ノボさん の商品レビュー
ノボさん(正岡子規)の人となりが、余す所なく、伝わってきます。本当に愛すべき人です。ベースボールをこよなく愛した天国のノボさんは、大谷選手のメジャーで活躍、さぞかし喜んでいるだろうな。 夏目漱石との友情も忘れることはできません。ノボさん最期の場面描写は読んでいて辛かったです。 ...
ノボさん(正岡子規)の人となりが、余す所なく、伝わってきます。本当に愛すべき人です。ベースボールをこよなく愛した天国のノボさんは、大谷選手のメジャーで活躍、さぞかし喜んでいるだろうな。 夏目漱石との友情も忘れることはできません。ノボさん最期の場面描写は読んでいて辛かったです。 偉大な文学者について生き生き描き、小説にしてくれた、伊集院静さんに感謝。
Posted by
正岡子規というと私のイメージは子規庵の小さな宇宙での闘病と創作活動でしたが、このノボさんを読んでイメージが覆った。短い35年の人生だったが、一日一日を充実させており最後の瞬間にも俳句を作るなど精力的に生きたのだと思いました。
Posted by
以前、坂の上の雲を読み、正岡子規の壮絶な闘病生活が印象に残っていました。 夏目漱石自身のお話も、ドラマや本などでみたことがありました。 しかし、正岡子規と夏目漱石と親友だったとは知りませんでした。 お二人共、それぞれに苦しみ、望んだ暮らしではなかった中、精一杯に生きておられたんだ...
以前、坂の上の雲を読み、正岡子規の壮絶な闘病生活が印象に残っていました。 夏目漱石自身のお話も、ドラマや本などでみたことがありました。 しかし、正岡子規と夏目漱石と親友だったとは知りませんでした。 お二人共、それぞれに苦しみ、望んだ暮らしではなかった中、精一杯に生きておられたんだなあと感じました。
Posted by
副題「小説 正岡子規と夏目漱石」。正岡子規の半生をメインにして、その中で夏目漱石との友情が綴られています。 特に正岡子規に思い入れがある訳では無く、どこかでこの本の好意的な書評を見かけ、調べてみると本の紹介文にも「著者畢生の青春小説」とあったので読んでみることにしました。 子規に...
副題「小説 正岡子規と夏目漱石」。正岡子規の半生をメインにして、その中で夏目漱石との友情が綴られています。 特に正岡子規に思い入れがある訳では無く、どこかでこの本の好意的な書評を見かけ、調べてみると本の紹介文にも「著者畢生の青春小説」とあったので読んでみることにしました。 子規については単なる俳人というイメージでした。しかしこの本を読んでみると、江戸時代から大きく変貌する明治の文学全体の先頭を走った一人であり、その後ろを俳句・短歌・小説分野にわたる凄まじい集団が追走した事を知りました。 しかし、牧野富太郎を描いた朝井まかての『ボタニカ』に似て、自分の成したい事に没頭し家族の苦労を顧みない明治の男という一面もあり、それに対する反感からか、爽やかな「青春小説」という感じはしませんでした。 伊集院静。なんかスカしたような名前が気になって余り読んでないよな~と思って調べたら既読が8冊、結構読んでいました。ただ、昔の感想を読み返してみても「良い作品だと思う。でも何か足りない。」「ピンとこない」「印象が希薄になってしまう」と入り込めない作品が多かった様です。どうも文体が私の肌に合わないように思います。
Posted by
『ミチクサ先生』がとても良かったので、正岡子規を主人公にしたこちらを読んだ。 これも良かった。特に最終章は泣いた。 カリエスを患い、病状が進行し、その激痛に叫び、時に半狂乱になることもあった子規。子規庵の空気が耐えがたいものになることもあったという。 でも、子規が亡くなったとき...
『ミチクサ先生』がとても良かったので、正岡子規を主人公にしたこちらを読んだ。 これも良かった。特に最終章は泣いた。 カリエスを患い、病状が進行し、その激痛に叫び、時に半狂乱になることもあった子規。子規庵の空気が耐えがたいものになることもあったという。 でも、子規が亡くなったとき、息子の肩を抱き母が「さあ、もういっぺん痛いと言うておみ」と語りかけた。 この場面を想像すると、涙が溢れてきた。 自分の病状を知り、そんなに長くは生きられないと悟った子規。それでも、安静にしていれば、もう少し長くは生きられたかもしれない。 でも、やりたいこと、やらねばならないことをやり、その後の文学に大きな役割を果たした。 36歳で逝った子規。その時代にあっても、年数だけで言えば、短いもの。でも、その密度はとても濃く、命いっぱい生き抜いた。深い感動を覚える。 最終章のタイトルがこれまたいい。「子規よ、白球を追った草原へ帰りたまえ」。 伊集院静さんの本はエッセイを読んだことはあるけれど、小説はこの本で3冊目。読む人をぐいぐい引き込む作家さんです。 それにしても、正岡子規がこんなにも傑出した人物だったとは知りませんでした。 彼の人柄に惹かれて、彼の周囲には多くの人が集い、その中から多くの文学者が出てきたという。
Posted by
一番心に刻まれた文。 留学前の漱石に言った言葉。 このころ、写生というものがようやくわかったぞもなし。目に見えるものを正確に文章にすることはまずは何より大事なことじゃが、さらによく見てみると人それぞれの見え方が違うとるぞな。そこに凡人は気が付かない。蕪村の句を見てみるととやはり...
