写字室の旅 の商品レビュー
ポール・オースターの良い読者とは言い難い自分が言うのもおこがましいけれど、登場人物が自らの名前を告げる度に頭の中では物語が二つに分離して動き出すように感じてしまって仕方がない。物語という虚構の中に実在の名前を一緒に並べて虚実入り乱れた幻想的な雰囲気を造り出すのはポール・オースター...
ポール・オースターの良い読者とは言い難い自分が言うのもおこがましいけれど、登場人物が自らの名前を告げる度に頭の中では物語が二つに分離して動き出すように感じてしまって仕方がない。物語という虚構の中に実在の名前を一緒に並べて虚実入り乱れた幻想的な雰囲気を造り出すのはポール・オースターの得意とするところだと思うし、その雰囲気が産み出す既視感に似た感覚のずれ自体には馴染みもある。それ故、かつての作品の登場人物たちがメタなレベル、語られる者の立場ではなく語る者の立場、で登場しても驚かないし、例えば「ガラスの街」でやって見せたように自分自身と瓜二つの人物を登場させることもこの作家の一つの冴えたやり方ではあると認識しているのでこの作品の主人公がポール・オースターの投影だと気付いても今更目新しいと思うことも無いと言えば無いのだが、この「老人」がオースターその人を投影していると認識すること自体が生み出す捻れた視点はやはり独特の感覚を産み出す。それはオースターらしい仕掛けと言ってしまえばそれきりのことであるようにも思えるけれど、自己言及的(かつ無限責任的)とも見えるやり方で自分の投影を作品に放り込むのはやはり新しいと思う。その輻輳する関係性、語る者と語られる者とが互いに立場を入れ替える展開が作り出す散らばった視線のベクトルの矢印が詠み手に強いる動きによって自分が今どの象限に居るのかをつい見失う。その自失感を見透かしたように聞き覚えのある名前の登場人物たちが自由な発言を始める。彼らの言葉は概して手厳しい。産みの親であるところの作家に対する感情が(所詮それとて作家の創作なのではあるけれど)意外に激しい憎しみに満ちていて、作家であるところの主人公(であるところのポール・オースター。ここまで来ると、果たしてそれが頁の中に留まった存在を指すのか現実の存在をも含んだ呼称なのかは判然としなくなっている)に敵対している様が描かれているのを読むと、この作品に読み手としてどう対峙すれば良いのかが、間接的にも激しく問われているように思え始める。そしてその瞬間、自分が立っているのが第一象限ではなく、縦も横もひっくり返った第三象限であることに気付いてひんやりとした驚きを覚える。と言うのも、この本の語り手であるもう一人のポール・オースターが、この本を含めた過去の著作を「報告書」と表現していることと、「トゥルー・ストーリーズ」で明かされたようにオースターの作品が一定の事実をベースにしているという事実が一気に結び付くからだ。それが邪な覗き見趣味を楽しむ感触を喚起したことを思い出し、そのことに対する罪悪感が一気に押し寄せて来るからなのだ。その疚しさを、急に自分が俯瞰した立ち位置(つまりは身の安全が確保されている立場)から眺めていた筈の登場人物たちから浴びる非難めいた上目遣いに晒されて否応無く思い知らされる。立場が急に逆転する思いがして身がすくんでしまう。かつてのポール・オースターの作品の登場人物たちが糾弾しているのは作家だけではなく読者もなのですよ、と囁く声が聞こえる。あるいはニューヨーク三部作を意識して、自分自身の知らないもう一人の自分であるところの分身、ドッペルゲンガーに急に出会ってしまった時の恐怖を感じる、と言った方が少しはポール・オースターのファン的かも知れないけれど。
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閉じ込められた老人の部屋に、過去のオースター作品の登場人物が訪れる。けっこう忘れてた。。カラクリも含めてオースター流だった。
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小説は全部読んだのに、ミスター・ブランクの部屋を訪れる過去の登場人物を誰一人として覚えていなかった。 気になって、本棚をがさごそ。昔の作品をもう一回読み直そうかなあ、と思ったところでひらめいた。これはオースターの「販促用小説」なのでは? 「まだ読んだことない人は買ってくださいね、...
小説は全部読んだのに、ミスター・ブランクの部屋を訪れる過去の登場人物を誰一人として覚えていなかった。 気になって、本棚をがさごそ。昔の作品をもう一回読み直そうかなあ、と思ったところでひらめいた。これはオースターの「販促用小説」なのでは? 「まだ読んだことない人は買ってくださいね、忘れた人は読み返してくださいね」なんてね。
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解説を読んでやっとわかった。 これまでのオースターの作品で出できた登場人物たちなのだと。 この作品の主人公はやがて老いた日のオースター自身の姿らしい。 きっと違うと思うが。
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過去のポールオースター作品の登場人物が出てくるが、思い出せない人も多い。 それでも、だいたいイメージで読めるけれど、全く過去の作品を読んでない場合には、どうなのかな、と思う。多分ファン向けの作品なんでしょう。 過去を思いだそうとすると、疚しさと罪悪感が湧き上がる、という訳者後書き...
過去のポールオースター作品の登場人物が出てくるが、思い出せない人も多い。 それでも、だいたいイメージで読めるけれど、全く過去の作品を読んでない場合には、どうなのかな、と思う。多分ファン向けの作品なんでしょう。 過去を思いだそうとすると、疚しさと罪悪感が湧き上がる、という訳者後書きが良い。次の作品も続編みたいになってるようなので、楽しみ。
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全体的にきな臭さを感じたのは間に挟まってる物語のせいだけではないように思う。次の作品『闇の中の男』が早く読みたい。オースターの作品を全部読んでないので、この作品を完全に理解することは難しい。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
予備知識なく読んだが、アンナという名前が出てきたときから、おそらくこれはアンナ・ブルームであるだろうとは予想がついたが、残念ながら、わたしはこの本を興味深く読むことができなかった。『最後の物たちの国で』が、オースターの作品の中でも一番印象に残った本であるにも関わらず。ああなんだか、オースター、年取ったね。
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ある部屋に閉じ込められた老人の話。代わる代わる老人を知る、少し不思議な人物が訪れたり、不思議な作品を読んだりしながら話が進んで行く。訪問者は、これまでのオースター作品の登場人物を匂わせる。そうするとこの老人は未来のオースターか。老いて尚、オースターの作品は実験性とエンターテイメン...
ある部屋に閉じ込められた老人の話。代わる代わる老人を知る、少し不思議な人物が訪れたり、不思議な作品を読んだりしながら話が進んで行く。訪問者は、これまでのオースター作品の登場人物を匂わせる。そうするとこの老人は未来のオースターか。老いて尚、オースターの作品は実験性とエンターテイメントが同居していく。オースターファンだとより楽しめる一冊だと思う。
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他人の精神が作った虚構でしかない私たちは・・・ ひとたび世界に放り出されると、私たちは永遠に存在しつづけ、私たちの物語は私たちが死んだあともなお語られつづけるのだ。
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オースター・オールスターズ。 クインが出てくるまで気づかなかった自分が恥ずかしい。 でもそのぶん「一連のオースター作品を読んでいない読者」の読み方ができたわけで、それはそれで二度楽しめた、かな。
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