だれのための仕事 の商品レビュー
文章を読み進めていて、分かったり分からなかったりが絶えず入れ替わっていたような感を得たが.... 結局はどんな仕事も遊びでもときめきを持ちながらやれると良いよね〜と受け取りました。 どんな仕事のタスクもそれ自体を手段じゃなくて目的として捉えて進めていくべきだし、遊びも本気でやっ...
文章を読み進めていて、分かったり分からなかったりが絶えず入れ替わっていたような感を得たが.... 結局はどんな仕事も遊びでもときめきを持ちながらやれると良いよね〜と受け取りました。 どんな仕事のタスクもそれ自体を手段じゃなくて目的として捉えて進めていくべきだし、遊びも本気でやって、何かを極めてみるって言うのは大事なんだなーと感じ入った次第·····。 結局どう仕事すればいいんでしょうね〜!!楽しさ、ワクワクを探し続けられたらいいな。
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まるまるしっかり理解しようとするのは難しいが、断片的にすっと入ってくる部分にはとても救われる。仕事をする意味(というか大義)や自己実現というのをいつのまに求めすぎて苦しくなるとき、自分がスランプにあると感じているとき立ち返る。 労働のなかに〈遊び(=私にとっては業務の中身そのもの...
まるまるしっかり理解しようとするのは難しいが、断片的にすっと入ってくる部分にはとても救われる。仕事をする意味(というか大義)や自己実現というのをいつのまに求めすぎて苦しくなるとき、自分がスランプにあると感じているとき立ち返る。 労働のなかに〈遊び(=私にとっては業務の中身そのものを改めて考え直したり効率化を試行錯誤したり、そこからプラスアルファで何かを得ようとすること)〉を見出す余裕をつくりたいし、他者との関わりのなかに自分の業務があるという実感を定期的に思い出したい。 そして新卒3年目を目前に色々と葛藤があるいま、改めてこの文章を心にとどめておきたい。 『会社に入ればみな、だれでもできる仕事しかさせてもらえない。だれでもできる仕事を工夫しながら丹念にくり返しているうちに、じぶん流のやり方を見つけ、また周囲にも認められるようになる。そうしてはじめて、他のひとにはできない仕事が生まれる。会社員のみならず、「職人」でも「先生」でも「お坊さん」でも、みなおなじことだ、と。(p.168)』
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やはり印象に残ったのは「大学は就職という死を迎えるまでの余生である」という言葉。 働くことが苦しいことというイメージを強く残すこの言葉は確かに核心をついていると感じた。大学で遊び続け、就活が面倒になる。そんなときにどのように労働を捉えていくかが大事だと感じた。
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・「冒険する組織のつくりかた;安齋勇樹著」本を読み進めている中で、そもそも“仕事のやり甲斐“の意味は何かと疑問に思い、久々に本書を再読しました。 ・仕事は社会的な営み故に、他者・他社との関わりに応じて「仕事のやり甲斐」は絶えず変化していく。 ・鷲田さん(著者)の主張は、変化を楽...
・「冒険する組織のつくりかた;安齋勇樹著」本を読み進めている中で、そもそも“仕事のやり甲斐“の意味は何かと疑問に思い、久々に本書を再読しました。 ・仕事は社会的な営み故に、他者・他社との関わりに応じて「仕事のやり甲斐」は絶えず変化していく。 ・鷲田さん(著者)の主張は、変化を楽しむ「冒険的組織」を目指す上で押さえるべきポイントと感じました。“仕事を通じた自己実現“と“組織を通じた社会的使命“が結びついた時に「仕事のやり甲斐」を得られ、深い満足感に達することが出来るのかもしれません。ただ「自己実現と社会的使命」は抽象度が高い言葉の為、これらの言葉に振り回され無いよう、自分なりの具体的な回答を見つけたいです。
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こういう類の本を多く読んできて慣れてるはずなのに、コレはどうも感覚的に受け付けない。 なかなかいいこと書いてあるはずのに著者がカッコつけすぎてるのか、無駄な横文字濫用で読みづらい。 ドラスティック(徹底的な、思い切った、抜本的) エートス(いつもの場所→習慣、特性) アイロニ...
