八月の光(下) の商品レビュー
光文社文庫と同時並行で比較して読んでみて、やっぱり光文社のほうが理解しやすかったですが、とはいえ岩波文庫の方が格調高い文章だと思ったので、どちらも良さがあると感じました。(岩波の表紙の方がカッコいいし)
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上下巻、共に読んだ。土地の空気や、血縁といったものを意識した評価が多い印象こそあるのだが、私の中ではフォークナーは、ジェイムズ・ジョイスや安部公房に近い印象がある。Wikipediaなどを見ていると中上健次や大江健三郎、阿部和重など錚々たる顔ぶれに影響を与えたということもあって、...
上下巻、共に読んだ。土地の空気や、血縁といったものを意識した評価が多い印象こそあるのだが、私の中ではフォークナーは、ジェイムズ・ジョイスや安部公房に近い印象がある。Wikipediaなどを見ていると中上健次や大江健三郎、阿部和重など錚々たる顔ぶれに影響を与えたということもあって、血の作家、南部の作家として読む人が多い印象があるが、私の中では完全に「意識の流れ」の作家である。ヨクナパトーファの土地のシリーズもので作品を作ってはいるものの、ヨクナパトーファ自体は架空の土地で、その架空の世界を舞台に物語が展開していくというこの世界観の作り込み方は、『皇国の守護者』にも比すべき、現代のファンタジーやSFの世界観の作り込みに近いものを感じた。
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フォークナーを読むたびに思うのだが、ヘヴィ・メタルという言葉に小説の対応語があるなら「ヘヴィ・ノヴェル」という表現が相応しい。文学の重たい方を担当しておられますよね。 全体の構成はよく考えて配置された美しさがある。三人の主人公のそれぞれの役割、象徴するものと、副主人公格のバイロンとの関わりにとくにあらわれている。リーナは人間の生命力の単純に前進する強さ、ハイタワーは死と執着(停止)、クリスマスは孤独と習慣(円環)。 クリスマスの滅亡は、古典悲劇のテンプレだから仕方ないのかもしれないが、気の毒だ。対照的に、リーナの楽観的な生命力は結末の救いになっている。
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“〈おれがほしかったのはこれだけだったんだ〉と彼は静かでゆっくりとした驚きのうちに思う。〈これだけを三十年ほしがってたんだ。三十年かけてほしがったのがこれなら、たいして欲張ったわけじゃないだろうな〉” 求めてた静謐な孤独の中にいても“それでもなお、彼はその円の内側にいる”のは、あくまでそれは他の人から追い立てられることによって作り出された状況だからなんだろうか。 ハイタワーもそういう意味では同じ?“私は自分自身に引っこんでいるように教えてーー引っこんでいるように教えられてーーきたんだ”という言葉からそれが感じられる。 “誰も理由なんて必要としないでそうするのさ。”“あんたに男以上の頭があれば、女たちのおしゃべりに意味なんてぜんぜんないってわかるはずなのにね。おしゃべりを真に受けてしまうのは男たちだけなのさ。” クリスマスは周りからのレッテルから逃れようとして破滅して、ハイタワーは受け入れすぎて停滞。リーナは自由でいいなあ、という感じ。考えないでいられるって羨ましい。うまく行かないならいかないで割りきっていられる強さよ…。
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下巻はほぼ1日で読了。あーおもしろかった。 訳者は、「最初に読むフォークナー作品としては、本書を勧めることにしている」そうだ。 ヨクナパトーファ・サーガの一つだけれど、他の作品についての知識は不要なのでとっつきやすいようだ。
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