戦国小町苦労譚(3) の商品レビュー
静子の制定した暦について。 この時代にも、朝廷が発布し、地方の暦師が作った基本太陰暦の暦(宣明暦)と年号があって、公家や武家、寺社仏閣はこれを利用していた。 庶民は、戦国時代だとまだ文盲が多いのもあって暦師から暦を買ったりしないし、六十干支などの干支を組み合わせた日付が組み合...
静子の制定した暦について。 この時代にも、朝廷が発布し、地方の暦師が作った基本太陰暦の暦(宣明暦)と年号があって、公家や武家、寺社仏閣はこれを利用していた。 庶民は、戦国時代だとまだ文盲が多いのもあって暦師から暦を買ったりしないし、六十干支などの干支を組み合わせた日付が組み合わせたものと、二十四節などで、種まきの時期や庚申信仰などの祭事のタイミングを決めてた。 庶民と知識階級?とで2極化してたのである。 江戸時代になると、庶民にも公式に下賜された宣明暦の写しが出回るようになり、庶民はこれで朝廷の権威を感じ取っていたのも大きい。 静子のそれはその関係を壊すものに働かないだろうか?
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ここ50年~60年でも生活の基盤が随分変わって来ているけど400数十年前だと違い過ぎるんだろうなぁ!(^^;
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歴史に興味持ってたら 更に楽しかったろうに、残念である。 信長からの詰問にどうこたえるのか気になるところ。
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