こういう類の本を多く読んできて慣れてるはずなのに、コレはどうも感覚的に受け付けない。 なかなかいいこと書いてあるはずのに著者がカッコつけすぎてるのか、無駄な横文字濫用で読みづらい。 ドラスティック(徹底的な、思い切った、抜本的) エートス(いつもの場所→習慣、特性) アイロニカル、アイロニー(皮肉っぽい) なんか聞いたことあるけどイマイチわからない。いちいちググる。普通に日本語で書いてくれたらいいのに。 パラドクシカル …まぁ、パラドックスからなんとなくイメージ… メタファー(隠喩、暗喩) 私はたまたま知ってるけれど、人によってはダメかもしれない。 いきなり「ボードリヤールを引くならば…」 ボードリヤールって何?ググると人物名。 同書に登場するアダム・スミスとかカントとかヘーゲルならまだしも、そんな聞き慣れない名前を挙げるときに「◯◯を引く」って表現、せめて人の名前だとわかるような書き方にしてほしい。 モティヴェーション モチベーションじゃダメなの? プライヴェート プライベートじゃダメなの? …50ページも読んだら嫌になって読むのを止めた。
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いま興味のあるテーマが2つある。「幸せ」と「仕事」である。両者はつながっている部分も多い。定年退職まであと半年を過ぎたいま、自分にとっての仕事とはいったい何だったのか、今後どのように生きていけばよいのかを考えている。そして、何が自分にとっての幸せなのかも。と同時に、実は長男のこと...
いま興味のあるテーマが2つある。「幸せ」と「仕事」である。両者はつながっている部分も多い。定年退職まであと半年を過ぎたいま、自分にとっての仕事とはいったい何だったのか、今後どのように生きていけばよいのかを考えている。そして、何が自分にとっての幸せなのかも。と同時に、実は長男のこともある。1人暮らしをしていた長男が会社を辞めて実家にもどって来て3ヶ月になる。何をするでもなく、一度も社会人経験がないという学生時代の友人とずっとオンラインでゲームをしている。いろいろと考えていることはあるようだが、行動には出ていない。自分の興味もあって、放課後児童支援員の研修をいっしょに受けることになったが、何か動き出すきっかけになってくれればいいと思う。ただ、ここに来てそもそも人は働くべきなのか、という疑問がわいてくる。10年ほど前に、「働くことの意味」を勤務校の通信に連載したことがあったが、そのときは「誰かの役に立つこと」、そのことによって、誰かに認めてもらえる、あるいは感謝してもらえる、そういうようなことが働くことの意味である、と書いた。それはそうなのだが、食うために働くというのも何も悪いことではない。ある程度食べていけるだけのものを稼いだら、あとは遊んで暮らす。そしてまた、必要に応じて働く。そうやって幸せそうに暮らしている人もいる。そう、各人にとっての働くことの意味と、それぞれの幸福感は密接につながっているのだ。本書を読んでいろいろと考えた。多くの過去の哲学者のことばについては理解することをほぼあきらめている。(そうか、算数の授業でいつも子どもたちに言っていた。理解することをあきらめたら(シャッターを下ろしたら)それでおしまいだと。自分は子どもたちと同じことをしているのかもしれない。)鷲田先生自身のことばは、引用はしないが納得できるものがいくつもあった。ただ、「なるほど、そう考えればよいのか」というような新たな発見はなかった。自分がいままでいろいろと読んで考えてきたことが、哲学者の考えと大きくはことならないということが分かったという感じだ。本書は、今年誕生した最近流行の独立系書店である「鴨葱書店」で偶然見つけたものだ。仕事関連の本が集まっていた棚にあった。先日読んだ今村仁司著「仕事」と並ぶようにして。ところで本書は1996年に単行本として刊行しているようだが、まったく古びていない。この30年で状況が変わっている点はたくさんあるが、本質的なところは何も変わっていないのだと思った。
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1 前のめりの生活 ・「時は金なり」という言葉で表現されるように、現代では時間を無駄にしないことが重要だとされる。ジョンロックは、生命と財産の保全のために所有権の理論を構築し、累進的増大を徳目とする思想を提唱した。また、労働は価値ないしは富の源泉とした。資本主義を支えるこの勤勉・...
