圏外へ の商品レビュー
説明のしようがない作品w。 でもその世界観はさすがで、あらゆるものが魅力的。語る側と語られる側。 そして言葉のあやふやさというか、言葉を分解して考えるこの発想力。「雲を呑む」。たしか、架空とは「空に架かるモノ」つまり虹であり雲であるといったのも作者ではなかったか。 広辞苑の...
説明のしようがない作品w。 でもその世界観はさすがで、あらゆるものが魅力的。語る側と語られる側。 そして言葉のあやふやさというか、言葉を分解して考えるこの発想力。「雲を呑む」。たしか、架空とは「空に架かるモノ」つまり虹であり雲であるといったのも作者ではなかったか。 広辞苑の第7版が出るこのタイミングで、これに巡り合ったのも縁なのかしら。
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雰囲気はとっても好きなんだけど、なんにせよもーちっと簡潔にならんのかいな?と思ってしまうせっかちな私です。がくり。 でも後半に行くに従ってペースアップしたかな。 雲呑屋いいよねぇ…。
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物語論を小説にした作品。物語をどう始めどう終わらせるか、人称はどうするか、登場人物たちはどこで生き、はたして生き続けるのかどうか、言葉が生み出す微妙なニュアンスをどう考えるか、などなど。カタリテである主人公の生み出す虚構が作家の現実と混ざりあいながら進む物語論はどう終結するのか...
物語論を小説にした作品。物語をどう始めどう終わらせるか、人称はどうするか、登場人物たちはどこで生き、はたして生き続けるのかどうか、言葉が生み出す微妙なニュアンスをどう考えるか、などなど。カタリテである主人公の生み出す虚構が作家の現実と混ざりあいながら進む物語論はどう終結するのかが気になる、最後まで面白い作品だった。物語を生み出す作家という仕事の大変さを思い知ると同時に、そういった苦労を重ねたのちにできた小説を読める読者の幸せを改めて感じる。
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難物でした。 いつまでも終わらない夢の中を歩いているような感じ。 作家が自分の小説の中と現実を行きつ戻りつ(いや、戻っていないかも?)しながら、語る事の意味や、書く事の意味を探っている…お話。 言葉の遊びも多く、日本語ってすごいなと気づかされる。 揉みほぐしのエジンバラ先生のマシ...
難物でした。 いつまでも終わらない夢の中を歩いているような感じ。 作家が自分の小説の中と現実を行きつ戻りつ(いや、戻っていないかも?)しながら、語る事の意味や、書く事の意味を探っている…お話。 言葉の遊びも多く、日本語ってすごいなと気づかされる。 揉みほぐしのエジンバラ先生のマシンガントークが、自分的にはツボでした。 …とはいえ… あんまり理解できなかったので、またあとで再読したいと思います。 はい、「二度目」と言うのはそっけない、「ふたたび」読みたいですね。
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あっちへ行ったり こっちへ行ったり あの人だったり この人だったり 不思議な書かれ方の小説です。 読んだ後には無性に『南』へ行きたくなるのと 思わず美味しい雲呑屋を探したくなります。
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「ふたたび」の『圏外へ』 文庫本では初めましての『圏外へ』。 そうだ、そうだ、そうだったと確かめるような読書になった。 一度通っただけじゃ覚えられない道をもう一度確認しながら通るような。 そもそも一度で覚えられなかったのは、歩きながらきょろきょろし、通り過ぎた家のポストとかすれ違...
「ふたたび」の『圏外へ』 文庫本では初めましての『圏外へ』。 そうだ、そうだ、そうだったと確かめるような読書になった。 一度通っただけじゃ覚えられない道をもう一度確認しながら通るような。 そもそも一度で覚えられなかったのは、歩きながらきょろきょろし、通り過ぎた家のポストとかすれ違った人の髪型とか(すべて例えばの話)に意識を彷徨わせていたからで。 今回もそうだ、そうだ、そうだったと思い出すのはそういう本筋でない部分が多かったような気がする。 というより、この小説には本筋があるんだろうか? 全ての道が曲がりくねり、ある時はジェットコースターのようにアクロバティックな曲線を描き、道を覚えるどころか自分が歩いているのか運ばれているのか分からなくなる。 目的地なんて分かるわけもなく、頭は真っ白で目に映る景色に(景色を見せてくれる言葉に)時間を忘れて見入ることしか出来ない。 終着点はいつの間にか現れ、心の準備をする猶予も与えられずにぽつんと置いてけぼりにされていた。 でも何故か爽快。 さみしいのに、爽快な気分。 予想していたことではあったけど、まだまだ私は『圏外へ』の道を覚えてはいない。 だからまた「ふたたび」ならぬ「みたび」歩こうと思う。 きっと道なんて本当に覚えたいわけではなくて、ただもう一度(一度と言わず何度でも)歩きたいだけなのだろうけど。
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ついていくのが大変だったけど、こんな本今まで読んだことなかった。読み応え最高。 文章量もそれなりにあるにも関わらず、そんなこと感じさせられなかった。
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最初は、異次元に迷いこんだような感覚。そのうち、カタリテと一緒に、物語論とでもいうべき壮大な旅をしている気持ちになる。 カタリテに生み出されながら、カタリテを育て、ときにはその背中を押してくれる愛すべき物語の登場人物たち。そして、彼らが発する言葉たち。 どんなものにも「役割」と「...
