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反共感論 の商品レビュー

3.7

17件のお客様レビュー

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2025/08/24

第4章. ‹私は肉を食べる› で読む気が失せた. peter singerを引用しながらそれか. 第5章. andrea dworkinやcatharine mackinnonを引用して雜なporno論を開陳しだした… . これを読むならpeter singerで良いのでは

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2024/05/03

メモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1786331500956594447?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw

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2023/11/07

ビート板批判で水泳ぜんぶを批判しようとしているような本。 この本では共感についていろいろな議論を見ていくのだけど、けっきょくは「誰かの痛みを自分の痛みとして感じようとする共感はよくない」に戻ってきてしまう。水泳のさまざまな泳法や偉大な選手のエピソードを紹介しながら、けっきょくは...

ビート板批判で水泳ぜんぶを批判しようとしているような本。 この本では共感についていろいろな議論を見ていくのだけど、けっきょくは「誰かの痛みを自分の痛みとして感じようとする共感はよくない」に戻ってきてしまう。水泳のさまざまな泳法や偉大な選手のエピソードを紹介しながら、けっきょくは練習の最初に用いるビート板がいかに愚かな見た目で安っぽいか、それを最初の練習に用いる水泳はダメだと批判しているような議論だ。 一般的な読者はあまり気づかないかもしれないけど、この本は始終サイモン・バロン=コーエンというイギリスの著名な心理学者を槍玉に上げようとしているような内容で、かつ著者のブルームは本書の執筆前にウェブフォーラム上でバロン=コーエンと対峙した議論を行っている。 興味がある人はまず本書の出版に先立って行われたTEDのバロン=コーエンの「損なわれる共感性」という動画を見てほしい(「認知的共感」と「情動的共感」もそこで解説されている)。あと英語が読める人は元々のBoston Reviewのフォーラムのほうも読んでみてほしい。 そして、実はこの本はサイモン・バロン=コーエンのフォーラムでの応答に対して十分に答えられた本とはいえない。バロン=コーエンは10個挙げられるブルームへの9つ目の批判で「子供が転んで膝を痛めたときに母親が涙を流すのが不適切であるのと同じように、医師が患者の痛みに動揺するのは適切ではない」と言っている。それに続く箇所では、「繊細で共感的な親としての彼女の仕事はなだめるような慰めの反応をすることであって、子どもが泣いたときに泣くことではない。それは間違いなく利己的であり、共感的ではない」とある。 ブルームはまるで自身の親に諭されたかのように「共感というものはそういうものではない」と言われたことになる。これを書いているレビュアーもバロン=コーエンの言うとおりだと思っている。けれど、ブルーム自身はそのことにはあまり大した価値があるのではないと思い続けているのかもしれない。

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2026/01/18

共感はネガティブな効果も持つということが丁寧に説明されている。私自身の意見と合致することもあり、思考がクリアになった。多くの人に読まれてほしい。個人的に著者の語り口が好み。 (学問の場では、)「道徳的情動の擁護者でも、暗黙のうちに理性に優先権を付与している」ので、理性が情動に優先...

共感はネガティブな効果も持つということが丁寧に説明されている。私自身の意見と合致することもあり、思考がクリアになった。多くの人に読まれてほしい。個人的に著者の語り口が好み。 (学問の場では、)「道徳的情動の擁護者でも、暗黙のうちに理性に優先権を付与している」ので、理性が情動に優先するのは自明とのこと、学問の場はなるほど生きやすそうだ。一般人の会話では理性を用いその優先を説くと相手方から理性が返ってくるのは稀だと思う。情動で押し返され拒絶されるのが常だ。日常生活における理性の地位をより高めるにはどうしたらよいだろうか。

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2022/06/29

一般的に正しいとされている「考え」を両手放しで受け入れてはいけない、ということを改めて認識されられた一冊でした。 今回、家から少し遠い図書館にて見つけた、この本。 「反共感」という、タイトルが妙に気になり読んでみましたが、気がつけばスルスルとページをめくっていました。 「共感...

一般的に正しいとされている「考え」を両手放しで受け入れてはいけない、ということを改めて認識されられた一冊でした。 今回、家から少し遠い図書館にて見つけた、この本。 「反共感」という、タイトルが妙に気になり読んでみましたが、気がつけばスルスルとページをめくっていました。 「共感」とは、大きく分けて2種類あり、それぞれ「認知的共感」と、「情動的共感」と呼ばれているそうです。ただ、別の本で使われていた表現を使うとするならば、私にとっては、「(認知的)共感」と「同感」のほうが、わかりやすかったかな、と思いました。 この本で否定されているのは、そのうちの「情動的共感」であり、その理由に関して、確かに読んでいて納得がいきました。 正しい判断をするために、共感が必要でない場面が多くあるのにも関わらず、「共感」に基づくものだという、共感がベースとなる考え方、捉え方は、 共感能力が低いことを、人としての道徳心が足りないからという、因果論に容易に結びつけてしまいます。 「たった一つの真実」は、確かに魅力的ではありますが、それは物語の世界の設定でしかなく、現実世界は複雑怪奇に満ちています。 ビルの屋上にたくさん木を植えたところで、それを緑豊かな自然と言わないように、切り取られた事例は決して全てを覆い尽くす法則にはなりえないのです。 なかなか読むのに時間がかかる一冊ではありましたが、著者の伝えたいことはシンプルにまとまっていて、わかりやすい本でした。

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2022/01/08

共感に多くを委ねすぎるなという論考。突き詰めるとシンパシーとエンパシーの違いのような点に行き着くのだろうか。 共感の捉え方、理性や道徳、システム2と呼んでいるものとの関係性、個人の中での重きの置き方など興味深い点が多かった。

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2021/02/10

情緒的な共感に基づいて意思決定や行動を起こすことは、しばしば合理的、理性的判断に劣る、ということを、個人の身の回りの意思決定から、公共政策まで幅広くカバーしている。共感によって戦争や暴力が道徳的に正当化される側面など、逆説的な論点も提示。学問的あるいは実証的なエビデンスにもとづく...

