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二人道成寺 の商品レビュー

3.8

8件のお客様レビュー

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2026/03/23

本作は、歌舞伎『摂州合邦辻』のヒロイン・玉手御前を下敷きに、女形・岩井芙蓉の妻・美咲の、哀しくも激しい恋を描いた一編である。 このシリーズの魅力は、探偵・今泉文吾と大部屋役者・小菊のコンビによる謎解きにあるのはもちろんだが、もう一つ見逃せないのが、歌舞伎の世界にぐっと踏み込める...

本作は、歌舞伎『摂州合邦辻』のヒロイン・玉手御前を下敷きに、女形・岩井芙蓉の妻・美咲の、哀しくも激しい恋を描いた一編である。 このシリーズの魅力は、探偵・今泉文吾と大部屋役者・小菊のコンビによる謎解きにあるのはもちろんだが、もう一つ見逃せないのが、歌舞伎の世界にぐっと踏み込める点にある。いわば物語を読みながら、さりげなく歌舞伎講座も受けているようなものだ。 そこでまず、『摂州合邦辻』について少し触れておきたい。 歌舞伎には「義理と人情」という大きなテーマがあるが、この演目はその極北とも言える。継母・玉手御前が義理の息子・俊徳丸に恋をする――というだけでも十分に倒錯的だが、そこに毒酒、失明、追跡、そして最後は父の手による殺害と、見どころがこれでもかと詰め込まれている。 しかも、歌舞伎は「写実」よりも「様式美」の世界である。たとえば玉手御前が毒酒を勧める場面ひとつとっても、現実のように陰湿には描かれない。むしろ、美しい所作と台詞回しで観客を魅了する。悪女でありながら、どこか気品と色気を漂わせる――そこに女形の腕の見せどころがある。 そして極めつけは終盤、「合邦庵室」の場面だ。ここは歌舞伎ファンなら誰もが挙げる名場面で、玉手御前が本心を明かすいわゆる“物語り”のくだりは、役者の力量が如実に現れるところである。泣かせどころでありながら、同時に技の見せ場でもあるのだ。 面白いのは、この玉手御前の「恋」が本物か否か、解釈が一つに定まっていない点である。 ある役者は徹底して「計算された偽りの恋」として演じ、またある役者は「抑えきれぬ真実の恋」として表現する。同じ台本でも、役者が変わればまったく違う人物像になる。これこそが歌舞伎の醍醐味と言っていい。 近年は、「あれはやはり本心からの恋だったのではないか」という解釈がやや優勢らしい。たしかに、命を投げ出してまで守ろうとする行為には、理屈だけでは片付かない情が感じられる。 さて、そんな玉手御前を踏まえたうえで、本作の美咲である。 女形・岩井芙蓉の妻・美咲は、火事ののち意識不明となり病院に横たわっている。事故とされているが、芙蓉のライバル・国蔵はそこに不審を覚え、今泉に調査を依頼する。 鍵となるのは、美咲の言葉――「好きな人がいるの」。 ここで思い出されるのが、歌舞伎における「本音と建前」の二重構造である。表に見える言動と、心の内に秘めた思いは必ずしも一致しない。むしろ、ずれているからこそドラマが生まれる。 さらにややこしいのは、夫・芙蓉の存在だ。女形として舞台に立つ彼は、単に女性を演じるのではない。日常生活においても女性として振る舞い、精神的にも“女”として生きている。歌舞伎の世界では珍しいことではなく、「芸のために生き方まで寄せる」という伝統の延長線上にある。 当然ながら、芙蓉は女性を愛することができない。 美咲はそれを理解したうえで結婚している。 だが、理解と感情は別物だ。 抑え込んだはずの想いが、ふとした拍子に溢れ出すことがある。 あるいは、最初から気づかないふりをしていただけなのかもしれない。 玉手御前がそうであったように、理屈では説明できない感情が、人を突き動かす。 そして時に、それは破滅的な結果を招く。 本作はミステリーの体裁をとりながら、実のところ「恋とは何か」を問いかけているように思える。 義理なのか、本心なのか。 守るためなのか、欲するためなのか。 歌舞伎の世界がそうであるように、その答えはひとつではない。 だからこそ面白いし、だからこそ少し怖い。

Posted byブクログ

2025/12/05

久々の近藤史恵さん。歌舞伎シリーズは 歌舞伎に興味と知識が少ないワタシには読みにくいかなと敬遠していたのですが、表紙がきれいで 思わず購入。約220ページ気合いじゃ!とばかりに読了しました。 想像通り、歌舞伎演目をなぞって事件?が解明されていく流れ。まっそこは無理せず先へ読み進...

