忘却の声(下) の商品レビュー
実験小説。 主人公は、認知症を患った60歳代の女性。 彼女と長い付き合いのあった隣家の老女が不審な死を遂げ、しかもその遺体からは四本の指が切り取られていた。 優秀な整形外科医であった彼女が隣人の死について重要な何かを知っているのではないかと嫌疑がかけられる。 が、その記憶と認識...
実験小説。 主人公は、認知症を患った60歳代の女性。 彼女と長い付き合いのあった隣家の老女が不審な死を遂げ、しかもその遺体からは四本の指が切り取られていた。 優秀な整形外科医であった彼女が隣人の死について重要な何かを知っているのではないかと嫌疑がかけられる。 が、その記憶と認識は不安定に漂うまま。 小説は、主人公の主観に沿って展開していくが、その認知は比較的明晰なこともあれば、時に我が子を認識できないほど闇に包まれることもある。 時制も遠い過去から現在まで行ったり来たり。 自分も、身内(祖母)が認知症になっているので、この感覚(といっても外からしか見ていないのだが)はよくわかる。 この認識の断片や噛み合ない会話が重ねられていく中で、主人公や周囲の人々の人となり、彼女ら彼らの積み重ねてきた歴史が次第にイメージとして確立していく。 その手法がなかなか見事。 小説が進むに連れて、時制どころか人称すらあやふやになっていく。 ミステリとしての体裁はとっているが、明かされる真相はそれほど意外なものではない。 が、その形式と、形式ゆえに醸し出される作品の印象は、きわめてユニークなものである。
Posted by
ミステリとしてはともかく、認知症を内側から体験していくというのは、とても怖かった。登場人物誰もが何かしら不幸せで、それぞれ“普通”とは違う部分を持っていて、常に悲しい空気が漂っている感じがした。忘れてしまう怖さと、忘れてしまえる幸せと。明日は我が身か。
Posted by
叙述トリックというものがある。簡単に説明すると地の文で[嘘]ではないけれど真実ではない言い回しをする書き方を用いたトリックのこと。 これを叙述トリックの本と位置付けていいのか悩む。 主人公はパーキンソン病の患者。書かれているのは彼女の日記と介護者たちの言葉。 主人公は記...
叙述トリックというものがある。簡単に説明すると地の文で[嘘]ではないけれど真実ではない言い回しをする書き方を用いたトリックのこと。 これを叙述トリックの本と位置付けていいのか悩む。 主人公はパーキンソン病の患者。書かれているのは彼女の日記と介護者たちの言葉。 主人公は記憶を失っているし、物語が進むにつれ、症状は悪化していく。 最初は読み辛いと思うのだけれども、不思議なリズムがあり、軽快に読み進められるのに、さっぱり訳が分からない。 2回読んだけど、また読みたい。
Posted by
ぐらつき、よろける様な意識の世界だけで読み解くミステリーは難解だけど新鮮。 頁数の多い上下巻を読み終えると、何とか一つの線が繋がる。かと言って、全くスッキリはしない。 完読の達成感は大きい。
Posted by
ある街で、1人の女性が殺される。死因は頭部外傷。遺体の右手の指は4本切断されていた。 嫌疑を掛けられたのは被害者の親友であった元整形外科医。 但し、よくある犯罪と違うのは、容疑者が認知症を患っていることだった。 物語は主に、容疑者であるジェニファーの視点で語られる。 彼女はいわ...
