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神の亡霊 の商品レビュー

4.7

7件のお客様レビュー

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2023/07/16

宗教にの特集で朝日新聞の読書欄の推薦本である。本人はフランスで社会心理学を教えている日本人である。また、この本は東大のUPで連載したものに注を加えたものとなっている。したがって、11章に分かれているが、本文よりも注の方が長い。東大生すべてがUPを読んでいるわけではないが、注を参照...

宗教にの特集で朝日新聞の読書欄の推薦本である。本人はフランスで社会心理学を教えている日本人である。また、この本は東大のUPで連載したものに注を加えたものとなっている。したがって、11章に分かれているが、本文よりも注の方が長い。東大生すべてがUPを読んでいるわけではないが、注を参照しながら読むと、かなり勉強になると思われる。注の方が難しいような気がする。

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2021/02/20
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

避妊、教育、死刑制度、臓器移植などへの逡巡を神が失われた観点から述べる興趣が尽きない内容でした。あるレビューには筆者の迷いしか書かれていないとありましたが、彼の遅疑とともに考えてこそ楽しめる本ですね。

Posted byブクログ

2020/07/17

近代以降の価値体系の中で育った人間の常識を粉々に粉砕する本。 表題である『神の亡霊』が、この本の重奏低音をなすテーマである。では神の亡霊とはいかなるものなのだろう。それは、近代における神の否定と同時に立ち現れる、自由意志などの虚構のことである。 神の否定は、ニーチェのかの有名...

近代以降の価値体系の中で育った人間の常識を粉々に粉砕する本。 表題である『神の亡霊』が、この本の重奏低音をなすテーマである。では神の亡霊とはいかなるものなのだろう。それは、近代における神の否定と同時に立ち現れる、自由意志などの虚構のことである。 神の否定は、ニーチェのかの有名な「神は死んだ」 が端的に表すように、科学の発展とともに起こった。しかしながら科学の設定する自然の因果律に取り込まれた人間は、責任の所在を同定出来なくなる。そこで自由意志や主体などの虚構が生成されるのだ。 人間に先立って真理があるのではない。そうではなく、集団が真善美を生み出す。そうして人間社会の秩序は保たれている。 他にも様々な角度から近代の常識を揺さぶる本書は間違いなく良書である。必読。

Posted byブクログ

2020/07/13

2020東大入試現代文第1問の底本でもある本。「学校教育を媒介に階層構造が再生産される事実が日本では注目されてこなかった」から始まる文章を東大が出題した!と話題になった。それを聞いて興味が湧いたのと、複数の後輩の薦めもあって、底本を全部読んでみることにした。 いわゆる大学入試現...

2020東大入試現代文第1問の底本でもある本。「学校教育を媒介に階層構造が再生産される事実が日本では注目されてこなかった」から始まる文章を東大が出題した!と話題になった。それを聞いて興味が湧いたのと、複数の後輩の薦めもあって、底本を全部読んでみることにした。 いわゆる大学入試現代文でよく出るとされる、近代を批評する本。「近代において『神は死んだ』と言われるが、神の概念は亡霊となって、今も社会のあちこちに漂っている」という論の元、神の概念はどのように形を変え、どのような場所に存在しているのかを説明している。 私は工学部生なので、こういったガッツリ社会学な本を読んだことはほぼなかった。しかし、例えば人類学や生物学の本で論じられていた事と通じる内容が各所に発見できて、意外な面白さを感じることができた。社会学系・哲学系の学術書、古典に触れたいと思えるようになった。また、「人文学」とはどういうことなのかということを実感できたという感触がある。 新たなことをするのにはエネルギーが必要だが、たまたま周りで話題になっていることを聞いて終わりにせず、それをきっかけとして新たなことに手を出してみるのもまた楽しいかもしれない。

Posted byブクログ

2020/06/16

人間社会において”正しさ”は外部からでしか定義できない。かつてはそれを担っていた”神”を人は近代になって殺したとされるが、”正しさ”を定義するモノはやはり外部、”神”の亡霊として存在し続けているといった内容。 かつて公表したエッセイをまとめて、足りない部分に注釈を足した形なのだ...

