融 の商品レビュー
源融は光源氏のモデルとも言われています。嵯峨天皇の皇子で9世紀末に亡くなっています。 六条河原に巨大な邸宅を作り(現在の渉成園)、東北・塩竈(現・塩竈市、仙台と松島の中間あたり)の風景を模した庭で、毎日海から塩水を汲ませて塩を焼かせていたそうです(現在でも、この付近に塩竈町という...
源融は光源氏のモデルとも言われています。嵯峨天皇の皇子で9世紀末に亡くなっています。 六条河原に巨大な邸宅を作り(現在の渉成園)、東北・塩竈(現・塩竈市、仙台と松島の中間あたり)の風景を模した庭で、毎日海から塩水を汲ませて塩を焼かせていたそうです(現在でも、この付近に塩竈町という地名が残っています)。塩竈は港町で、古くから藻塩づくりも行われてきた地。歌枕の地でもあり、貴族たちは行ったこともないこの地に憧れ、さまざまな歌を詠んでいたといいます。塩焼き、そんなに風流な感じがするのか今一つピンとこないのですが、この時代はそうだったんですね。 本作以前には、融は、地獄に堕ちて(贅沢のせい?)獄卒に責められるといったイメージの方が強かったようなのですが、本作では風雅な歌人として描かれています。 世阿弥作。前半と後半に分かれる複式夢幻能です。 前半では、旅の僧が六条あたりを訪れ、そこで汐汲みの老人に出会います。海辺でもないのに汐汲みとはどういうことかと問う僧に、老人はこここそが六条河原院であり、塩竈の浦を模した場所だといいます。月が出て、2人は語らいます。老人は、融の死後、六条院がすっかり荒廃してしまったことを嘆きます。また、地方から出てきた僧に、周囲の山の名を教えてやります。やがて老人は去っていきます。 後半。その夜、僧は、夢に融が出てくることを期待しながら眠りにつきます。そこに現れたのは、若き貴公子の姿の融の亡霊。昼間、老人の姿で現れ、あれこれ語るうちに昔が懐かしくなったのです。月の光の中、融は優美に舞います。ひとしきり舞った後、月の世界へと帰っていきます。 月の都に、入りたまふよそほひ、あら名残惜しの面影や、名残惜しの面影 前半では古今集や紀貫之の歌、漢詩なども出てきて、風流人、融を偲ぶ風。後半は、詞章もさることながら、おそらく舞の美しさを楽しむ演目なのかと思います。 風雅を愛した人が地獄で責め苛まれるのではなく、俗世を超えて月の世界へ行くのだ、というところに、芸能に身を捧げた世阿弥の気概を感じさせるようでもあります。
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