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応仁の乱 の商品レビュー

3.6

189件のお客様レビュー

  1. 5つ

    27

  2. 4つ

    69

  3. 3つ

    53

  4. 2つ

    15

  5. 1つ

    2

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2026/04/09

総じて面白かった。戦国時代の前夜として、幕府(京都)の中央集権体制崩壊→地方各国の勢力拡大に至る経緯を理解できた。 ただし、(著者のせいではなく史実のせいであるが)本当にわかりづらい。登場人物が多いうえに各々の判断/行動が一貫しておらず、複雑すぎる。 特に幕府方の行動原理がふに...

総じて面白かった。戦国時代の前夜として、幕府(京都)の中央集権体制崩壊→地方各国の勢力拡大に至る経緯を理解できた。 ただし、(著者のせいではなく史実のせいであるが)本当にわかりづらい。登場人物が多いうえに各々の判断/行動が一貫しておらず、複雑すぎる。 特に幕府方の行動原理がふにゃふにゃ、流されたり主導権握ろうと暴れたり。足利義視は東軍に牙旗をもたらすよう主導したくせに、後半は西軍側に逃げて西幕府将軍に担ぎ上げられてみたりと180°転換。 主だった登場人物が1人も戦死せず、逃げたり隠れたり保身で寝返ったりするので、だからこそ戦が終わらなかった。こんなにもぐだぐだの内戦、歴史の授業で経緯を詳しく扱うのは無理と納得。 興福寺内の話は正直とっつきにくく、そこは多少端折ってしまっても応仁の乱の理解には障りないような気もした。

Posted byブクログ

2026/02/23

【感想要約】 大和国情勢の叙述は難解で読解に相当の集中力を要するが、経覚・尋尊という性格の異なる僧の日記史料を対比することで、乱の同時代的認識を立体的に理解できた点が印象的である。応仁の乱の「混迷」は無秩序ではなく、各勢力の抑制的行動が逆説的に長期化を招いた結果と分かり、戦国化の...

