2084 世界の終わり の商品レビュー
アラーの神とかなんだろうな。最初の10頁だけ拝読。後半パラ見してもほぼ同じテンションなのでやんぺ。ディストピア小説ってやつ。
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オーウェルの1984へのアンサー作品とも言うべきディストピア小説。唯一の一神教が全ての世界を描いている。作者はアルジェリア人であり現在の体制から睨まれている。描かれている宗教はイスラームを想起されるが、この前にトッドのシャルリとは誰かを読んだせいか、いわゆる自由主義陣営に身を置く...
オーウェルの1984へのアンサー作品とも言うべきディストピア小説。唯一の一神教が全ての世界を描いている。作者はアルジェリア人であり現在の体制から睨まれている。描かれている宗教はイスラームを想起されるが、この前にトッドのシャルリとは誰かを読んだせいか、いわゆる自由主義陣営に身を置く我らとて、深く考えず、分かりやすく単純な事に身を委ねる危険と隣り合わせではなかろうか。
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2084世界の終わり ブアレム・サンサル著 最悪の原理主義が生む悪夢 2017/11/11付日本経済新聞 朝刊 世の中がどこかおかしい。だが誰も何も言わない。いや、疑念や問いを発する者は無視され続ける。倦怠(けんたい)と諦念が拡がり、そのうち忘却と沈黙が大気の構成要素とな...
2084世界の終わり ブアレム・サンサル著 最悪の原理主義が生む悪夢 2017/11/11付日本経済新聞 朝刊 世の中がどこかおかしい。だが誰も何も言わない。いや、疑念や問いを発する者は無視され続ける。倦怠(けんたい)と諦念が拡がり、そのうち忘却と沈黙が大気の構成要素となってしまう……。 高山のサナトリウムが、そのような汚れた大気から解放してくれたのか、主人公アティの意識の奥に、自分や周囲の人間の生き方に対する大きな疑念が生まれる。 舞台は、絶対神ヨラーとその唯一の代理人アビへの服従を国是とする宗教国家アビスタンである。 いや、国家ではない。世界そのものだ。徹底した言論統制がしかれたこの全体主義体制の正史に従えば、核兵器も使用された「大聖戦」のあと、地上にはアビスタンしか存在しないからだ。 本当にこの世界に〈外〉はないのか? 療養を終え、首都に戻る途中に出会った考古学者ナースから、アティは思いも寄らぬことを聞く。古代の村が発掘され、そこには国家の正統性を根底から覆す秘密があるというのだ。 アビスタンはその「執行部」が主張しているような一点の瑕疵(かし)もない真理に貫かれたユートピアではなく、その真逆の存在ではないのか。アティは親友コアとともに、深まる疑念に答えを見出(みいだ)すべく旅に出る。むろん前途には数々の試練が待ち受けているだろう……。 ヨラーはアラーを、代理人アビは預言者ムハンマドを想起させずにはおかない。イスラム教についての啓蒙的な著作もある作者サンサルは、本書で最悪のイスラム原理主義が支配原理となったディストピアを描き出す。 本作の背景には、ヨーロッパ社会が直面するイスラム問題という一筋縄ではいかぬ現実がある。どの社会にも想像力による応答を喚起する固有の危機がある。ちょうど東日本大震災と福島第一原発事故のあと、日本ではディストピア小説が書かれているように。 だが、『2084』の世界は日本の我々から遠いものではない。そこでは、オーウェルの古典『一九八四年』と同様、思考を画一化する〈言語〉が人々を体制に隷従させているのだから。思考から自由を奪う言語は洋の東西を問わず日々繁茂している。その〈外〉へ出る通路をサンサルは掘ろうとする。〈文学の言葉〉だけを頼りに。 (中村佳子訳、河出書房新社・2400円) ▼著者は49年アルジェリア生まれ。仏語で執筆した本書でアカデミーフランセーズ小説賞のグランプリに。 《評》作家 小野 正嗣
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この本を読んで進撃の巨人を思い出した。人間を内側と外側から容赦なく捕食する得体の知れない「何か」、あるいは人を疑うしか能のなくなった半狂乱の民衆はあの獰猛な巨人と重なる部分がある。訳者の言う通り、オーウェルの『1984』では現代の説明に齟齬が生じるようになってきた。20世紀まで支...
この本を読んで進撃の巨人を思い出した。人間を内側と外側から容赦なく捕食する得体の知れない「何か」、あるいは人を疑うしか能のなくなった半狂乱の民衆はあの獰猛な巨人と重なる部分がある。訳者の言う通り、オーウェルの『1984』では現代の説明に齟齬が生じるようになってきた。20世紀まで支配していた目に見える戦争の脅威は目に見えない神聖なもので人を支配する時代に取って代わられた。それが何なのかはテレビや新聞で絶えず情報を取り入れている現代の先進国の人々にとっては明白なことであろう。壁の外にあるものが何なのか、ヨラー、アビ、グカビュルは何者なのか。その疑問は自由が故に生まれる反抗意識の前兆である。トーズは「戦争が起きる」と言った。それは自由を取り戻すための戦いである。同時に、アビに使える導師、コアの祖父がバリスから宗教を守るための聖戦に大量の死者を出したのと同じ戦いである。「正しさ」はとっくの昔に失われてしまった。もはや私たちの将来で待っているのはアビスタンのように砂漠とゴツゴツとした無機質な機械や安っぽい建物しかないのだ。あとはトーズのように昔のノスタルジーに縋るのか、はたまたさらなる争いによって終わりのない苦しみと引き換えにインスタントな自由を得ようとするのか。それは分からない。分かることは私たちの「本質」が今まさに変わろうとしていることだけだ。私たちにできることはそれを認識し続けることだけなのかもしれない。
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