壁の向こうの住人たち の商品レビュー
一見すると米墨国境の向こう、つまりメキシコ人のことかと思うようなタイトルだが、「壁」とは心理的な壁のことで、民主党支持のリベラル思想を持つ著者が、共和党右派の考え方を知りたいと思って行ったフィールドワークの本。規制が緩く環境汚染がひどい南部の町で、なぜ、環境保護規制に反対する人が...
一見すると米墨国境の向こう、つまりメキシコ人のことかと思うようなタイトルだが、「壁」とは心理的な壁のことで、民主党支持のリベラル思想を持つ著者が、共和党右派の考え方を知りたいと思って行ったフィールドワークの本。規制が緩く環境汚染がひどい南部の町で、なぜ、環境保護規制に反対する人が多いのかといったパラドキシカルな事実を現地でのインタビューから分析している。中々重たい中身だし、アメリカ気質、特に、南部人の基本的な考え方を知らない故に、内容がよく理解できたとは言えないが、白人男性というだけで、黒人とか性的少数者などの「マイノリティー」の問題について差別主義者のように扱われかねないという懸念やフラストレーションは分かるような気がする。政治的に正しいことでも、それを押し付けられるのはごめんだという考え方は、国を問わず、人々の間に溜まってきていて、ポピュリズムのような形であちこちで噴出してきているのではないだろうか。その意味で、本書が書かれたことは、著者の先見の明を感じる。
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合理性やロジックに照らして理解しがたいと思われる心情を平然と語る相手を前に、我々はしばしば「理解できない」と口にし共感の壁の前で踵を返してしまう。著者はリベラルの立場から、押し付けられる環境汚染に黙って耐えむしろ連邦政府の保障を拒む共和党支持者(ティーパーティ)の「理解できない人...
合理性やロジックに照らして理解しがたいと思われる心情を平然と語る相手を前に、我々はしばしば「理解できない」と口にし共感の壁の前で踵を返してしまう。著者はリベラルの立場から、押し付けられる環境汚染に黙って耐えむしろ連邦政府の保障を拒む共和党支持者(ティーパーティ)の「理解できない人々」の中に分け入り、丹念に聞き取りを続けるうち、彼らの中に、事実かどうかはともかく彼ら自身がそうと自覚する自らの立ち位置=ディープ・ストーリーを見出す。共感の壁の前で一旦は立ち尽くしながらも必死で這い上り超えていく著者の姿勢に深い感動を覚えるとともに、格差という分断の進む世界でのとるべき姿を教えられる。
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トランプ大領領の支持者は関税化、法人減税等の自分たちの経済的利益を損なう政策を実施しているにも関わらず、依然として支持続けるのは何故かということがこの本を読めば理解できる。筆者はフェミニスト社会学の第一人者であり、2011年から5年間にわたり、ルイジアナ州に長期滞在し、コアなトラ...
トランプ大領領の支持者は関税化、法人減税等の自分たちの経済的利益を損なう政策を実施しているにも関わらず、依然として支持続けるのは何故かということがこの本を読めば理解できる。筆者はフェミニスト社会学の第一人者であり、2011年から5年間にわたり、ルイジアナ州に長期滞在し、コアなトランプ支持者に密着取材して、彼らの心情を詳らかにした。メディアは彼らを白人至上主義と単純化しているが、多くは善良な市民であるだけに、余計、問題の根の深さを感じた。
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東京新聞20181223掲載 評者: 渡辺靖(慶應義塾大学環境情報学部教授,政策メディア研究委員,アメリカ研究,文化人類学etc) 週刊東洋経済2019112掲載‣ 朝日新聞2019112掲載 評者: 西崎文子(東京大学名誉教授,成蹊大学名誉教授,アメリカ政治外交史,日米関係史w...