【感想要約】 大和国情勢の叙述は難解で読解に相当の集中力を要するが、経覚・尋尊という性格の異なる僧の日記史料を対比することで、乱の同時代的認識を立体的に理解できた点が印象的である。応仁の乱の「混迷」は無秩序ではなく、各勢力の抑制的行動が逆説的に長期化を招いた結果と分かり、戦国化の契機を明応の政変に求める鈴木良一説にも一定の説得力を感じた。 【内容】 近畿における応仁の乱(1467〜1477年)の動向を、興福寺(当時大和国における事実上の守護職の位置付け)の別当職を務めた僧・経覚と尋尊の2人の日記に着目して再整理した本。応仁の乱だけでなく発生経緯から応仁の乱後の影響まで解説しているため、6代義教の性急な中央集権志向の強権政治とその反発から発生した嘉吉の乱から、明応の政変で10代義稙と11代義澄が並立し室町政権の権威が失墜するまでの約60年強を広く扱う。 8代将軍足利義政は将軍親政を試みて伊勢氏等を重用する側近政治を進めたが、守護大名の家督争いへの場当たり的かつ過度な介入によって逆に幕府権威を弱体化させた。そして自身の後継問題に細川家と山名家という有力守護が介入を許したことは、応仁の乱が発生する土壌を用意することになってしまった。 応仁の乱は旧来の管領細川家を中心とする従来勢力に対する新興勢力である山名家の挑戦が背景にあったが、両者はあくまで権力抗争であり時に連携することもあり必ずしも致命的に対立していた訳ではなかった。直接的な原因は畠山政長、義就の畠山家における家督争いに端を発する御霊合戦に山名宗全が介入してしまったことであり、それにより細川勝元が政長側に着いて巻き返しを図り、大内政弘が軍勢を率いて上洛することで全国的な大乱に拡大した。やがて西軍側は足利義視を将軍として擁立し、将軍家の争いにまで波及する。最終的に形式的には西軍側が東軍側の軍門に降る形で乱は自然消滅的終息を迎えたが、畠山義就は武力で河内を統治する等混乱は収束しなかった。室町政権は応仁の乱後も一定の権威を保つものの、明応の政変により将軍家は分立、以降有力者によって擁立、廃嫡、暗殺される立場に陥り幕府の権威は失墜した。 室町政権は将軍をリーダーとする諸大名の一揆だったが、嘉吉の乱後この一揆が分裂し二大陣営の対立として現れたのが応仁の乱だった。乱の後大名集団は解体し、室町政権は諸大名の意見を吸い上げ政策に反映する回路を失った。守護が各々の分国へ下向することで在京守護制は崩壊し始め、その傾向は明応の政変で決定的となる。そして守護代や遠国の守護が各地で実力を持って勢力を拡大する戦国時代に突入し、室町政権は近畿5カ国(当時で言う"天下")にのみ影響力を持つ存在に零落してしまった。 【感想】 応仁の乱が始まるまでの大和国の動向がとにかくわかりづらく難解。この部分で読者の半分が振るい落とされるのではないかと思えるほど。ここで挫けない胆力のある読者のみ読み進められると試されていたのか。 著者の狙い通り、性格の異なる2人の僧の視点から乱への当時の評価を整理することで、事実関係の整理だけにとどまらず応仁の乱をより深く追体験し理解を深めることが出来た。また尋尊の日記は元々「旧守派上層による現実から乖離した感想」と批判的に読まれていたとのことだが、経覚の視点と比較することで本人の慎重な性格や大和国支配層としての現実的な目線を再評価出来るとした点も画期的だと思う。 私個人としてはそもそも応仁の乱への理解が浅かったため、その概観理解に大いに役立った。また理解を妨げる原因の一つでもあるいわゆる「ぐだぐだ感」も、実際には各勢力がそれぞれ発生を抑制、発生後も収束に向けて尽力したがそれらが裏目に出て長期化したという経緯を知ると面白い。また応仁の乱の構図を第一次世界大戦になぞらえる筆者の指摘(新興勢力ドイツのイギリスへの挑戦、各国の複雑な合従連衡)も興味深かった。 応仁の乱後室町政権は一時的に立て直しており、戦国時代の契機をその後の明応の政変に求める鈴木良一氏の説は、本書を読むと一定の納得性を得られるように思われた。一方で明応の政変で発生した義稙系と義澄系の分立は、見方を変えれば応仁の乱時の西軍(義巳)と東軍(義政側)の対立構図であり、下位者が上位の権力者を擁立したり廃したりする下剋上の構図(明応の政変における細川政元と義澄)は、応仁の乱の西軍の義視擁立に見られるとする著者の指摘から考えると、応仁の乱は戦国時代的風潮の始まりに強く影響していると考えられる。

Posted byブクログ

2026/01/20
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

応仁の乱と言えば山名、細川による将軍義政の後継者を巡る争いと言うイメージ。しかしどちらかと言うと畠山家の義就、政長の争いが大きな原因らしいのは面白いな。義政の調停のミスが混乱を拡大させて行くのはイメージ通り。応仁の乱の前の大和の混乱からもう色んな人物が入り乱れて誰と誰が戦っているのか味方なのかゴチャゴチャ。大内政弘とか朝倉孝景など興味でた。これは良い本だな~。もっとこのあたりの時代の歴史を勉強したくなる。

Posted byブクログ

2025/12/31

歴史の授業で必ず名前は聞くのに、「結局あれって何だったんだっけ?」となりがちな応仁の乱。戦国時代の前夜として重要なのは知っているのに、人物関係や派閥争いが複雑すぎて、理解をあきらめていた人も多いのではないでしょうか。私もその一人でした。 呉座勇一『応仁の乱』は、そのもやもやをほ...