情緒的な共感に基づいて意思決定や行動を起こすことは、しばしば合理的、理性的判断に劣る、ということを、個人の身の回りの意思決定から、公共政策まで幅広くカバーしている。共感によって戦争や暴力が道徳的に正当化される側面など、逆説的な論点も提示。学問的あるいは実証的なエビデンスにもとづく意思決定論の立場に重きを置く最近の潮流を支持するものになりそう。

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2019/05/03
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

 教官の欠如に関するもっとも極端な主張は、心理学者のサイモン・バロン=コーエンによるものであろう。彼にとっては、悪人とは共感を欠いた人以外の何ものでもない。「悪とは何か?」という問いに対する彼の答えは、「共感の侵食」である。(p.30)  特定の個人に焦点を絞るという点で、共感は限定されている。スポットライト的な本質のために、どうしても近視眼的で数的感覚を欠いたものと化すのである。したがって、集団に対する自分の行動の影響を適切に見越せず、統計的なデータや費用対効果に無感覚になる。(p.42)  共感は、自分が愛情を注いでいる誰かが苦しんでいることを私に知らせてくれる。そして、私は娘を愛するがゆえに、彼女の苦痛を和らげようと努めるのだ。  これは共感に訴えることがしばしばうまく機能する理由を説明する、もう一つの見方である。共感それ自体が、自動的に親切心を導くのではない。共感は、既存の親切心に結びつかなければならないのである。共感は善良な人をさらに善良にする。というのは、親切な人々は誰のものであれ苦痛を好まず、キュオカンはまさにその苦痛を際立たせるからだ。(p.95)  共感に依拠する政策にも問題がある。一国の国民がこぞって井戸に落ちた女児に釘付けになる一方で、気候変動にほとんど無関心でいられるのも、また、野蛮な法律を発布して恐ろしい戦争に突入することがあるのも共感のゆえである。つまり、少数の苦難に共感することで、多数の人々に破滅的な影響が及ぶのだ。(p.156)  ジョージ・オーウェルはガンジーの自伝に関する議論のなかで、彼の勇敢さこそ賞賛しているが、友人や家族との関係、あるいは性愛や恋愛関係などの特別な関係を否定する彼の考えには反発を示している。オーウェルはそれを「非人間的」だと述べ、次のように続ける。「人間性の本質は、完全性を求めないこと、忠誠を貫徹するためにときには罪を犯すこと、交友を不可能ならしめるほどまで苦行を徹底しないこと、他の人々に自分の愛情を結びつけることの必然的な代償として、最終的に人生に挫折しても構わないよう覚悟を決めることにある」(p.196)  共感は暴力を煽る場合があるという考えは古くからあり、アダム・スミスもそれについて深く考察している。彼は次のように述べている。「ある人が別の誰かに抑圧されたり傷つけられたりするところを見ると、被害者が感じている苦痛を自分でも感じる同感は、加害者に向けられた被害者の怒りに対する仲間意識を活性化することのみに資するように思われる。そして被害者が反撃に転じるのを見ると喜びを感じて、彼を支援しようとするのである。(p.233)  共感は、友情、コミュニティーへの帰属、スポーツ、ゲーム、セックス、恋愛の喜びを増幅する。さらに言えば、共感がわたしたちを引きつけるのは、ポジティブな感情のみによってではない。他者の目を通して世界を見ることには魅力がある。たとえその他者が苦しんでいる場合でも。私たちのほとんどは、他者の生活に強い関心を持ち、それを模倣しようとする行為を、魅力的で斬新なものであると感じる。(p.290)

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2019/04/03

共感は以下の2つに分けられる。 1.「情動的共感」(相手が感じていることを自分も感じる) 2.「認知的共感」(相手が感じていることを理解する) 1は、少数を救うために多くが死ぬような、結果をもたらすことが多い。 グローバリゼーション、ボーダレス、ジェンダレスな社会においては...

共感は以下の2つに分けられる。 1.「情動的共感」(相手が感じていることを自分も感じる) 2.「認知的共感」(相手が感じていることを理解する) 1は、少数を救うために多くが死ぬような、結果をもたらすことが多い。 グローバリゼーション、ボーダレス、ジェンダレスな社会においては、2での行動や判断を増やすべき、だと。確かに、村社会では全員見えるので1で良かったけど、より多くを考えると2が重要だよなぁと思う。

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2019/02/21

共感(Empathy)と言えば一般的には美徳の一つであるが、"Against Empathy" という扇情的なタイトルで、共感が持つ負の側面を紹介する。しかし、実際には共感を情動的共感("Think, First and Slow" の K...

共感(Empathy)と言えば一般的には美徳の一つであるが、"Against Empathy" という扇情的なタイトルで、共感が持つ負の側面を紹介する。しかし、実際には共感を情動的共感("Think, First and Slow" の Kahneman 言うところのシステム1に基づく)と認知的共感(システム2に基づく)に区別した上で、情動的共感は誤りやすいと言っているだけなので、要はシステム1は錯覚し易いという話の部分集合を述べているに過ぎない。

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