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日本思想史新論 の商品レビュー

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23件のお客様レビュー

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2012/04/30

昨年3月未曾有の大震災が発生して以来、日本のあり方が明確に目に見えるような形で問われる時代となった。その国のあり方を巡って、原発やTPP、皇位継承問題で国論が真っ二つに割れ、大阪では都構想に見られるような急進的な社会制度改革論が叫ばれている。情報革命によって知識が錯綜していること...

昨年3月未曾有の大震災が発生して以来、日本のあり方が明確に目に見えるような形で問われる時代となった。その国のあり方を巡って、原発やTPP、皇位継承問題で国論が真っ二つに割れ、大阪では都構想に見られるような急進的な社会制度改革論が叫ばれている。情報革命によって知識が錯綜していることも混沌とした現代の特徴かもしれない。そんな中で、この本を政治論として読めば、伊藤仁斎から始まる古学の流れを解き明かし、合理による制度設計ではなく歴史や伝統に則ったプラグマティズムを重視しているのは宜なるかなだ。この瞬間このタイミングで近代合理主義を否定しにかかったのだろう。また、人間も社会も「活物」であるとする見方は「生の哲学」として哲学論としても読めるし、古典をただ読むだけでなく自分のものとする読み方、ひいては現代を照射する読み方の勉強にもなった。しかし今一度強調したいことをあえて言えば、日本の閉塞感を打破しようと躍起になっている合理主義者たちを批判している書として読むと、一番パワフルなものとして読める。間違いなく十数年、数十年経って、この時代にこの書ありと言われる名著だ。

Posted byブクログ

2012/03/31

江戸幕府終焉時の江戸幕府と明治政府の考え方は異なっていた。江戸幕府:非戦&開国、明治政府:攘夷&開国 翻って戦後、封建的な江戸幕府の思想に対して否定的な態度であったが、結局江戸幕府と同じ非戦&開国を目指しているところである。 現在の政治システムが当時の江戸幕府の様に現実と合わなく...

江戸幕府終焉時の江戸幕府と明治政府の考え方は異なっていた。江戸幕府:非戦&開国、明治政府:攘夷&開国 翻って戦後、封建的な江戸幕府の思想に対して否定的な態度であったが、結局江戸幕府と同じ非戦&開国を目指しているところである。 現在の政治システムが当時の江戸幕府の様に現実と合わなくなっているという点で類似しており、筆者が今後明治維新の様な変革が日本の起こることを示唆しているでは無いかとかいかぶってしまう。 その明治維新を支えた思想として、論語をベースに、孔子が経験を追体験して知を得るプラグマティズム、「実践知」を重視していた。また、社会というものは時間とともに変化し続ける「活物」であるという動態的な社会観の上に立っている。 そのような中で政治では理性だけで行うことができないものであり、理性を超えた暗黙知や実践知によって行われなければならないものであるという思想があった。 その政治の不可知の領域こそ、俗人の手に届かない「聖なるもの」である。日本の場合の「聖なるもの」が神道であった。 その神道の担い手の皇道が、国民を統合するのに最も重要な要素として「懐旧の口碑」すなわち歴史や伝統に対する愛着の共有の源泉とされた。 政治に限らず経済、経営においても西洋の思想が流入しており、それらは死物を扱うように理論中心に構築されている感は否めない。 経済、経営においても政治と同様に不可知の領域があり「実践知」が必要なはずである。今までそれらの学問について違和感を感じていたのは、 著者にこの本を書かせた何かを自分自身も感じ取っているからではないだろうか?

Posted byブクログ

2012/02/13

幕末から明治にかけての政治思想をナショナリズムを中心として読み直す試み。 しかし、著者の主眼は単に過去の思想家の思想をたどることではなく、むしろ過去を読み直すことで現在主流となっている「偏狭な尊王攘夷論を乗り越えて開国した日本は近代的な国家になった」というイデオロギーに疑問を突き...

幕末から明治にかけての政治思想をナショナリズムを中心として読み直す試み。 しかし、著者の主眼は単に過去の思想家の思想をたどることではなく、むしろ過去を読み直すことで現在主流となっている「偏狭な尊王攘夷論を乗り越えて開国した日本は近代的な国家になった」というイデオロギーに疑問を突きつけることにあります。 今では狂信的で偏屈な思想と捉えられがちな尊王攘夷論を、当時の社会状況から生まれた現実に即した周到な戦略であると位置づけ、更に一般的には尊王攘夷論に反対する立場だったとされる福沢諭吉を尊王攘夷論に連なる系譜であると再解釈しています。 私は本書で取り上げられる荻生徂徠や福沢諭吉の著書を読んだことがないので、主張の妥当性については判断できませんが、日本の歴史の新たな「読み」としては非常に面白いものでした。

Posted byブクログ