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江戸の教育力 の商品レビュー

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2026/04/21

図書館で借りた本。 以前から江戸時代の教育については興味があった。識字率は武士に関しては100%に近く、武士以外を含めてもかなり高めで、それが明治以降の急速な近代化の下地になった、というような話を複数の本で読んでいたからだ。本書は私の興味関心にぴったりの本だった。以下、大まかに...

図書館で借りた本。 以前から江戸時代の教育については興味があった。識字率は武士に関しては100%に近く、武士以外を含めてもかなり高めで、それが明治以降の急速な近代化の下地になった、というような話を複数の本で読んでいたからだ。本書は私の興味関心にぴったりの本だった。以下、大まかに学んだことをまとめておく。 まず江戸時代以前、戦国時代の頃からある程度教育への熱心さはあったようである。来日した複数の外国人が日本人は子供を大切にし、未知の事柄への関心がありキリスト教の教えについてもよく理解すると書き記しているそうだ。それが秀吉の惣無事令を経て平和な時代が到来することで花開くことになる。 戦国時代初期までの武士は半農半士、戦がないときは田畑を耕して暮らしていた。それが兵農分離により武士は城下で暮らすようになり、村の農民達とは離れることになった。武士は官僚的に農村を管理するようになり、農民は自治性・自律性を高めた。遠隔統治には文字が必須であり、読み書き計算の需要が高まることになる。 江戸時代になると幕府や藩は教育者を支援したり、藩校や郷学(ごうがく)と呼ばれる教育機関を設置するようになった(郷学は民間の有志が設立した場合もある)。武士の教育においては儒学、特に朱子学が重視された。更に経済活動の活発化に伴い、商人が雇う奉公人にも読み書き計算の能力がより求められるようになった。農業においても生産量を増やすため農書が多数執筆されるようになり、農村にも文字が浸透していく。 8代将軍吉宗の代になると、生産力向上による米余りや幕府財政の悪化に対し、享保の改革が実施された。官僚制が推し進められ、文書行政は更に徹底され、何事も文字で記録に残されるようになった。 教育の面でも武士階級以外の庶民への教育が進み、藩校や郷学の設立を幕府が推奨・支援した。更には国定教科書とも言える『六諭衍義大意(りくゆえんぎたいい)』が成立する。『六諭衍義』とは清王朝の世祖が示した教育勅諭『六諭』を同じく清の范鋐(はんこう)が注解し民間に普及させたもので、吉宗はこれを荻生徂徠に訓点を加えさせ、室鳩巣(むろきゅうそう)に仮名交じりに改めさせることで、民衆教化のための一種の教科書として普及させた。そうした改革を経て、庶民の間のちょっとしたやり取りにも文字が使われるようになっていく。 江戸後期になると藩校や郷学だけでなく民間の手習所(いわゆる寺子屋)が全国的に増加した。また江戸を中心に出版文化が花開いた。その辺の様子は昨年の大河ドラマ「べらぼう」が記憶に新しい。現存している来日した外国人の記録でもその識字率の高さへの驚きが綴られており、同時代の欧州諸国と比べても庶民の教育水準の高さは相当なものだったようである。町民が読書を好み、紙と筆を肌身離さず持ち歩き、手紙でやり取りする様子が描かれている。来日した外国人視点だと観察できた範囲には限りがあるだろうし、誇張されている可能性も否めないが、それでも庶民の教育への熱心さは窺える。 全体の3分の1弱は年表や参考文献の一覧なので実質100ページ強の薄い本だったが、江戸の教育事情について知りたかったことがかなり知れて、満足度の高い一冊だった。

Posted byブクログ

2014/12/07

もうみなさま勉強勉強で、なんだかほほえましい限り。 これがどのように現代と連続しているのか知りたいと思ったな。 あと客観的なデータ。 日本に来た外国人がこんなに称賛してますよ、ということは紹介されているのだが、実際データとして識字率なり学校数なりが、日本は突出していたみたいな数...

もうみなさま勉強勉強で、なんだかほほえましい限り。 これがどのように現代と連続しているのか知りたいと思ったな。 あと客観的なデータ。 日本に来た外国人がこんなに称賛してますよ、ということは紹介されているのだが、実際データとして識字率なり学校数なりが、日本は突出していたみたいな数値があれば、より説得力が増したかな、と。 でも、基本的には面白い本。僕もちょっと勉強したくなる。

Posted byブクログ