宮本常一と土佐源氏の真実 の商品レビュー
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土佐源氏が剽窃であることを論証していくのではなく、序盤にある程度論拠を示して、あとは細部をつついていくような構成。まぁ元ネタが解っている時点で論証もクソもないのだが、読み物としての面白さは殆どなく、序盤でギブしちゃいそう。
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宮本常一の著作は好きで割と読んでいる。だから、土佐源氏の書かれなかった部分が現存しているという話を聞いて、ぜひ読んでみたいと思っていた。それで、この本を買ってみた。 オリジナル完全版「土佐乞食のいろざんげ」、大変おもしろかった。日本版「チャタレイ夫人の恋人」というのはなるほどと思...
宮本常一の著作は好きで割と読んでいる。だから、土佐源氏の書かれなかった部分が現存しているという話を聞いて、ぜひ読んでみたいと思っていた。それで、この本を買ってみた。 オリジナル完全版「土佐乞食のいろざんげ」、大変おもしろかった。日本版「チャタレイ夫人の恋人」というのはなるほどと思った。 で、この本はそれだけではなくて、土佐源氏の各バージョンの成立過程について、これまでの研究と自身の調査にもとづき、書かれている。これについても、事実関係に関しては大変興味深かった。 宮本は、昭和16年に土佐の山深い地方に調査に訪れ、土佐源氏のモデルとされている男性に話を聞いたが、その際の調査ノートを戦災で焼失、その後に記憶だけを頼りに昭和30年頃までにオリジナル版を書き、これは後に地下出版された(当時、これだけ直裁な表現は、取り締まりの対象だった)。オリジナル版はその後、宮本自身の手によって三種類の出版可能な形に改変され、全部で四つの版が存在する。ところがそれらには、明らかに事実と異なる内容が書かれている。そもそも、土佐源氏は土佐梼原村の言葉ではなく、宮本の出身地の周防大島の言葉で書かれている。また、モデルの老人は橋の下の乞食ではなく、橋のたもとの家に夫人や子供と共に住んでいた。モデルは70歳代に死亡しており、宮本と会った時に80歳ではありえなかった(話の中では80歳という設定)。などなど。 つまり、「土佐源氏の話は調査を基にした創作である」というのが、この著者の主張である(宮本が民俗学に本格的に取り組む前に小説や短歌などの創作に打ち込んでいた時期のあったことを丁寧に追っている)。さらに、著者は明言はしないものの、宮本の著作全般について、同様の可能性を検討する必要があると暗に主張する。つまり、学術的な記録として宮本の著作を扱うことに疑義を呈した、ということ。宮本が死ぬ直前に、土佐源氏のことを「梼原の乞食」と呼んでいたという記録(夫人の口述筆記)は、宮本の事実認識が学術的な厳密さを欠いていた可能性をうかがわせるのに十分だと私も思う。 宮本は自分の仕事を民俗学という学術だと考えていたと私は思っていたので、この事実関係には少々驚いた。調査の際にはノートを持ち込まない(相手が構えてしまって自然な話を聞けなくなる)という宮本の方針について、そうは言ってもそれで細かいところまで再現できるんだろうかと思っていたのだけれど、この本を読んで、本人の中でそれで十分だと思っていただけなのかもしれない、と思った。 宮本の本が面白いのは、客観的な情報だけではなくて、例えばなにかの道具が発生した時、それを使う時、人々が何を思いどう感じていたか、という視点があることだと思っていたのだけれど、実は話は逆なのかもしれないね。つまり、何がしかの自分の思惑が先にあって(調査に行くからには、先入観が存在するのは当然だろうけれど)、それと調査結果が渾然一体と混じり合って書かれたものが、宮本の著作なのかもしれない。学術研究なら、調査された事実と著者の見解はきちんと分けないといけないのだけれど。 最近は宮本の著書をあまり読んでなくて、記憶を元に書いたので、かなりいい加減な話ですが。あと、宮本自身がすでに研究の対象としていろんな文献が存在する、ということにちょっと驚いた。
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宮本常一さんが、土佐源氏の世界を自らの漂泊の旅に重ね、自分自身の女性との実人生での関係を告白するかのようにこの「作品」を書いたという心情がビビッドに伝わってきた。D・H・ロレンス「チャタレー夫人の恋人」そのものの世界であり、そこをモデルにした創作性を感じるのは当然だと思う。「土佐...
宮本常一さんが、土佐源氏の世界を自らの漂泊の旅に重ね、自分自身の女性との実人生での関係を告白するかのようにこの「作品」を書いたという心情がビビッドに伝わってきた。D・H・ロレンス「チャタレー夫人の恋人」そのものの世界であり、そこをモデルにした創作性を感じるのは当然だと思う。「土佐乞食のいろざんげ」という「忘れられた日本人」所収の土佐源氏の原資料を詳しく追究し、モデルとなった人物・山本槌造の娘へのヒアリングも含まれる。宮本氏が民俗学者だけでなく、文学者としても非常に優れていた人であることは、確かにこの作品から痛切に感じるところである。
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※このレビューにはネタバレを含みます
宮本常一氏の代表作である『忘れられた日本人』の中に収められている『土佐源氏』に描かれた乞食の老人は、宮本氏の心の中で創りだされた人物像という側面が大きく、『土佐源氏』は民俗誌であるというより”文学”であると結論付けている。 確かに学的資料としては取材対象の実態と離れ、正確性を欠くのであろうが、『土佐源氏』は全くの空想だけでは生まれるはずもなく、やはりその地方の人々の生業や慣習や風俗が反映されているのだろうから、一般読者としてはその時代の人々の生活の雰囲気が味わえただけで満足できるのではないだろうか。
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