一番心に刻まれた文。 留学前の漱石に言った言葉。 このころ、写生というものがようやくわかったぞもなし。目に見えるものを正確に文章にすることはまずは何より大事なことじゃが、さらによく見てみると人それぞれの見え方が違うとるぞな。そこに凡人は気が付かない。蕪村の句を見てみるととやはり見方があきらかに違うとるぞな。浅井先生も不折も言うとったが、自分の目に見えるものが大切じゃと。それが良し悪しの決め手のようじゃ。正確に写しとるいうことは見たままを描くということとはまるで違うもんじゃ。
Posted by
正岡子規の学生時代から死までが描かれている。中村草田男の句《降る雪や明治は遠くなりにけり》が思い出された。
Posted by
正岡子規と云う、日本でコアなファンの多そうな、人気の高い人物を扱うと云う、作家冥利に尽きる以前にプレッシャーは無かったのだろうかと思い、実は然程期待せず手にしました。何より、著者自身が正岡子規贔屓と云う事、然れば逆に筆が走りすぎてファンタジーになったりしてやいまいか、「私家版子規...
正岡子規と云う、日本でコアなファンの多そうな、人気の高い人物を扱うと云う、作家冥利に尽きる以前にプレッシャーは無かったのだろうかと思い、実は然程期待せず手にしました。何より、著者自身が正岡子規贔屓と云う事、然れば逆に筆が走りすぎてファンタジーになったりしてやいまいか、「私家版子規」像が出来上がっていて、これまで自分が読んで、見て、想像に描いてきた子規像をぶち壊されたりしないかとか、若干の不安も抱いていました。 が、その部分は流石名著作者、貫禄ある作品として収まっていました。随筆、日記、写真、又は同時代を生きた人たちの手記や評伝も多数有る為、非常によく勉強されて、それでいて非常に謙虚な文章が好感を持てました。 小説と銘打ってはありますが、評伝に近い位とも思うほどでした。910.26寄りの913.6。
Posted by
正岡常規。幼名・升(のぼる)。なので、「ノボさん」。俳人で あり、歌人である正岡子規である。 四国・松山から上京した子規と、東京生まれ東京育ちの夏目 金之助(漱石)は、東京大学予備門で偶然の出会いを果たす。 そうして、ふたりの文学者の付き合いは子規の命が尽きる まで続くのだが...
正岡常規。幼名・升(のぼる)。なので、「ノボさん」。俳人で あり、歌人である正岡子規である。 四国・松山から上京した子規と、東京生まれ東京育ちの夏目 金之助(漱石)は、東京大学予備門で偶然の出会いを果たす。 そうして、ふたりの文学者の付き合いは子規の命が尽きる まで続くのだが、子規が死の床にあった時、漱石はロンドン 留学中だった。 子規と漱石の書簡集が大好きななのでタイトル買いした作品 なのだが、買った後で著者が伊集院静であることに気が付いた うっかり者である。 「この人はいつまで亡くなった奥さん(女優・夏目雅子)をネタ にするんだろう」と思って、ずっと避けて来た作者だ。 初の作品が本書なのだが、この人、こんなに文章が下手なの か?確かいろいろと文学賞を受賞していなかったっけ? 「小説」と銘打っているのだけれど、所々評伝のようだし、 小説ならばいささかの脚色があってもいいのだろうけれど それもない。 子規と漱石の関係って興味深いものなんだけれど、全編 これ、退屈である。最後まで文体が読み難かったのも影響 しているのだろうけれど。 坪内祐三『慶応三年生まれ七人の旋毛曲がり』や、関川 夏央『子規 最後の八年』に遠く及ばない。 あ~あ、大失敗だ。せkっかく副題に「正岡子規と夏目漱石」 と付けたのだから、もうちょっとどうにかならなかったかね。 ただ、子規が松山に帰省した時に憧れのノボさんに会った 河東碧梧桐の描写は可愛らしかったけど。よかったのは そこだけだわぁ。
Posted by
正岡子規を中心に夏目漱石、そして子規に吸い寄せられるように集まってくる文学者たち。このように多くの文学者が子規と接点があったとは驚きであった。日本文学において子規の存在は大きかったことを知る。
Posted by