デボラ、眠っているのか? の商品レビュー
ハギリ博士とヴォッシュ博士が結果として起動してしまった色々なものは、何かを決定的に変えるものなのか、まだ不明ではある。だけど、そこにマガタ博士の思惑が潜んでいる気がしてならないし、そもそも「デボラ」という名前は意味深だ。個人的にはマガタ博士のトリッキーさは嫌いじゃない。超越してい...
ハギリ博士とヴォッシュ博士が結果として起動してしまった色々なものは、何かを決定的に変えるものなのか、まだ不明ではある。だけど、そこにマガタ博士の思惑が潜んでいる気がしてならないし、そもそも「デボラ」という名前は意味深だ。個人的にはマガタ博士のトリッキーさは嫌いじゃない。超越していて、理解不能で、無駄に美しい存在。不可侵。そんなイメージ。科学者である博士たちは研究・解明するのは当然の思考として、局員たちとの温度差が興味深かった。シリーズ一気読みしたい気持ちをおさえるのが大変。
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ウォーカロンと人間。こんな未来が来るのかもしれない。そう想像して読むと一抹の不安と希望とが溢れてきた。難しい理論や単語もあるが、さすが森博嗣。それが分かりやすく書かれている。
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p142 コントロールが難しいものには、女性名をつける習慣があったように思える。いや、私の個人的な感想だが p183 正義も悪意も、同じく雑音であり、輝きを演じる装飾の屈折にすぎない。 AIに対する認識は変わらず、仮想世界と現実の世界の境界が曖昧に混ざり合う4作目。 思うにこのシリーズのテーマの一つとして、人と人が作った機械の境界とは、という問いがあげられると思うが、作者のイメージは一貫していて、機械と呼ばれていたものが人と呼ばれるようになる。言葉の意味は変わる。 ブラックミラーのエピソードを想起したりも。人とAI。人のほうが優れている発想が(エッセイとかで散々書いていた気も)今作の核に。 今後もちびちびと次作も読み進めたいと思います。
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今回はリアルの世界だけでなく、電脳空間でのAI同士の戦いという新たな戦場が登場。シミュレーションと学習を繰り返し高度な戦術を繰り出すAIはリアリティーに溢れる。7年前から、現在のAIの流行を見越していたんだろうか。 本筋の謎解きは少しずつ進んでいるが、まだ全貌は見えない。2つの陣営に分かれて戦うAI、誰がこれらのAIに使命を与えたのかというのが、謎の解明に繋がるんだろうけど …
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ウグイが素敵。 そして、このタイミングで『赤目姫の潮解』が漫画化したのです。完璧すぎて、シミュレーションの結果です、という感じだろうか。 森博嗣と講談社に踊らされる日々です。
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220615*読了 おもしろくて、早く読み進めたくて1日で読み終えてしまった。 今度の舞台はフランス。 トランスファという、ウォーカロンを乗っ取ることができるシステムが現れての戦い。 アミラ、そしてデボラとの会話。そう、デボラといえば真賀田四季ですよ。きっとあの頃のデボラの進化系なはず。懐かしい。 ハギリとボッシュ博士が訪れたフランスの城はモンサンミッシェル?と思って、そのイメージで読みました。 人間にチップを埋め込むことでロボットに近づき、ロボットは人間に近づき、まさに新人類が誕生しようとしている。 それを真賀田四季は予見していた。 この先の展開も我らが四季様は予見しているのだろう。 私には全く想像がつかないので、ただただ、ワクワクとドキドキを抱えながら読み進めることにしましょう。
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Wシリーズ第4作目 展開に無駄がなく、デボラの存在と前作で見つかった巨大なシステムの名前もわかった。 人の頭に入って直接乗っ取る攻撃になり、戦うシーンなどにより臨場感があった。 何より、最後のウグイのシーン。 舌を出すお茶目さがでて、ときめいた。
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フランス西海岸で発見されたスーパーコンピュータの調査に赴いたハギリたち。一方、ナクチュのスーパーコンピュータが再起動。ネットワークの再構築が開始される中で新たな事件が発生する。Wシリーズ4作目。
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これって、赤目姫の潮解と繋がってる?めっちゃ面白いな。 赤目姫を読んだのがだいぶ前だから、時間差でドキドキしてる。え〜!こうやって点と点がつながっていく感覚すごく楽しい。 やっぱり百年シリーズも読み返そう。
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既存の「人間」という定義から我々が徐々に離れていることを、一個ずつ証明されている感覚。 信じる神も持たず、続く子孫もいないから歴史も持てない、さらに、電子空間と反転している、していく可能性の浮上。 ーー我々ははたして本当に生きているのか。 永久に動き続けるものはない。ただ、エネルギィが供給され続ければ、ものは動く。だが、動くことは生きている証ではない。 すべてを諦め、すべてから手を引き、生きることをやめてしまうという選択が、残されている道なのだろうか。何百年も生きられるとしたら、最後にはその選択をするのだろうか。 電子空間に存在するものがいる、というのは正直、怖いという感情が先に立つ。現代では想像できないから。知らないという感情と、恐怖や嫌悪はとても近い。だからこそ、人は理解できないものを拒絶し、迫害する。その距離を埋めることができたら人は認めることができるかもしれないけれど。 生きるために人間であることを諦めるというのは、つまり、生きるために死ぬようなものなのか。 人間は人類が脅かされることに怯えるあまり、トランスファやウォーカロンが生きているということを認めることができない。しかしその結果は巡り巡って、自分達は生きているといえるのか?というパラドックスに陥っている。 「存在しているものを生きているというのだよ」と話すヴォッシュの言葉を、純粋に受け入れられたら楽になるけど、簡単には難しい。 まぁでも、この一連の思考全てがトランスファにとっちゃ「無限ループに陥るため、演算に適しません」ってことなんだろうな。 サリノの扱いを見ると、肉体が死なないって厄介だなとしか思えなかった。 命の価値が、どんどん軽くなっていく。 それにしても、この巻までずっとウグイもアネバネも人間じゃないと思ってた。ハギリ博士がずっと他者や読者を騙してるのかと…
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