その姿の消し方 の商品レビュー
文芸作品を読み、源流を辿っていくことの楽しさと、それに伴う切なさを、中編小説として表現したような物語。
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留学生時代にフランスで手に入れた古い絵葉書。その裏にはアンドレ・ルーシェという人物から女性に宛てて、短い詩が書きつけられていた。十年以上の時を経て再びフランスを訪れた「私」は、ルーシェが書いた別の葉書を探しだし、この謎の詩人の消息を辿ることにする。 最近探し物をする小説ばかり...
留学生時代にフランスで手に入れた古い絵葉書。その裏にはアンドレ・ルーシェという人物から女性に宛てて、短い詩が書きつけられていた。十年以上の時を経て再びフランスを訪れた「私」は、ルーシェが書いた別の葉書を探しだし、この謎の詩人の消息を辿ることにする。 最近探し物をする小説ばかり読んでいる気がする。それはもしかすると、小説とは何かという問いの答えになりうるのかもしれない。文字を追い、そのなかでしか見つけられないものを探しだそうとすること。本を閉じたとき、"探す"という体験こそが見つけるべき探し物だったとわかること。 まぁこんな風に、堀江さんの文章を読むとそのリズムにすっかり引っ張られる。真似というには拙すぎるが、堀江さん独特の柔らかいアフォリズムがグルーヴとなって体内に残るのだ。ルーシェを追うという旅の目的がだんだんと周縁へ追いやられ、旅程で出会った人びととの交流がにぎやかに豊かさを増していくさまは、堀江敏幸の小説を読むという快楽をそのまま小説というかたちに閉じ込めたかのようだ。 ルーシェの詩は創作なんだろうけど、日本語で読むぶんには北園克衛のようなコンクリート・ポエトリーを思わせる。詩に表れる独特の色彩感覚が父と息子のあいだで共有されていたのかもしれない、とほのめかされる終盤の展開が美しい。 それから、食べる姿の美味しそうな様子! 粗雑そうに見えた古道具屋のおじさんがフォークにくるくると器用に巻きつけて食べるシュークルートに始まって、アフリカからの移民一家と親しくなるきっかけになったクスクス、蚤の市のおばあさんが無表情で口に運んでいるヨーグルト、老夫妻の家で食べすぎて笑われたヌガーまで、まるでフェルメールの絵にでてくる細かな光の粒子を纏った食べ物みたいに思える。酔っ払った気分を「ふんわりしていた」と言ったり、みみずを「もっちり」と書くセンスも好き。
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面白語った。 この繊細な文章に対して 面白いという言葉は違和感かもしれないけれど 前半と後半の違いや (後半では何度も笑顔になりました) ストーリー中心から離れた人々の心の内が 息遣いまで聞こえてきそうなほどの距離で描かれていて 一気に読み終わりました。 是非に、他の作品も読んで...
面白語った。 この繊細な文章に対して 面白いという言葉は違和感かもしれないけれど 前半と後半の違いや (後半では何度も笑顔になりました) ストーリー中心から離れた人々の心の内が 息遣いまで聞こえてきそうなほどの距離で描かれていて 一気に読み終わりました。 是非に、他の作品も読んでみたいと思います。
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良かった。文章を何度も、年月かけて味わうことの楽しみと豊かさを知ってる人に勧めたい。「じわじわ文章のいろんな意味がわかって自分の内面が変わっていく感じ」のゾクゾク感が言語化されてるって感じ…あと文章がめちゃ端正。
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静謐だけど饒舌な本 一篇の詩から探求していくのはリチャード・パワーズの『舞踏会に向かう三人の農夫』を思い出す
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今まで、全部ではないけど10作ほど堀江氏の著作を読んだ中で・・・いちばん好きかも。「なずな」も好きだけど。話の骨格がはっきりしていて読みやすいというのもある。 一枚の絵葉書から、過去を探る旅と、現存するゆかりの物を探す旅が始まる。けして急がず、なんなら見つからなくても仕方がないと...
今まで、全部ではないけど10作ほど堀江氏の著作を読んだ中で・・・いちばん好きかも。「なずな」も好きだけど。話の骨格がはっきりしていて読みやすいというのもある。 一枚の絵葉書から、過去を探る旅と、現存するゆかりの物を探す旅が始まる。けして急がず、なんなら見つからなくても仕方がないというくらいの、ゆるやかな旅だ。 しかし巡り合った人々に少しずつ声をかけ、出向く労も惜しまずに「私」が行動することで、矩形の詩を書いたアンドレ・Lなる人物に一歩一歩、近づいていく。歩を進めるごとに立ち現れてくる過去を、一緒になって知りたいと思いつい前のめりになる。 現実にはなかなか起こりそうにないこんな展開が魅力的なのはやはり文体、選ばれた言葉の響きによるものだろうか。あと、フランスという知らない土地であること。異国での旅というだけで、物語感を楽しめる。 シンプルな表紙もすてき。
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留学生時代、手に入れた古い絵葉書には矩形に置かれた流麗な詩が書かれていた。差出人の名はアンドレ・L。やがて「私」はその謎めいた不思議な詩に魅了され、アンドレ・Lの記録を辿り始める。堀江さんの作品は初めて読みました。200ページの、決して長いとは言えないこの物語は静寂に満たされなが...
留学生時代、手に入れた古い絵葉書には矩形に置かれた流麗な詩が書かれていた。差出人の名はアンドレ・L。やがて「私」はその謎めいた不思議な詩に魅了され、アンドレ・Lの記録を辿り始める。堀江さんの作品は初めて読みました。200ページの、決して長いとは言えないこの物語は静寂に満たされながら神秘的なベールに覆われていて、綴られる言葉全てが何重にも意味を持ち、読み手を物語の奥へと誘うよう。端的に言ってとても私好みの作品でした。もっと堀江さんの作品を読みたくなりました。
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とても美しい小説です。時が流れていくなかで、ひとりひとりが生きてそこに在る(在った)という事実が、ゆるやかに続く著者の旅路のうえで輻輳していく。不在を象る言葉たちの、なんと自由なことか。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
フランスで偶然手に入れた絵はがきに書かれた、ぴったり十行に収められた矩形の詩篇の作者を辿る話。連作短編。 謎の詩人を突き止めようとする当の「私」自身の素性もほとんど明らかにされない。少しずつ浮き彫りになる詩人に纏わる情報と、それに踊らされるように、あるいは踊るように、奇妙で難解な詩の解釈を多様に展開する「私」の夢想。そして、決して急ぐことのない気の長い探索は、取り留めのないエピソードの断片と共に、詩人探索の中で関わってきた「私」を取り巻く人々にとっての時の流れを提示してくる。 過去を探る物語であることもあり、懐古する場面が多く散りばめられている。誰かの姿が消えようとも、「欠落した部分は永遠に欠けたままではなく、継続的に感じ取れる他の人々の気配によって補完できる」。不在であること自体が、他者の想いによって存在が鮮明になることもあるということが主題にあるのかもしれない。
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主人公によってなんとか日本語詩に訳されたことになっている、フランス語の詩のようなもの…という設定がすんなりと受け入れられてしまう、不思議なエッセイ感。教養がほしい。
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