歴史の授業で必ず名前は聞くのに、「結局あれって何だったんだっけ?」となりがちな応仁の乱。戦国時代の前夜として重要なのは知っているのに、人物関係や派閥争いが複雑すぎて、理解をあきらめていた人も多いのではないでしょうか。私もその一人でした。 呉座勇一『応仁の乱』は、そのもやもやをほどくための一冊です。足利義政の後継問題、細川勝元と山名宗全の対立、各地の守護大名たちの思惑が、京都を軸にどう絡み合い、やがて制御不能の内乱へと変わっていったのか。本書は、できるだけ感情に煽らず、史料を積み上げながら冷静に描き出します。そのおかげで、「家同士の喧嘩が燃え広がった」だけでなく、制度疲労の果てに起きた必然だったのだと、静かに納得させられました。 とくに印象的だったのは、室町幕府の将軍権力が、江戸幕府とは比べものにならないほど弱かったという点。守護大名たちはすでに地方支配を強めており、中央のコントロールは効きづらい。そんな不安定な政治構造の中で、跡目争いや派閥抗争が「私闘」の域を越え、ついには国全体を揺らす泥沼の戦いへと転じていきます。そこに“失敗学”としての学びを見た気がしました。制度が弱ると、個々の思惑が公の崩壊へ直結してしまう。 読みやすいライトな語り口ではありませんが、きちんと向き合えば、確かな理解に導いてくれる一冊です。応仁の乱を知ることは、戦国時代の必然性を知ることでもあり、そして「いま私たちが生きる社会の制度」について考えるきっかけにもなる——そんな余韻が残りました。

Posted byブクログ

2025/04/25

たしか新書大賞だった本作。ずっと積読いてあったんだけど、ふとこのタイミングで。しかしこれ、だいぶハードル高いな。確かに、名前は小学生以来知っているけど、その実態はというと、ほとんど分からなかったりする応仁の乱。そういう点で興味があるのは間違いないけど、考えてみれば、それで新書一冊...

たしか新書大賞だった本作。ずっと積読いてあったんだけど、ふとこのタイミングで。しかしこれ、だいぶハードル高いな。確かに、名前は小学生以来知っているけど、その実態はというと、ほとんど分からなかったりする応仁の乱。そういう点で興味があるのは間違いないけど、考えてみれば、それで新書一冊って、相当深い内容になりますわな、そら。本書は、高校日本史程度の知識は当然で、そこからさらに踏み込んで考察します的内容。これを読む前に、日本史の読本をまず読まなきゃってことだわ。失礼しました。

Posted byブクログ

2025/03/27

興福寺の僧による日記を主なベースとして、応仁の乱前から、乱後までを詳しく紹介してくれます。ただ登場人物と年号が多すぎて、巻末の年表に頼らないと、前後関係がわからなくなります。なんとか読み終えた感想としては、室町版「仁義なき戦い」をダラダラと続けていたのだなあと思いました。応仁の乱...

興福寺の僧による日記を主なベースとして、応仁の乱前から、乱後までを詳しく紹介してくれます。ただ登場人物と年号が多すぎて、巻末の年表に頼らないと、前後関係がわからなくなります。なんとか読み終えた感想としては、室町版「仁義なき戦い」をダラダラと続けていたのだなあと思いました。応仁の乱のはるか昔に、ローマがカルタゴをザマの会戦(アフリカ大陸)で破ったことを思うと、本書に描かれている争いのスケールの小ささに悲しくなりますよ。

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2025/01/28

名前は知っているがその内実はほとんど知られていない応仁の乱。そのあまりの縦横無尽ぶりに高校の教科書でも概要以外はさじを投げるほどだが、本書ではその応仁の乱を大和国・興福寺・畠山氏の諍いから方程式のように紐解いていく内容となっている。 大元は6代将軍足利義教の短気が尾を引いているこ...

