移住するにあたり、建稲種命が玉姫を妻とし、この地の豪族と縁を深めたことが推察されます。 針綱神社祭神: 尾治針名根ほか下記 尾張氏: 建多乎利―〇―〇―建稲種―尻綱根―尾治針名根 邇波大縣主: 大荒田命―玉姫 いはやは、尾張の古代史、おもしろい!

Posted byブクログ