久々の近藤史恵さん。歌舞伎シリーズは 歌舞伎に興味と知識が少ないワタシには読みにくいかなと敬遠していたのですが、表紙がきれいで 思わず購入。約220ページ気合いじゃ!とばかりに読了しました。 想像通り、歌舞伎演目をなぞって事件?が解明されていく流れ。まっそこは無理せず先へ読み進める。 梨園のドロドロ世界観の作品かと思ってましたが 全くそれはなく、ある意味『国宝』の世界に近い 歌舞伎の至高の世界を感じることができる作品でもありました。 現在パートと、事件が起こる半年前のパートが交互に進むのが前半はこんがらがってわかりにくいものの、後半からは近藤作品らしい心理描写。 2018年に再文庫化され、その14年前の作品とのこと。2004年頃に書かれていたと思うと、 なかなか感慨深いものがあります。 近藤作品に見られる、事件解決の妙より人物の心理描写を重視して、最後皆まで語るまいスタイルが今作も良かったです。

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2025/05/26

「真実の中にも噓は潜んでいるし、噓の中にも真実は潜んでいるものです」 --- 美咲さんがなかなか切なかった。。

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2023/04/15

読み心地すっきりさっぱり 梨園が舞台ではあるものの、そこまで深入りする話でもなくライトなミステリー さらっと気分を変えるには良い小説

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2022/10/01
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

恋。恋の話。好きになりすぎると苦しい。相手が絶対に自分を好きにならないとわかっているからこそ苦しい。 美咲は、実を利用して、想いを伝えようとしていたのかな、それとも実の「好き」が自分より強い気がしてしまったのかな、揺るぎないような。恋じゃないからっていうのがあったのかも知れないけども。 歌舞伎なのがまた、切なさが出ていたのかも。 誰の好きもつながらないのがずっと切ない。悲しい。

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2021/08/15

梨園の事件を扱う今泉文吾シリーズの一つ。今回の元ネタは「摂州合邦辻」。迂生は古典芸能は詳しくないので、少し呆れたくらい、えげつない話である。これをモチーフに梨園の御曹司の、若い妻が狂恋した相手は誰かが、物語的な謎となる。ミステリ的には、彼女を意識不明にした火事はほんとうに事故だっ...

梨園の事件を扱う今泉文吾シリーズの一つ。今回の元ネタは「摂州合邦辻」。迂生は古典芸能は詳しくないので、少し呆れたくらい、えげつない話である。これをモチーフに梨園の御曹司の、若い妻が狂恋した相手は誰かが、物語的な謎となる。ミステリ的には、彼女を意識不明にした火事はほんとうに事故だったのか? になるだろうけども。ただ、そっちの方向からのみで評価をされると、正直辛い。ロジックもトリックもない話なのでね。だからミステリとしての評価を離れて、真相の切なさに共感できる人向き。

Posted byブクログ

2018/03/09

ほとんど知らない歌舞伎の世界。独特な雰囲気を感じるが、報道で垣間見ることはあっても公演を見たことはない。 御園座が改築されたので一度見に行ってみようかな。

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2018/02/06

「ヴァンショー」「タルトタタン」で作者を知っていた私としてはサラッとした文章のイメージだったが、どうしてどうして…こちらが本性?というくらい熱く、語ってくれている。歌舞伎に惚れ込んでる感がビシビシ感じられて本当に読んでて楽しかった。名門の御曹司と一般のお家からの努力家が配されてい...

「ヴァンショー」「タルトタタン」で作者を知っていた私としてはサラッとした文章のイメージだったが、どうしてどうして…こちらが本性?というくらい熱く、語ってくれている。歌舞伎に惚れ込んでる感がビシビシ感じられて本当に読んでて楽しかった。名門の御曹司と一般のお家からの努力家が配されているけれど、わかり易い対決ではなく、きちんと「二人道成寺」に合わせて二人が存在している。そして「摂州合邦辻」をなぞって進むことにより、御曹司芙蓉さんの奥さま美咲さんの心情が響くのがたまらない。これを読んで、この2作の歌舞伎を観たらものすごくわかって面白いと思うほど。これは本当に良かった!

Posted byブクログ