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日本の土 の商品レビュー

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2017/10/23

これまでほとんど顧みられることなく、単に「火山灰性の土」としてきたクロボク土。筆者はこれに疑問をいだき、研究を進めるうちに、縄文文化での野焼きに行き当たる。あくまでこれは「説」の域は出ないまでも興味深い。

Posted byブクログ

2018/10/31

クロボク土の正体を明らかにすることがこの本のテーマだが、土壌の形成過程から丁寧に説明しているのでわかりやすいし、様々な観点から考察していく様は謎解きをするようでおもしろい。土の正体を解明することによって過去の生活を垣間見ることができるとは驚きであった。 土壌は、岩石が風化して粒...

クロボク土の正体を明らかにすることがこの本のテーマだが、土壌の形成過程から丁寧に説明しているのでわかりやすいし、様々な観点から考察していく様は謎解きをするようでおもしろい。土の正体を解明することによって過去の生活を垣間見ることができるとは驚きであった。 土壌は、岩石が風化して粒子となったものが集まって母材となり、ここに有機物の分解や集積、無機物の溶脱や集積が進行して形成される。土壌の形成過程は気象条件が支配的で、森林の多い日本では褐色森林土が55%を占め、クロボク土と沖積土がそれぞれ17%で続く。クロボク土は里山に普通に見られる。 陸域では、急傾斜地の重力による落下や降雨による運搬のほか、強風により舞い上がった風成塵による移動がある。塵が1年に0.1mm積もるとすれば、1000年で10cm、1万年で1mになる。著者は、褐色森林土からイメージするローム層は火山灰ではなく、風成堆積物が本質であると強調する。 クロボク土に含まれる腐植を放射性炭素で年代測定すると、形成開始時期は完新世であることがわかる。縄文土器は黒土、旧石器は赤土から出てくる。クロボク土は下位のローム質層と母材の岩質が同じで、腐植を捕らえた単子葉植物の燃焼炭が含まれるという違いがある。山形県小国町では、春に山菜を採るために山焼きが行われている。山焼きの後、しばらくするとワラビやゼンマイが芽吹いて成長する。火入れが繰り返されるとススキやササなどが優先する草原になる。このことから、クロボク土は縄文人が野焼き・山焼きを続けてきたことを意味すると結論付けている。

Posted byブクログ

2016/01/06
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

 非常に面白く読んだが、土木を専攻していながら自分の住む大地の成立ちなど何の興味も抱かずにきた不明を恥じた。  現在の日本列島の形成過程は以下の通り 1. 3000万年前に大陸と地続きであった 2. 2000万年前に大陸から離れはじめ日本海が形成され始めた。 3. 1600万年前に海面上昇で今日の日本列島の大部分が水没する。 4. 1000万年前に太平洋側へ引張られる方向から中立、押される方向への変化 5. 700万年前に奥羽山脈が最初に現れる。 6. 259万年前 ガウス・マツヤマ境界部(地磁気の反転)第四紀の始まり、ホモハビリス出現 ローム質土、中国の黄土の堆積始め 7. 1万年前温暖化、草原の森林化 クロボクの堆積始め  259万年前以降の気候は寒暖サイクルの繰り返しである。中国の黄土では暖かいと堆積土は酸化鉄を多く含み暗赤褐色を呈する。250mに及ぶ黄土の各層の年代が比定されている。  日本における土壌の形成過程の代表的な例は以下の通り 1. 造山運動による急峻な斜面は浸食にさらされる 2. 事件層の発生、地滑りによる緩斜面への変化に伴い崖錐性堆積物の堆積 3. さらなる地滑りにより台地へと変化。風成堆積物の堆積  急斜面 ローム質土交じり角礫  緩斜面 礫交じりローム質土 4. ローム質土の形成 5. 縄文時代の野焼きによりクロボクの堆積  ここでクロボクとはローム質土に微粒炭が混ざり可溶腐植物を土中に取り込んだもの。裸地では微粒炭が混ざっても黒色にならない。  温暖化による草地の森林化に対しもともと暮らしていた草地に戻す意図で始められた野焼きによるものと思われる。野焼き後に山菜が多く採れることから定期的に行われるようになったものであろう。  また外観が類似の高地性黒色土は黒色の花粉・胞子がまざったものである。

Posted byブクログ

2022/06/01

なぜ旧石器や縄文の遺物は土の中にあるのか。 地質学は表土を扱わない。土壌学も農業的に関係なさそうな遺物を埋めている土は扱わない。土質工学も同様である。土を扱う学問に遺物と表土の関係を明らかにしよう、というものはないのだ。 旧石器時代の遺物は赤土から、縄文時代の遺物は黒土か...

なぜ旧石器や縄文の遺物は土の中にあるのか。 地質学は表土を扱わない。土壌学も農業的に関係なさそうな遺物を埋めている土は扱わない。土質工学も同様である。土を扱う学問に遺物と表土の関係を明らかにしよう、というものはないのだ。 旧石器時代の遺物は赤土から、縄文時代の遺物は黒土から出土する。こういう法則はあるが(それを悪用した石器スキャンダルもあった)、なぜそうなのか、ということは解き明かされていない。 赤土に比べると、黒土(クロボク土と呼ばれる)は限られたところにしか分布しない。クロボク土は火山灰を母材に腐食の集積が進行したものであると考えられてきた。 だが、著者はそれに納得しない。火山灰がどうしてそんなに黒いのだ、と。 クロボク土を放射性炭素年代測定で調べると、ほとんどが1万年より新しい年代になる。それより古いクロボク土は見つからない。 火山灰が、そんなに厚く積もるのだろうか、という疑問もある。 関東ローム層は火山灰、とおぼえている人が多いだろう。僕もそうだった。 ところがどっこい。 ロームの定義というのは学術的には曖昧だが、火山灰という定義はない。関東ローム層にはわずかに火山灰が含まれているが、ほとんどは非火山灰だということだ。関東ローム=火山灰、クロボク土=火山灰、という誤解を、まずは解く。 じゃあ、クロボク土の母材は何で出来ているのか。どんな風に日本列島が出来ていくのか。地殻変動・地滑り等で表土がリセットされてきて、古い表土は隠されてしまう。新しい表土はどうやって生まれたのか。そうやって土の形成を学び、さあクロボク土に迫る。 クロボク土の形成時期と地域には関連性が認められない。厚さも一律ではない。つまり、気象変動のような日本全土に及ぶ現象ではなく、ローカルな事象を反映しているだろう、ということがわかる。 クロボク土の黒い粒子の正体は? クロボク土と、そうでない黒土との違いは? 8章まで追ってきた謎や疑問、そしてそこから想像されることが、9章で一気に実る。クロボク土は、サブタイトルにもある縄文文化が作り上げた人為的土壌なのだ。この追いかける過程と想像が壮大でいてスピーディ。これまた、堪らないなあ。

Posted byブクログ