写字室の旅 の商品レビュー
私にはまだ早かった、、。よくわからなかった。 ある程度まとめて読むと良かったのかも。 いつかもう一度読む。
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フィクションをめぐる実験? 物語と現実。 記憶の一貫性が生きるということ? この点については、認知症の経験のようにも読めた。 僕らがいかに文脈に頼って、物事を判断しているかを思い知る。 しかし、いかんせん、どこにも出口はない。
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はじめてのポール・オースターで、訳者あとがきを読んだら「へー」って思った。 また別作品を読んでみたい。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
『ファンの人もそうでない人も、それぞれの楽しみ方で…』 ある部屋に閉じ込められた老人のもとに、過去のオースター作品に登場した人たちが入れ代わり立ち代わりやってくる。どうりで、見たことのある名前ばかりだと思った…いろんな楽しみ方のできる一冊でした!
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簡素な部屋の中で、ベッドに座り、うつむいて床を見ている老人が映し出されるところから物語は始まる。老人は何者か、いつやって来て、いつまでここにいるのか、なぜここにいるのか何一つ明らかではない。そして老人は記憶を失っている。老人の部屋に様々な人がやってくるが、老人はそれらの人に対して...
簡素な部屋の中で、ベッドに座り、うつむいて床を見ている老人が映し出されるところから物語は始まる。老人は何者か、いつやって来て、いつまでここにいるのか、なぜここにいるのか何一つ明らかではない。そして老人は記憶を失っている。老人の部屋に様々な人がやってくるが、老人はそれらの人に対して漠然とした罪悪感を感じるのみ…、という内容。 ちなみに、老人の部屋にやってくる人々は実はこれまでのポール・オースターの作品に出てきた人たち。 あらゆる人に対してなんとなくの罪悪感を感じる気持ちはよくわかる。この世って難しい、言葉もややこしいし…
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舞台は部屋の中のみ、登場人物もごくわずか。 過去の作品の登場人物が出てきてうんぬん。 Amazonの評価がオースター作品にしてはかなり低めですが、同感です。
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記憶を喪失した老人が刑務所でも病院でもない場所に軟禁されている。そして、その老人の元を、これまでのオースター作品に登場した人物たちが訪れる。この訪問者達はかつてこの老人からミッションを言い渡され、今では彼を憎悪の対象としている。さらに、訳者あとがきによると、オースターはこの老人を...
記憶を喪失した老人が刑務所でも病院でもない場所に軟禁されている。そして、その老人の元を、これまでのオースター作品に登場した人物たちが訪れる。この訪問者達はかつてこの老人からミッションを言い渡され、今では彼を憎悪の対象としている。さらに、訳者あとがきによると、オースターはこの老人を、ひとまず20年後の自分の姿として書き始めた、ということらしい。 こうして見ると、オースター自身がこれまでの総括を試みた作品のように思われるかもしれないが、さに非ず。これはオースター流のひとつの実験なのでは、とワタシには思える。 オースターの小説の特徴のひとつは、非常に内省的であることだ。この『写字室の旅』の老人も記憶は失っているものの、やはり極めて内省的で、時に激しく自分を責める。これが著者オースター自身の20年後の姿だと言うのなら、彼は自分自身をより内省的に見つめるための方法として、自身が生み出した人物たちを登場させる『写字 室の旅』という形を選んでみた、という解釈ができる。 果たして、その実験は成功したのか。ここまでオースター作品から満足を得てきたワタシだが、本作は初めて消化不良を起こした作品となった。敢えて言うならば、自身のための実験色が濃くなり過ぎて読者を置き去りにしてしまったのではないか、そんな印象を受けた。 ただ、本作は次作『闇の中の男』と強くつながっているとオースターは言っているので、本作の本当の評価は『闇の…』と合わせて行うべきなのかもしれない。
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物語の永遠のループに閉じ込められた老人ブランク。 私はこの終わり方よりは、別の二つを考えていた。 ①ブランクが読み始め、またそののち語る物語自体が、彼が薬か何かで「処置」されて忘れさせられていた、自分自身か、あるいはその周辺の実際の出来事である。 ②ブランクが読んでいる物語の...