名前は知っているがその内実はほとんど知られていない応仁の乱。そのあまりの縦横無尽ぶりに高校の教科書でも概要以外はさじを投げるほどだが、本書ではその応仁の乱を大和国・興福寺・畠山氏の諍いから方程式のように紐解いていく内容となっている。 大元は6代将軍足利義教の短気が尾を引いていること、日野富子と足利義視、細川勝元と山名宗全の関係は義尚誕生時点でも決して悪いものではなかったこと、実質的には勝者のいない泥試合でも形式的には結局どちらの勝ちで終結したのか、応仁の乱は何をもたらして戦国時代に繋がっていったのかなど、視点を変えるだけでこれだけ明瞭になるものかと非常に驚く(ただ、これでもまだ相当に複雑ではあるが…)

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2025/01/25

日本史上屈指の大乱ということであるが、応仁の乱が始まる前もそこかしこで戦いは始終起きているし、乱が終わった後もいろいろなところで戦が絶えない。京の都が思いっきり戦場になったというところや、動員された軍勢の規模が違うのだろうが、この情勢であればいつ大きな戦争が起きてもまったく不思議...

日本史上屈指の大乱ということであるが、応仁の乱が始まる前もそこかしこで戦いは始終起きているし、乱が終わった後もいろいろなところで戦が絶えない。京の都が思いっきり戦場になったというところや、動員された軍勢の規模が違うのだろうが、この情勢であればいつ大きな戦争が起きてもまったく不思議がない 著者は応仁の乱が当事者の意図を超えて拡大した様子を第一次世界大戦になぞらえるが、『八月の砲声』を読んだときも、「列強がそれぞれ軍事力で相手を潰すことしか考えていない。これは戦争にもなるよな」と思ったので、両者が似ているという点に関しては同意見である 名前がたくさん出てくるし、集合離散も激しいし、一族の中でいがみあうので、誰と誰が敵で、誰と誰が味方なのか、頭の中を整理するのが大変。国みたいなものもぶつかり合いではなく、やくざの抗争のほうが近い

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2025/01/08

数年前にこの本がかなり売れていたと聞き読んでみた。応仁の乱は「あー学校で習ったな」くらいの知識量だったのでとにかく読み進めるのに苦労した。とにかく登場人物が多いし関係も複雑。それだけ応仁の乱が難解ということか。 第三章に入ってからは割とすんなり読めた。 笑ってしまったのは、戦乱が...

数年前にこの本がかなり売れていたと聞き読んでみた。応仁の乱は「あー学校で習ったな」くらいの知識量だったのでとにかく読み進めるのに苦労した。とにかく登場人物が多いし関係も複雑。それだけ応仁の乱が難解ということか。 第三章に入ってからは割とすんなり読めた。 笑ってしまったのは、戦乱が長期化してきた頃、西軍の仲間うちで正月の遊びをしたところ勝敗を巡った喧嘩に発展し、80人の死者負傷者が出たと言う箇所。いやなにやってんの?!と思わず突っ込んでしまった。 せっかくこの本を読んだので、応仁の乱が舞台の小説「室町無頼」を読んでみようと思う。

Posted byブクログ

2025/01/05

戦国時代の契機となったとされる応仁の乱を大和国興福寺の視点を交えつつ描く。戦国時代の始まりは、応仁の乱とされるが、明応の政変がきっかけと著者は指摘。応仁の乱後もかろうじて維持されていた守護在京制は、明応の政変を機に完全に崩壊し、守護は国元帰り国人を統率せねば領国を維持できなくなっ...

戦国時代の契機となったとされる応仁の乱を大和国興福寺の視点を交えつつ描く。戦国時代の始まりは、応仁の乱とされるが、明応の政変がきっかけと著者は指摘。応仁の乱後もかろうじて維持されていた守護在京制は、明応の政変を機に完全に崩壊し、守護は国元帰り国人を統率せねば領国を維持できなくなった。

Posted byブクログ