人間社会において”正しさ”は外部からでしか定義できない。かつてはそれを担っていた”神”を人は近代になって殺したとされるが、”正しさ”を定義するモノはやはり外部、”神”の亡霊として存在し続けているといった内容。 かつて公表したエッセイをまとめて、足りない部分に注釈を足した形なのだが、本文よりも注釈の方が多くなってて、良い意味で自分の書いた教科書で授業する大学教授の授業を味わえる本w 文章自体はエッセイとして発表されたモノを基にしてるのでとても読みやすいけれど、理解が簡単かといえばなかなかなモノなんだと思う。少なくとも私は理解したと胸を張れない。 問いと答えが整理されて書かれてる本ではなく、筆者の考えを整理して筆者だけが納得してる本なので、読者は考え続けることが求められる。 近年は世界中で”正しさ”を振り回す話が過激さを増し続けているけれど、”正しさ”とはなんなのだろうと考えるのにとても良い内容だと思える本だった。

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2020/02/29

2020年度の東京大学の入試問題で取り上げられた文章が入っている本。骨のある文章だが、上級生にとっては物足りないと感じる本かもしれない。著者とは異なる専門領域を学ぶ筆者でこうなのだから、哲学や政治学等を学んでいる上級生にとっては簡単すぎる内容だと推測される。大学2年生までに読んで...

2020年度の東京大学の入試問題で取り上げられた文章が入っている本。骨のある文章だが、上級生にとっては物足りないと感じる本かもしれない。著者とは異なる専門領域を学ぶ筆者でこうなのだから、哲学や政治学等を学んでいる上級生にとっては簡単すぎる内容だと推測される。大学2年生までに読んでおくのがいい。

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2019/05/05

私たちの生活という営みは、法律や規則、習慣や文化などの様々な体系によって制約を受けている。しかしそれらの体系を、私たちはなぜ遵守するのだろうか。体系の正しさを基礎付ける根拠とはいったい何なのか。 近代以前、それは「神」だった。神の存在が私たちの道徳や価値観、また国を形づくる法な...

私たちの生活という営みは、法律や規則、習慣や文化などの様々な体系によって制約を受けている。しかしそれらの体系を、私たちはなぜ遵守するのだろうか。体系の正しさを基礎付ける根拠とはいったい何なのか。 近代以前、それは「神」だった。神の存在が私たちの道徳や価値観、また国を形づくる法などを規定していた。しかし近代以降、明らかになったのは「神は存在しない」。少なくとも現代の科学ではその存在を確かめることができない。つまり私たちの従うルールの正しさを保証する根拠も存在しない、もしくは存在を確かめることができない。なのに私たちはなぜ「正しさ」なる概念が存在し、自分以外の人間とも認識を共有しているはずと信じることができるのか。 正しさに根拠は存在しない。根拠の正しさを論理的には証明することができない。正しさは「みんな」が「正しい」と「信じる」からこそ、正当性が認められる。要するに「虚構」である。しかし虚構なしには、人間は社会生活を営むことができない。神なき時代、つまり正しさの根拠を定める主体が神から人の手に渡った今、私たちはどのような社会を目指し、どのようにして虚構を築き上げていくか-- この連休中に夢中になって読みました。ここ数年で間違いなく一番おもしろい本でした。自分の常識を揺さぶられ、読みながらぞわっと身震いしてしまうような本に出会うことはなかなかありません。著者の小坂井先生が2年に渡って東京大学出版会のPR誌に寄稿された文章をまとめて再編集した本のようです。こんなすばらしい寄稿を毎月読めるなんて、東大生はうらやましい。 ・・・・・・・・・・ 相対主義に対する根強い誤解がある。価値が相対化されれば、悪を糾弾できなくなると言う。ここに勘違いの元がある。 禁止のない社会は存在しない。社会に生きる人間にとって禁止行為は絶対的な悪であり、相対的な判断はなされない。だが、何が禁止されるかは時代・社会に左右される。殺人でさえ、全面的に禁ずる社会は存在しない。死刑や戦争は国家による殺人だ。ある条件下で殺人を許容し、殺人を命じる制度である。江戸時代の仇討ちもそうだ。親のかたきを討たない選択肢は武士になかった。殺人は義務だ。人身御供という習慣もかつてはあった。供儀の拒否が逆に犯罪をなす。ヨーロッパ中世の魔女狩りも同様である。 美人の基準を考えよう。顔をどれだけ眺めても美しさの理由はわからない。美しさゆえに美人と呼ばれるのではないからだ。美意識は社会規範の反映にすぎない。善悪の基準も同じだ。悪い行為だから非難されるのではない。我々が非難する行為が悪と呼ばれるのである。真理だから受け入れるのではない。共同体に受け入れられた価値観だから真理に見える。真善美は集団性の同義語である。 普遍的だと「信じられる」価値は、どの時代にも生まれる。しかし時代とともに変遷する以上、普遍的価値ではありえない。相対主義とは、そういう意味だ。何をしても良いということではない。悪と映る行為に我々は怒り、悲しみ、罰する。裁きの必要と相対主義は何ら矛盾しない。人間は歴史のバイアスの中でしか生きられない。社会が伝える言語・道徳・宗教・常識・迷信・偏見・イデオロギーなどを除いたら、人間の精神は消滅する。考えるとは、感じるとは、そして生きるとは、そういうことだ。 (P.95〜96)

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