ある街で、1人の女性が殺される。死因は頭部外傷。遺体の右手の指は4本切断されていた。 嫌疑を掛けられたのは被害者の親友であった元整形外科医。 但し、よくある犯罪と違うのは、容疑者が認知症を患っていることだった。 物語は主に、容疑者であるジェニファーの視点で語られる。 彼女はいわゆる「信用できない語り手」である。 彼女の語りは断片的であり、ときには残されたメモであり、ときには介助人の記録である。 すくい取ろうとする掌から水がこぼれ落ちていくように、また掴もうとしても掴めない煙のように、小さなばらばらのピースをかき集めようと、彼女はもがく。 あるときには「自分は親友を殺したのだろうか」と自らに問い、あるときには事件や、さらには親友自体の存在も忘れてしまう。 読者も同時に、わずかな手がかりを拾い集めて、事件の概要を、そしてその背景を知ろうと試みる。 彼女は徐々に壊れていく。 ある部分が欠け、ある部分が崩れ落ち、ときには以前は働かなかった部分が修復される。一進一退を繰り返しつつ、しかし着実に、間違いなく、悪い方へと向かっていく。 このさまは、かなりリアルに感じるだけに、身近に認知症を患う人がいる人などはかなり「堪える」描写かもしれない。 それだけ著者の筆致が見事であるということだろう。 これは家族の物語であり、ある種の友情の物語であり、不正とそれを糾弾しようとする「正義」のせめぎ合いの物語でもある。 出てくる人物たちは誰もが欠点を持ち、いささか癖がある者揃いである。彼らはときに酷く傷つけあいながらも、互いに、関わらずにはいられないのだ。 それはおそらく「愛」と呼ぶしかないものなのだろう。 下巻の帯には、「ワシントン・ポスト」の評、「巧みでユニークなすばらしいフーダニット」が引かれている。確かに、これはフーダニット(誰が犯人か)の物語である。だが同時に、ホワイダニット(なぜ犯行に至ったか)の物語でもある。 この2つが絡み合いつつ、螺旋状に互いに姿を見せつつ、また隠れつつ、次第に全貌を明らかにしていく。 この犯罪の悲しさと人の哀しさが胸を打つ。 そして読者はまた、呆然としながら、物語が問う声をおぼろに聞くのだ。 「あなたの記憶が壊れていくならば、最後に残るものは何だろうか・・・?」と。 物語の最後で、あなたが見るのは絶望か希望か。その答えはあなたにしかわからない。
Posted by
殺人事件があり、さてアルツハイマー病の主人公は犯人でしょうか? という話ではあるのだけど、動機とかトリックは問題にならず。真相とかね、どうでもいいのよ。 重要なのは日々自らの記憶が削がれていく女性に最後に残るものは何か? ということ。 断片的でぐらりとする文章にヒリヒリ焼かれる読...
殺人事件があり、さてアルツハイマー病の主人公は犯人でしょうか? という話ではあるのだけど、動機とかトリックは問題にならず。真相とかね、どうでもいいのよ。 重要なのは日々自らの記憶が削がれていく女性に最後に残るものは何か? ということ。 断片的でぐらりとする文章にヒリヒリ焼かれる読書であった。
Posted by
主人公は認知症の女性。彼女の独白と、第三者による伝言ノートを中心に物語は展開していく。ストーリーはあってないようなもので、進んでるのか停滞してるのかよくわからない。 殺人事件の真相解明がゴールなのだろうが、主人公の認識だけでは事件のあらましがほぼ不明で、家族や刑事との会話の中か...
主人公は認知症の女性。彼女の独白と、第三者による伝言ノートを中心に物語は展開していく。ストーリーはあってないようなもので、進んでるのか停滞してるのかよくわからない。 殺人事件の真相解明がゴールなのだろうが、主人公の認識だけでは事件のあらましがほぼ不明で、家族や刑事との会話の中から情報をすくい取るしかない状態。推理や謎解きといったプロセスはなく、失われつつある記憶の断片を繋ぎ合せることで、かろうじて進展している感じ。 時間軸が不規則で、また、息子を夫と思い込む主人公の一人称もややこしい。この特異なスタイルに慣れるまで若干苦労したが、明確にはならないことを咀嚼してしまえば、それはそれで読み進められる。着地はミステリとして成り立っているし、動機につながるエピソードもあったので、こんな設定でも書けるものだなあと素直に感心していた。 主人公を含め、彼女の家族や被害者など、誰ひとりとして好感は持てなかったが、作品そのものはいいイメージで読了できた。余白も多いので、通常のミステリという感じがしない。生真面目にならずに、ふわっとしたスタンスで、主人公の独白に付き合う感覚でOKです。
Posted by
- 1