スローシティ の商品レビュー
2023.08 ・若者たちが町にいつくために必要なのは教育や医療以上に、文化的刺激なのだ。そして医療、教育、文化を相互に結びつけていく上で大切なのがボランティア活動なのだ。 ・食というのはただの栄養補給ではない。それは文化であり、環境であり、美意識であり、生命そのものだ。
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北欧諸国は福祉や教育が充実していることで有名だが、イタリアってどうなんだろう?とふと目に留まって読んだ本。国民性に触れながら市政について言及してると想像してたら、地方都市のまちづくりについての話だった。 なるほど、確かに日本の郊外はどの地域も似たり寄ったりの街並みで個性も全く...
北欧諸国は福祉や教育が充実していることで有名だが、イタリアってどうなんだろう?とふと目に留まって読んだ本。国民性に触れながら市政について言及してると想像してたら、地方都市のまちづくりについての話だった。 なるほど、確かに日本の郊外はどの地域も似たり寄ったりの街並みで個性も全くない。空き家や歴史ある建物(修道院など)を民泊に改装し、豊かな自然や地元の名産を使用した料理で地域の魅力を最大限に活かし、雇用の創出も図っている。旅行中までバタバタと忙しくするのはやめよう、の記述に納得。イタリアはもちろん、日本でもスローシティの取組を頑張っているまちに行ってみたい。
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面白いのが巻末にある没場所性の処方箋 1 交流の場をどんどん増やそう 2 魅力的な個人店を買い支えよう 3 散歩をしながら地元のあるもの探しをしよう 4 ゆっくり歩いて楽しめるまちを育てよう 5 どうせやるならあっと驚く奇抜な祭りを 6 水が安く出てくるありがたさ 7 エネルギ...
面白いのが巻末にある没場所性の処方箋 1 交流の場をどんどん増やそう 2 魅力的な個人店を買い支えよう 3 散歩をしながら地元のあるもの探しをしよう 4 ゆっくり歩いて楽しめるまちを育てよう 5 どうせやるならあっと驚く奇抜な祭りを 6 水が安く出てくるありがたさ 7 エネルギー問題は長いスパンで 8 そろそろ人を惹きつける美しいまちを
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課題図書。 でも面白かった。フェラガモの話とか、美観の問題とか。日本人は景観に鈍感って話は良く聞くけど、価値観を共有しんと、気付かんままなのかな、と思った。
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スローフードという言葉が流行った時期がありましたが、 そのスローフードの考え方を基本とした街のあり方を考えていく、 そんな価値観で再構成されたり整備されたりした小さな街のことを スローシティと呼んで、それぞれで連合を組んだりしているのが イタリアの小さな街たちで、そんなスローシテ...
スローフードという言葉が流行った時期がありましたが、 そのスローフードの考え方を基本とした街のあり方を考えていく、 そんな価値観で再構成されたり整備されたりした小さな街のことを スローシティと呼んで、それぞれで連合を組んだりしているのが イタリアの小さな街たちで、そんなスローシティーズを著者が取材して歩き、 内容をまとめてスローシティの紹介と提言をしているのが本書です。 イタリアの小さな町それぞれには人を惹きつける力があるようです。 自然、街並み、食べもの、住む人々。 また、そういった観光の要素だけではなく、 農家や職人や個人のお店などを大事にして、 住人にもそこに住むことで満足感や肯定感が得られるような仕組みになっている。 世界はどんどん、同じような街や都市ばかりになっていっている。 ベッドタウンもそうだし、個人商店を駆逐してしまい景観を壊す、 国道沿いなどに作られる巨大な店舗もそうです。 土地柄に関係なく、風景をどことも同じ、つまり均質化される 大量消費、大量販売の考えによって出来あがる、 アメリカ型の街の作られ方。 イタリア人は、「それは間違った考えではないか」とし、 その街にないものを探して嘆くのではなく、 あるものを再発見して、それを長所としてストロングポイントにしていきます。 それが、トスカーナのキアンティ地方であり、 小さな街でありながらパルマに次ぐ生ハムの名産地であるサン・ダニエーレであり、 その他にも魅力的な小さな町であるスローシティが存在する。 それは見事な、生き方の美学であるとい同時に、 理にかなった生き方でもあるように、 過疎の町に住む僕には思えたのですが、 本書を読む他の方はどう思うでしょうか。 ここからはごく個人的な雑感ですが、 日本の国づくり都市づくり街づくりっていうのは縦社会で進められた上に、 安全と効率を景観や美意識をないがしろにして 無粋なまでの作り方で作られたものだなあと 本書を読んでいて感じた。 日本では都市、街、村が一つの価値観で 縦社会的に価値づけられていやしないか。 都市が最上級で村が最低級で、そこから見上げたり見下したりがあるだろう。 イタリアでは都市も町もいっしょくたにコムーネと呼ばれる。 そういうところからして意識の違いがありそう。 横社会的な意識。 たとえば、山中、景色を望む場所での 白いガードレールなんかは景観を損ねると本書で言われるけれど、 ほんとにそこまではっきりさせたガードレールを作ってしまうところに、 日本人の「責任逃れの精神」と、 そこから逆算される「人を締め上げる精神」を感じずにはいられない。 締め上げられないために責任逃れできることをする。 日本の街の景観の悪さっていうのは、 そういう日本人の中にある対人面での粗雑な精神 (これは日本人の精神のある一面という意味)を反映したものかもしれない。 