日本人の死生観を読む の商品レビュー
死生観を集めてくる対象範囲にやや偏りがあるように思いました。もう少しこの分野を広く捉えて読んでいきたい。
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●日本についてもっと知りたいという思いから、本書を手に取った。日本独自の死生観に触れることはできるかと期待したが、何ともよくわからなかった。 ●映画『おくりびと』に象徴されるシーンとして、納棺夫となった主人公の妻が、彼に向かって「穢らわしい。近づかないで」と言い放つシーンがある。...
●日本についてもっと知りたいという思いから、本書を手に取った。日本独自の死生観に触れることはできるかと期待したが、何ともよくわからなかった。 ●映画『おくりびと』に象徴されるシーンとして、納棺夫となった主人公の妻が、彼に向かって「穢らわしい。近づかないで」と言い放つシーンがある。しかし、なぜ「死=穢れ」となるのだろう? もちろん、「死」が恐怖や遠ざけたいもの、否定したいものといった感情を喚起するものだということは何となくわかるが、なぜ「穢れ」と結びつくのだろう? そもそも「穢れ」とは何か? さらなる知的好奇心が湧いた。
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『本書の「日本人の死生観を読む」の意味はもっとすなおなもので、「死生観」を表現した日本人の書物やテクストを読むというものだ。』(p236) 死生観の入門書だと思う。死生観の概要ないしは日本人の思想、仏教、哲学、文学など、様々な観点から、死生学を紹介している。あーしかしこういう本難...
『本書の「日本人の死生観を読む」の意味はもっとすなおなもので、「死生観」を表現した日本人の書物やテクストを読むというものだ。』(p236) 死生観の入門書だと思う。死生観の概要ないしは日本人の思想、仏教、哲学、文学など、様々な観点から、死生学を紹介している。あーしかしこういう本難しーわw
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神道や仏教を始めとした日本人の中にある様々な宗教観に基づく死生観や、キリスト教や西洋哲学に軸足を置いたそれなど、様々な切り口で日本的死生観が語られ興味深い。けれど「近代日本絞った」とは言うものの、僕にはそれでも散漫な感じがした。 多くを語っているが断片の集まりという感が否めず、著...
神道や仏教を始めとした日本人の中にある様々な宗教観に基づく死生観や、キリスト教や西洋哲学に軸足を置いたそれなど、様々な切り口で日本的死生観が語られ興味深い。けれど「近代日本絞った」とは言うものの、僕にはそれでも散漫な感じがした。 多くを語っているが断片の集まりという感が否めず、著者が何を一番伝えたかったのかが掴みきれなかった。 そんな一冊だったけれど、読んでみて心に浮かんだことは「日本人にとって死生観とは生き様に於いて使う言葉ではなく、死に様に於いて語られるべき言葉である」ということだ。 「いかに生きるか」が西洋哲学に源流を持つ死生観だとしたら、「いかに死ぬか」が日本人の死生観なのではないだろうか。
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創造力なき日本 からのリファレンス。タイトルのとおり、日本人が死というものをどのように定義しようとしてきたかが学べる一冊。 武士道のように、明治期において定義されたイデオロギーとしての死、志賀直哉の世界観を通じて見る哲学としての死、そして日本に古来より土着する、ご先祖さまの世界...
創造力なき日本 からのリファレンス。タイトルのとおり、日本人が死というものをどのように定義しようとしてきたかが学べる一冊。 武士道のように、明治期において定義されたイデオロギーとしての死、志賀直哉の世界観を通じて見る哲学としての死、そして日本に古来より土着する、ご先祖さまの世界へと繋がる死。 死は門のようなものだとは、映画おくりびとの中のセリフだそうですが、その向こうが見えない、あるいは、それを通じてこそ本当の生が映し出されるという意味で、死は神殿に祀られる鏡のようなものではないかと考えさせられました。
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宗教学界隈では最近「死生学」なるものが流行っており、授業の課題にも取り上げられたので手にとってみた次第。流行っているのには、やはり高齢化が強く関係しているのだろう。先の大震災関連のこともそれに拍車をかけたと思われる。 さて、普段あまり「死」を意識しない自分にとってはこのように「...
宗教学界隈では最近「死生学」なるものが流行っており、授業の課題にも取り上げられたので手にとってみた次第。流行っているのには、やはり高齢化が強く関係しているのだろう。先の大震災関連のこともそれに拍車をかけたと思われる。 さて、普段あまり「死」を意識しない自分にとってはこのように「死」を考えてみるというのはなかなかどうして不思議な体験だった。とくに感傷的になったのは最終章あたりの死についての詩や戦争に赴く者の手記に関するところで、自分は死ぬ前には何を思うのだろうか? 「死」を意識せよ、とハイデガーが言っていたことを思い出す。死生観を考えることはそのまま、生きるという意味を考えることになり、それはうまくいけば生命を研ぎ澄ませることになる。エポケーしまくって据え置いていくのも一つの手だけども、自分の最後の着地点のことぐらいはちゃんと考えて生きることにしようと思う。
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烏兎の庭 第四部 書評 3.17.02 http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto04/diary/d1203.html#0317
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