東京新聞20181223掲載 評者: 渡辺靖(慶應義塾大学環境情報学部教授,政策メディア研究委員,アメリカ研究,文化人類学etc) 週刊東洋経済2019112掲載‣ 朝日新聞2019112掲載 評者: 西崎文子(東京大学名誉教授,成蹊大学名誉教授,アメリカ政治外交史,日米関係史wiki) 日経新聞2019126掲載 評者: 渡辺靖(慶應義塾大学教授同上) 日経新聞2022101掲載 評者: 小熊英二(慶応義塾大学総合政策学部教授,歴史社会学者)
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※このレビューにはネタバレを含みます
リー・シャーマンというひとりの男性の人生の中に、わたしは大きなパラドックスの両面を見た。支援を必要としているのに、それを拒否する姿勢を。自身も有毒物質の犠牲になり、公共用水域の汚染に加担したのちには、環境汚染を憎むようになり、いまでは環境保護主義社だと胸を張って言う彼が、なぜ、反環境保護しゅぎのティーパーティーと運命をともにしようとしているのだろう。 (中略)実際、ティーパーティーの支持者は、三つのルートを通じて、連邦政府ぎらいになるようだ。ひとつ目は、信仰(彼らは政府が教会を縮小したと感じている)、ふたつ目は、税金への嫌悪感(あまりに高すぎ、累進的すぎると思っている)、そして三つ目は、これから見ていくように、名誉を失ったショックだ。リーの最大の不満の種は税金だった。それがまちがった人にーとりわけ、「昼間はのらくらしていて夜はパーティー三昧の」生活保護受給者と、楽な仕事をしている公務員にー流れていることが我慢ならないのだそうだ。(pp.51-52) ハロルドも同意し、「共和党は大企業の味方なんだ。この土地で起きている問題を解決して、わたしたちを助けてやろうなんて気持ちはみじんもない」と言った。 しかし共和党員は神と家族をたいせつに考える。アネットは、「わたしたちはそこが木にいいっているのよ」と言う。「聖書にも書いてあるわ。イエスさまはわたしたちが”主の仕事”を重んじることを望んでおられるって」ふたりは信仰に導かれ、家族や友や隣人、カエル、カメ、たいせつな木を失った悲しみを乗り越えてきたのだ。苦難に立ち向かう勇気を神が与えてくださったと感じ、神に感謝していた。(p.67) あなたは情け深い人だ。しかしいまあなたは、列の前に割り込んだ人たちにかけるよう求められている。だからその要求に対し、ガードを固める姿勢をとっているのだ。連中は不平を言う。人種差別だ、偏見だ、性差別だ、と。あなたは、これまでいろいろな話を聞いてきた。だから黒人が虐げられてきたこと、女性が抑圧されてきたこと、移民が疲れ果てていること、ゲイがほんとうの自分を隠さざるをえなかったこと、難民が命を賭して逃げてきたことはよくわかっている。しかしーーと、あなたは自問するーーどこかで人情に線引きをして、扉を閉じるべきではないか。とりわけ、そうした人々の中に害をおよぼす者がまぎれている場合は。あなた自身もさんざんに辛酸をなめてきたが、泣き言を言ったりはしていない。 やがてあなたは疑いだす。列の前方に割り込む者がいるということは、誰かが手を貸しているにちがいない。誰だ?(p.197) 今日の右派にとって、主たる戦場は、工場のフロアでも、オキュパイの抗議活動でもない。ディープストーリーの中では、地元の社会福祉事業所や、受け取るに値しない者に障害年金やフードスタンプが届けられる郵便受けがそうした闘いの場なのだ。やる気のない怠け者に政府が給付金を支給している。これほど不当なことはないと思う。オキュパイの活動家にとって”不当”とは、財源が”正当に分配”されず、適正に配分された社会が実現していないという、モラルの問題だ。しかし右派の人々のディープストーリーの中では、税金を”払う者”とそれを”奪う者”という文脈で”不当”が語られる。つまり左派の怒りの発火点は、社会階層の上部(最富裕層とその他の層とのあいだ)にあるが、右派の場合はもっと下の、中間層と貧困層のあいだにあるわけだ。左派の怒りの矛先は民間セクターに向けられるが、右派の場合は公共セクターである。皮肉なことに、双方とも、まじめに働いたぶんの報酬をきちんともらいたい、と訴えている。(pp.212-213) 左派と右派は、たがいに異なるディープストーリーを持ち、異なる葛藤に苦しみつつ、それぞれの状況下で自分は不当に扱われていると感じているのだ。(p.334)
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