でも、電柱も土壌に埋め込むだとかできないのかなあと思ったけれど、 日本は地震が多いから無理なのかなとも思ったりもして。 また、街の価値観の縦社会的な捉え方っていうのも、 アドラー心理学的にはよくないってことになるよね。 幸せな対人関係には縦の関係は持ち込むべきではない、とのことだったと思う。 優越とかスノッブもそうだと思うけれど、 支配的な関係を作るものってよくないんだよ。 それにしても、日本人の締め上げの精神って、 ほんとうに真面目に容赦なく締め上げて、 死ぬまで呪うタイプのものだからタチが悪いと思ってる。 絶対に善人として全うしなきゃだめだとか、 善人の仮面を一生外してはならないものだ、とか、 そういう固定観念からきているんじゃないかな。 なにも善人が悪いというのではないし、 悪人が良いというのでもないのだけれど、 ここでいう締め上げっていうのは、 正しいことが悪に変わる一つの明快な例のように 感じられるのです。 イメージでだけれど、 日本人は狭い意味での安心がほしくてたまらなくて、 信頼っていうものにはぶるぶる手を震わせているような気さえする。 みんながみんなそうじゃないとは思ってるけど、 そういう人たちの声の大きさ(きっと不安や恐怖によってのもの)が 力を持ってしまったりするんだよね。 善人であるべき、善人の仮面は外してはならないという空気によって、 逆に露悪的になる人もたくさんいる。 すべては安心の空気、安心信仰から生まれているんじゃないか。 共同体感覚をもつこと、 そして地方がうまくやっていくためには安心信仰の変化が求められるし、 なにがしかの動きによってそこが変化すると成功だと思う。 都市を否定するわけじゃないけれど、 地方が輝かない盲目的都市信仰による一律な価値観の国って、いびつですよ。 意識の変化が求められるよなあ。
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イタリア人は、賢い。自分のリズムに従う事や、地方の良さを守る事が、自分達を守る事になるのだろう。黒川温泉は、 この例に似ている。不便だが最高。
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世界各地に様々な企業が出店し、高層ビルが乱立する。いつでもどこでも同じような商品やサービスが得られるのは確かに便利だけど、旅に出てもどこも同じような場所だと気付かされる。せっかくの非日常感が台無し。 この本では、グローバル化による均質化に対抗した、イタリア各地にある「スローシテ...
世界各地に様々な企業が出店し、高層ビルが乱立する。いつでもどこでも同じような商品やサービスが得られるのは確かに便利だけど、旅に出てもどこも同じような場所だと気付かされる。せっかくの非日常感が台無し。 この本では、グローバル化による均質化に対抗した、イタリア各地にある「スローシティ」が紹介されている。都市と比較して、無いものばかりを探すのではなく、自分たちの住むまちの強みを活かしていく。地域活性化といわれると、施設やイベント(あとゆるキャラ)に力を入れがちだが、住む人からの愛着がなければ所詮一時しのぎ。それよりも、地域の資源や環境、生活様式に根ざした産業育成・法的規制を通じて住民の誇りを取り戻すほうが、真の持続可能な地域活性につながる。 これからの日本の地方自治体の半分が消滅の危機に立つらしい。しかし、この本で紹介されているスローシティも、もともと過疎状態にあった。イタリアから始まったスローシティ運動が、今後の日本の地域活性化のためのモデルになりうる意味で、この本はなかなか参考になるんではないでしょうか。
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20140223 効率を追求した世界はどんどん小さくなる。もっと大切なものを守って広い世の中にできないものか?結果は我々が何を大事にするかで決まるのだとおもう。
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「世界の均質化と闘うイタリアの小さな町」というサブタイトル。なんだか素敵なイメージがあるイタリアの田舎町だって、自然に素敵になったのではなく、いろいろなものと闘って今を築いてきたのだ、という話。イタリアの子どもだってゲームをやるし、多国籍企業が生ハム市場を席巻しようと進出してきた...
「世界の均質化と闘うイタリアの小さな町」というサブタイトル。なんだか素敵なイメージがあるイタリアの田舎町だって、自然に素敵になったのではなく、いろいろなものと闘って今を築いてきたのだ、という話。イタリアの子どもだってゲームをやるし、多国籍企業が生ハム市場を席巻しようと進出してきたりもする。イタリア人だって生ハムの作り方なんか知らない人も多いという。スローシティ(という言葉には、ちょっと気持ち悪さを覚える。現地の言葉では、チッタスロー。日本語なら何がいいのかね)のためには、民意の共有と法の制約の両方が必要だけど、民意が成熟していなければ厳しい法は運用できない。あとがきでは、グチから自治へ、といいながらも、著者自身もグチっているが、そこに親近感を覚えたりして。 ともあれ、要約すると、「傾くなら傾き通せ」ということだ。
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ある観光地の集客の仕事に携わっているが、ゆるキャラやイベントに走りがちな観光地において、それを否定はしないが、その流れに乗れなかった地域には、この本はヒントとなる事が多い。 成熟・高齢化を迎える日本においても参考になると思った。 14/01/04-2
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