雪(上) の商品レビュー
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オルハン・パムクは、ノーベル文学賞を受賞した、トルコを代表する作家です。 題名から受ける印象とは違い、この小説ではトルコにおける政治の複雑な状況が描かれています。 オスマン帝国後に誕生したトルコ共和国が国是とする共和主義や世俗主義、そしてそれに対するイスラム教や民族主義、更に社会主義や共産主義といったそれぞれの政治信条が絡み合い、主要な登場人物達の思惑が交錯します。 久しぶりに帰郷した主人公のKaは、ある事件についての記事を書く目的で地方都市カルス(トルコとアルメニアの国境付近)に来ますが、そこでかつて恋心を抱いていたイペキ、イスラム主義運動家「群青」など、さまざまな政治背景を背負った人々に出会います。 詩人であるKaに思想はないのですが、イペキと結ばれて幸福を得ようとする過程で、図らずも思想対立に絡めとられていきます。 パムクは作中でKaにこう言わせています。「人は何かの信条を守るために生きているんじゃない、幸せになるために生きているんだよ」 この一言に作家の普遍性が垣間見える思いがしました。個人の幸福の希求の前に、政治信条や思想の構図が一気に後退するシーンでした。
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本当によくできた小説。 ・短い区切りに出てくる登場人物の一人ひとりが魅力的で飽きない。それぞれの人物像が説得的で魅力的。器となるカルスの街とトルコの歴史。 ・主人公となっている詩人の素直さ・軽率さ・人間臭さがこれまた引き込まれる。やや皮肉に距離を置いている語りのおかげで、彼の真剣...
本当によくできた小説。 ・短い区切りに出てくる登場人物の一人ひとりが魅力的で飽きない。それぞれの人物像が説得的で魅力的。器となるカルスの街とトルコの歴史。 ・主人公となっている詩人の素直さ・軽率さ・人間臭さがこれまた引き込まれる。やや皮肉に距離を置いている語りのおかげで、彼の真剣な様子がユーモラス。 ・語りが絶妙。主人公を急に突き放してみたり、後の展開を予告したり、自由自在。今の展開が後の時点に響くことを陰に陽に示して、退屈させない。そして、単なる三人称の神の目線ではなく、誰なのか?と思わされる。 ・イスラームの保守派の心情や神を求める信仰心が、ひとりひとりが近代化に持つ希望/不安が、そこまでの文化的障壁やコンテクストの違いがなく伝わってくるかのようだ。
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本書が上梓されたのは2002年だそうで、これは現代の物語だ。読んでいるうちに馬車や大衆娯楽としての演劇がでてきて、昔の物語と錯覚しそうになる。私が訪れた80年代中盤の印象よりさらに古い感じがするのは、舞台が北東部の保守的な貧しい街だからだろう。「スカーフを脱ぐよう強要された少女が自殺した」事件が物語の発端なのだが、東西冷戦後に台頭してきたイスラム主義者が他の様々に入り組んだ勢力とせめぎあう街の様子はトルコの縮図であり、とても今日的な話題なのだ。在トルコの友人が東部に越したときこぼしていたことが腑に落ちた。「洗濯ものを干そうとベランダに出ると、スカーフをかぶっていないからと白い目で見られるのよ」と。彼女は日本人だから大目にみてもらうと割りきっていたが、トルコまたは周辺地域出身者ならそうはいかないのだろうと思う。 本書は政治的な題材をふんだんに含んでいるけれど、書きたかったことはとても個人的なことだと思う。ただ個人が個人のことだけ考えるのも困難なのかもしれない。西欧人になるってことは個人になるいことで、トルコに個人なんていないんだ、と作中で語るほどなのだから。
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上巻の半分くらいから、「Kaは死ぬんだな」という不吉な予感にじっとりと責められて、不安なまま下巻へ。 尾行を待っててあげるKaと尾行さん。ここで滑稽さを感じて、息継ぎ。オースターの『幽霊たち』読み返したくなった。
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詩人のKaを主人公として、政治と宗教と恋を軸に物語が進む。 何故かお芝居を観ているような気にさせられるのは、(Kaの知人であると思われる)第三者の視点で語られているからか。 詩人Kaが出会う多種多様な人々と、雪に降りこめられたカルスの風景。深々と降り続ける雪の音が聞こえてきそうな...
詩人のKaを主人公として、政治と宗教と恋を軸に物語が進む。 何故かお芝居を観ているような気にさせられるのは、(Kaの知人であると思われる)第三者の視点で語られているからか。 詩人Kaが出会う多種多様な人々と、雪に降りこめられたカルスの風景。深々と降り続ける雪の音が聞こえてきそうな空気を感じながら、下巻に続く。
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