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1964年のジャイアント馬場 の商品レビュー

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18件のお客様レビュー

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2026/03/27

阪南大学図書館蔵書検索OPACで貸出状況や所在を確認↓ https://opac-lime.hannan-u.ac.jp/opac/volume/660960

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2023/11/16

某森下駅近くのもつ焼き屋店主は子どもの頃、近所のプロレスの試合をガードを掻い潜ってタダ観した。そして警備員が黙認してくれた。と本書を店で読んでいたら教えてくれた

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2017/09/26

ジャイアント馬場。彼の印象は、ゆったりとした動きの十六文キック。晩年の馬場しか見ていないです。ようするに、社長のキックは避けてはいけない、なんて揶揄されていたころの馬場しか、自分は知りません。 なので、どれほど尊敬されているのか、どれだけ強かったのか、どれだけ人気があったのか。全...

ジャイアント馬場。彼の印象は、ゆったりとした動きの十六文キック。晩年の馬場しか見ていないです。ようするに、社長のキックは避けてはいけない、なんて揶揄されていたころの馬場しか、自分は知りません。 なので、どれほど尊敬されているのか、どれだけ強かったのか、どれだけ人気があったのか。全く知らないまま、レジェンドという額縁に入っているんだなと思ってました。 いや、頭をカチ割られてしまえ。 思うに、馬場と猪木という二大スターがいた日本のプロレスはとても幸せだったと思います。何かと対比できる二人。この二人がいるだけで、自然と作られるストーリー。どっちも光でどっちも闇。どっちもベビーでどっちもヒール。それは観客が勝手に作り上げるストーリー。 やっぱり、ある時代のあるジャンルの寵児となる人は、見ておくべきだ。ジャイアント馬場を見ることができた幸せな人たちがいる。自分は見ることができなかったけど、まだ見ぬ人を見ることはできる。 それは幸せなこと。 ただ、こうやって書籍化されたもので知ることができるってのも、いいものです。

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2017/04/30

日本人メジャーリーガーなど存在しなかった1960年代、ジャイアント馬場はたったひとりの「世界標準の男」だった-。劣等感と挫折を乗り越え、プロレスの本場を高下駄で闊歩した男の物語。 破天荒なところのあるアントニオ猪木と違って、深謀遠慮の人といったイメージのあるジャイアント馬場。そ...

日本人メジャーリーガーなど存在しなかった1960年代、ジャイアント馬場はたったひとりの「世界標準の男」だった-。劣等感と挫折を乗り越え、プロレスの本場を高下駄で闊歩した男の物語。 破天荒なところのあるアントニオ猪木と違って、深謀遠慮の人といったイメージのあるジャイアント馬場。それがそのまま新日本プロレスと全日本プロレスの違いに投影されたともいえるのだけれど、馬場がそういうキャラになった経緯がよく描かれていた。また力道山やルー・テーズが登場する日米のプロレス史も詳述されている。 (B)

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2016/09/27

ジャイアント馬場の数奇な運命を辿るうちに、彼の大らかで優しい人柄に魅了されていく。全盛期のアメリカンプロレスの最前線で活躍した馬場は紛れもない世界のトップアスリートだった。現役後半のユーモラスな動きのイメージか強いが、海外で確かな実績を残した馬場の真価に触れ、いかに大きな存在だっ...

ジャイアント馬場の数奇な運命を辿るうちに、彼の大らかで優しい人柄に魅了されていく。全盛期のアメリカンプロレスの最前線で活躍した馬場は紛れもない世界のトップアスリートだった。現役後半のユーモラスな動きのイメージか強いが、海外で確かな実績を残した馬場の真価に触れ、いかに大きな存在だったか気づかされる。あとがきを読み終わった後に現れる、馬場のあるシーンを捉えたスナップ写真。馬場の人生を辿る旅で誰よりも彼に魅了されたのは著者の柳澤氏だったことが伝わってくる、本書の全てが凝縮されたような写真だった。

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2016/10/05

「1976年のアントニオ猪木」を著した柳澤氏による馬場本。1960~70年のプロレスを理解するには、猪木と馬場の両方を読み解かねばならぬ。著者はプロレス村の外の人。業界の内幕やビジネスとしての構造が、さらりと書かれている。 それにしても、馬場のドロップキック、見たかったなぁ。

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2016/01/27

24頁:二年目……一二勝一敗で二軍の最優秀投手になった。 27頁:前年二軍ながら一二勝一敗で最優秀投手,この年も一三勝二敗という好成績を上げ,二年連続で二軍最優秀投手に選ばれている。 37頁:三年連続二軍最優秀投手に選ばれた。 ・この第一章「白球の青春」は,近著,広尾 晃『巨人軍...