最初は、異次元に迷いこんだような感覚。そのうち、カタリテと一緒に、物語論とでもいうべき壮大な旅をしている気持ちになる。 カタリテに生み出されながら、カタリテを育て、ときにはその背中を押してくれる愛すべき物語の登場人物たち。そして、彼らが発する言葉たち。 どんなものにも「役割」と「詩」がある…円田さんのこの言葉は切なさと温かさと勇気に満ち、この作品を優しく包んでくれる。 とても魅力のある作品だった。
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4週間かけて楽しませてもらいました。そうして多くの貴重なものを手に入れたように感じます。 この作品を読了された方の好悪の情は、二分されるのかもしれません。支離滅裂とか、実験的とかの評価も間違いなくあるでしょう。 私というひとりの読者、それもカタリテをかつて目指し、今「ふたたび...
4週間かけて楽しませてもらいました。そうして多くの貴重なものを手に入れたように感じます。 この作品を読了された方の好悪の情は、二分されるのかもしれません。支離滅裂とか、実験的とかの評価も間違いなくあるでしょう。 私というひとりの読者、それもカタリテをかつて目指し、今「ふたたび」カタリテになろうと思い始めた男は、この稀有の経験に興奮しました。 ここには、これまで数多くのヨミテが知りたい、見たいと思っていたことが、あるがままに記録されているのでした。それもできることならカタリテになりたいと願うヨミテにとっては、これまで望むべくもなかったことが、すべて。 自分を見るための目も含めて、あらゆるものを見る目を求めるカタリテ。 書き散らかしたままの登場人物の行く末を気にかけるカタリテ。 語る言葉がすべて物語であるのがカタリテという仕事であるがゆえに、いつしか現実が夢に、夢が現実の世界に溶け出して、カタリテ自身もまた、物語の中の登場人物となる。 言葉に導かれ、言葉に心を動かされて、やがてまた語り始める。 これは、ヨミテが覗きこみたくてたまらなかった、カタリテの精神世界…物語が生まれるまでにカタリテの中で起こる現象のすべてが明かされているのではないでしょうか。 私はこの作品を、物語が生まれる過程を虚飾も理屈っぽい説明もせずに映し出してみせたのだと思います。 物語はかくして生まれ、語られる。 そのことを心に置いて、もう一度読み直してみてください。何本ものストーリーがパラレルに走るところも、カタリテ自身が登場人物と接触することも、擬人化された言葉に諭され、導かれてゆくところも、小説が生まれる過程においてはごく当たり前の構想段階や表現技巧などが、可視化されているに過ぎないことがわかるはずです。 夢が現実に溶け出し、現実が夢につながってゆくことなど、物語の成立には欠かせない要素なのではありませんか。 私たちは、吉田篤弘の小説の方法を、作家自らの言葉で見せてもらったのだと思うのです。 それにさえ気づけば、この物語は退屈でも支離滅裂でも実験的でもない、物語が生まれるまでの物語なのだと理解されるはずです。 その証拠に、あちこちに吉田篤弘の過去の作品の、愛すべき登場人物が顔を出します。この作品が作家自身の脳内活動そのものなのですから、当然ではないのでしょうか。 この混沌から、ひとつの物語は生まれるのですね。なんだかカタリテになる勇気が湧きました。 思いのほかにするする読めて、不可解なところはありませんでした。やはり吉田篤弘は素敵です。
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現実のことなのかお話の中のことなのか、誰が誰なのか、どこの世界の話なんだか、何がなんだかわからなくなってくるのだけど、この方独特の文章がわたしは大好きで、その世界に浸かっているだけで幸せを感じるんだよねぇ。今回も、楽しかった。
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