物語の永遠のループに閉じ込められた老人ブランク。 私はこの終わり方よりは、別の二つを考えていた。 ①ブランクが読み始め、またそののち語る物語自体が、彼が薬か何かで「処置」されて忘れさせられていた、自分自身か、あるいはその周辺の実際の出来事である。 ②ブランクが読んでいる物語の作者、ファンショーという作家がブランク自身である。 いずれにしても、自らが語る物語自体に飲み込まれてしまうというようなダイナミックな展開を期待するけれど、結局彼は彼のかつての部下だかに囚われている、あるいは保護されて生きている、らしい。 また、ピーター・スティルマンは「ガラスの街」という作品にも出てきており、妙なつながりを想像してしまいもするけれど、特別何かあるというわけではないかもしれない。
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謎は謎のまま、作中作と作中世界がループする構造になっている。訳者あとがきで登場人物がオースター作品の人物であることを知るが、その事実を知らなかったまま読んだために最後まで彼らの謎が解明されることを期待してしまっていた。
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ポール・オースターの良い読者とは言い難い自分が言うのもおこがましいけれど、登場人物が自らの名前を告げる度に頭の中では物語が二つに分離して動き出すように感じてしまって仕方がない。物語という虚構の中に実在の名前を一緒に並べて虚実入り乱れた幻想的な雰囲気を造り出すのはポール・オースター...
ポール・オースターの良い読者とは言い難い自分が言うのもおこがましいけれど、登場人物が自らの名前を告げる度に頭の中では物語が二つに分離して動き出すように感じてしまって仕方がない。物語という虚構の中に実在の名前を一緒に並べて虚実入り乱れた幻想的な雰囲気を造り出すのはポール・オースターの得意とするところだと思うし、その雰囲気が産み出す既視感に似た感覚のずれ自体には馴染みもある。それ故、かつての作品の登場人物たちがメタなレベル、語られる者の立場ではなく語る者の立場、で登場しても驚かないし、例えば「ガラスの街」でやって見せたように自分自身と瓜二つの人物を登場させることもこの作家の一つの冴えたやり方ではあると認識しているのでこの作品の主人公がポール・オースターの投影だと気付いても今更目新しいと思うことも無いと言えば無いのだが、この「老人」がオースターその人を投影していると認識すること自体が生み出す捻れた視点はやはり独特の感覚を産み出す。それはオースターらしい仕掛けと言ってしまえばそれきりのことであるようにも思えるけれど、自己言及的(かつ無限責任的)とも見えるやり方で自分の投影を作品に放り込むのはやはり新しいと思う。その輻輳する関係性、語る者と語られる者とが互いに立場を入れ替える展開が作り出す散らばった視線のベクトルの矢印が詠み手に強いる動きによって自分が今どの象限に居るのかをつい見失う。その自失感を見透かしたように聞き覚えのある名前の登場人物たちが自由な発言を始める。彼らの言葉は概して手厳しい。産みの親であるところの作家に対する感情が(所詮それとて作家の創作なのではあるけれど)意外に激しい憎しみに満ちていて、作家であるところの主人公(であるところのポール・オースター。ここまで来ると、果たしてそれが頁の中に留まった存在を指すのか現実の存在をも含んだ呼称なのかは判然としなくなっている)に敵対している様が描かれているのを読むと、この作品に読み手としてどう対峙すれば良いのかが、間接的にも激しく問われているように思え始める。そしてその瞬間、自分が立っているのが第一象限ではなく、縦も横もひっくり返った第三象限であることに気付いてひんやりとした驚きを覚える。と言うのも、この本の語り手であるもう一人のポール・オースターが、この本を含めた過去の著作を「報告書」と表現していることと、「トゥルー・ストーリーズ」で明かされたようにオースターの作品が一定の事実をベースにしているという事実が一気に結び付くからだ。それが邪な覗き見趣味を楽しむ感触を喚起したことを思い出し、そのことに対する罪悪感が一気に押し寄せて来るからなのだ。その疚しさを、急に自分が俯瞰した立ち位置(つまりは身の安全が確保されている立場)から眺めていた筈の登場人物たちから浴びる非難めいた上目遣いに晒されて否応無く思い知らされる。立場が急に逆転する思いがして身がすくんでしまう。かつてのポール・オースターの作品の登場人物たちが糾弾しているのは作家だけではなく読者もなのですよ、と囁く声が聞こえる。あるいはニューヨーク三部作を意識して、自分自身の知らないもう一人の自分であるところの分身、ドッペルゲンガーに急に出会ってしまった時の恐怖を感じる、と言った方が少しはポール・オースターのファン的かも知れないけれど。
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