1 前のめりの生活 ・「時は金なり」という言葉で表現されるように、現代では時間を無駄にしないことが重要だとされる。ジョンロックは、生命と財産の保全のために所有権の理論を構築し、累進的増大を徳目とする思想を提唱した。また、労働は価値ないしは富の源泉とした。資本主義を支えるこの勤勉・勤労というエートスが、人間の活動はたえず価値を生産しなければならない、それもつねにより多く、より速やかに、つまりはより効率的に、という強迫観念を生み出してくる。結果として、現代人は、未来をよりよくするために、今を効率的に生きなくてはならないという思想に縛られるようになった。 2 インダストリアルな人間 ・現代では、労働は人生を意味づけるもの、生きがいとして受け止められるようになっている。さらに労働のみならず、余暇や消費、さらにはじぶんの身体といったものにも勤勉・勤労のエートスが浸透するようになる。 ・たえず変化していなければならないという強迫的な意識が、惰性的に反復されてきたのが20世紀社会であった。 3.深い遊び ・仕事と遊びが、労働と余暇という関係へと二極化され、労苦とそれからの解放というふうに、両者が対立物として規定され、その差異が強調されることで、皮肉にもそれぞれが空疎なものになってしまった。 4.労働 VS 余暇 のかなたへ ・仕事の「内的な満足」は、未来の目的とではなく、現在の他者との関係と編みあわされている。すなわち自己のアイデンティティとの関連で与えられるものであり、「生きがい」とよばれるものである。 ・なにかに向かっているという感触が充実感やときめきを与える。そしてそういう感覚のなかでは目標点ではなく、通り過ぎる風景のひとつひとつが、回り道や道草もが意味をもつこととなる。 ・現在を不在の未来の犠牲にするのでなく、「いま」というこのときをこそ、他者たちとのあいだでときめかせたいものだ。
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含蓄深い、仕事をめぐる論考。 始終、自分はこのままで良いのかの反省が出来た。 身体論、ファッション、また、家事とボランティア、クレーマーの話題が面白い。 労働と余暇をめぐる歴史的変遷も頭の整理になった。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
本作の内容は、さらっと言えば「自分らしいキャリアの築き方」、敢えてそれっぽい言い方をすれば「「労働」という概念における実存的間主観性の地平」、でしょうか笑 ・・・ 四章+補章の計五章の小品ですが、一章から三章は労働と余暇という二つの概念の分析で、いかにもテツガクっぽい話で、残念ながら私のサメ脳にはあまり入って来ませんでした。 おすすめは、四章と補章で、こちらはアツめで面白かったです。 ・・・ そこでは、家事という無給の仕事をとっかかりに、ボランティアという無給仕事を対比させ、さらに阪神淡路大震災以降のボランティア熱の高まりから、労働に必要とされる新たな要素を抽出します。 これからの労働に必要なもの、それは、他者からの認知、ということでしょう。 給料が高いだけで人は満足を感じるわけでもなく、交換可能な歯車的な業務に対し、自分が仕事につく必然性を見出せないわけです。 家事もそうですが、まずもって他者からの認知がなく、蔓延する「やってあたりまえ」感。さらには金銭的報酬(認知)もない。自分である必然性は家事にもあるやもしれないですが、自己決定権と周囲からの感謝がなくては、ねえ。。。 ・・・ もちろん、ボランティアであっても自分である必然性は見出せるとは限りません。が、少なくとも他者から認めてもらうという体験はきっと大きいのでしょう。 そうしたことから、終盤筆者は、他者との関わりの中から自分の立ち位置を見出す・形作るという責任を果たそう、というようなことを仰って終わりになります。 結論的には、あれですよね、先生? ひらめきみたいに、「ああ俺の天職はこれだ」という決まり方はきっとしないんですよね。 不安や疑心の中でキャリアを恐る恐るスタートさせ、経験や人間関係のなかから何がしかの方向性を見出しなさい・作り出しなさい、ってことでいいんですよね、鷲田先生? ・・・ ということで、分かったような分からないような理解(つまり分かっていない)でありました。ごめんなさい。 どこぞの高校の受験問題に出ていて、それをきっかけに購入しましたが、これは高校生にはちょっと難しいと思います。 小難しいのが得意な高校生以上、社会思想系好きは大学生、キャリア関連・人事関連業務のかた、教育関連の方は手にとってもらっても良いかもしれません。 キャリアのことをよりプラクティカルに考えるのならばより良い本は沢山あると思います。労働という概念やその歴史をさらっているところあたりに、きっと本作の価値は多く存すると思います。
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解決策が見えたわけではない。でも、そのなりクリアに労働の問題について理解ができたように思う。特に、常に未来に投資し続けて現在を疎かにするような働き方への問いかけには頷きっぱなしだった。少し時間をおいてまた読みたい
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