24頁:二年目……一二勝一敗で二軍の最優秀投手になった。 27頁:前年二軍ながら一二勝一敗で最優秀投手,この年も一三勝二敗という好成績を上げ,二年連続で二軍最優秀投手に選ばれている。 37頁:三年連続二軍最優秀投手に選ばれた。 ・この第一章「白球の青春」は,近著,広尾 晃『巨人軍の巨人 馬場正平』を読んで,巨人軍の馬場正平像を修正する必要がある。 ・連載が元になっているためか,あるいは「品性と知性と感性が同時に低レベルにある人だけ」を対象としているためか,繰り返しが多い。また著者が気に入っているためか,立花隆がいう「上記の人だけが熱中できる低劣がゲーム」ということばに読者は三度も四度もつきあわされる。

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2015/09/05

プロレス中心のフリーライターが、ジャイアント馬場の実像を知りたいというリクエストに応えて書いた本。タイトルにある年は、馬場がアメリカで修行・遠征していた時代であり、そこに主題を置いた伝記となっている。

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2015/07/12

ジャイアント馬場評伝。 その記述がどこまで真実かは知るよしがないが、私の 持っているジャイアント馬場像とすりあわせながら読む のはとても楽しい作業だった。 一番びっくりしたのは投手としても一流だったのでは ないかという件。確かに二軍で2年連続最優秀投手に輝き ながら一軍でまと...

ジャイアント馬場評伝。 その記述がどこまで真実かは知るよしがないが、私の 持っているジャイアント馬場像とすりあわせながら読む のはとても楽しい作業だった。 一番びっくりしたのは投手としても一流だったのでは ないかという件。確かに二軍で2年連続最優秀投手に輝き ながら一軍でまともにチャンスを与えられていないと いうのは、単に馬場に投手としての才能が無かったとは 考えにくいな。 プロレス選手として一流であり、ブッカーを兼任する プロモーターとしては才能が無く、ファンと触れ合える ようになって「ジャイアント馬場」から「馬場さん」に なっていったあたりはすんなりと入ってきた。当時 半信半疑ながら週プロを毎週買っていた身としては少々 複雑ではあったけれど。

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2015/08/02

著者は『1976年のアントニオ猪木』や『1985年のクラッシュギャルズ』でおなじみの柳澤健。 今までプロレス界に力道山史観、猪木史観というものがあったが、これはさしずめ馬場史観で書かれた一冊。 そして、馬場史観で見ると、力道山の晩年には既に馬場が全米有数のドル箱レスラーになって...

著者は『1976年のアントニオ猪木』や『1985年のクラッシュギャルズ』でおなじみの柳澤健。 今までプロレス界に力道山史観、猪木史観というものがあったが、これはさしずめ馬場史観で書かれた一冊。 そして、馬場史観で見ると、力道山の晩年には既に馬場が全米有数のドル箱レスラーになってて、力道山が気を使う存在だったらしい。 わずかデビュー数年で全米のトップ戦線に食い込むってのもすごいけど。 銭の取れる巨体だったというのはもちろんだけど、何よりジャイアンツに投手として入ったくらい、アスリートとしても一流だったからこそ、日米でトップに立つことができたというのが著者の見方。 その後はプロレス史の通りなので割愛。 もちろん、完全中立ってことはありえないし、事実誤認もあるのかもしれないけど、著者の今までの実績もあり、説得力があった。 以下、例によって気になった点を箇条書きで(敬称略)。 ・巨人軍で2軍で優秀な成績だったのに1軍に上げてもらえなかったのは、1軍選手のジェラシーによるものという見方。 ・力道山が木村政彦に勝ったのは、ひとえにコンディションの違いという見方。  力道山は自分の強さに自信を持っていた。でなければ、力道山側から仕掛けるはずがない。 ・馬場が評価する最高のレスラーはバディ・ロジャース。また、彼によって全米でメインイベンターとなった。  ただし人間的には最悪。 ・ブルーノ・サンマルチノとの友情物語は、サンマルチノが日本に来るようになって以降の話。 ・カール・ゴッチ、ビル・ミラーのバディ・ロジャース襲撃は、黒幕いない説。  グレート・アントニオ同様、私怨でやったという見方。 ・力道山の死後、アメリカでグレート東郷、フレッド・アトキンスの破格の条件をふって日本に戻ってきたのは、遠藤の引止め工作もさることながら、プロモーターでもあった山口組の田岡組長の電話があったから。 ・カブキ曰く「馬場は輪島の人気に嫉妬してた。そのため実況で『練習してない』と輪島を悪く言った」 ・90年代初頭の全日のマッチメークは、かなり週プロの市瀬、山本の意見が入ってた。  そのおかげで客が入り、日テレへの借金を返すことができた。 印象に残ったのは、著者の「客を呼ぶレスラーこそ正義」「ナルシストキャラはアメリカの歴史の焼き直しであり、WASPのパロディ」という分析。

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