柳田国男と今和次郎 の商品レビュー
『民俗学は単なる社会学にとどまらず人に寄り添う学問である』という宗旨がよく理解できた。 単なる暴君(笑)としてしか認識していなかった柳田国男の心性の認識を改めなくてはいけないな。 あの地震から一年、僕らは何を出来るのだろうか?深く考えさせられる。 (宮本常一なんかも人に寄り...
『民俗学は単なる社会学にとどまらず人に寄り添う学問である』という宗旨がよく理解できた。 単なる暴君(笑)としてしか認識していなかった柳田国男の心性の認識を改めなくてはいけないな。 あの地震から一年、僕らは何を出来るのだろうか?深く考えさせられる。 (宮本常一なんかも人に寄り添ったけれど、折口はどうなのだろうな?真性書斎の人のイメージだからなぁ…)
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柳田国男は「大きな災害によって家族を奪われ、そして家を失うということは、人が生きていくうえで最も堪えがたいことだ」と考えていた…と。もう少し柳田本を読んでみよう。
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並行しときには交わる二人の業績を丹念に追いかけていく。 『柳田国男と今和次郎は、民俗学においてこの「非日常時」に交わっていたはずだ。天災や人災によって家を失ってしまうこと、故郷を離れてしまわざるを得ないこと…。近代日本のなかで生まれた民俗学にとって最大の関心事であったはずの難問...
並行しときには交わる二人の業績を丹念に追いかけていく。 『柳田国男と今和次郎は、民俗学においてこの「非日常時」に交わっていたはずだ。天災や人災によって家を失ってしまうこと、故郷を離れてしまわざるを得ないこと…。近代日本のなかで生まれた民俗学にとって最大の関心事であったはずの難問を、二人は生涯手放すことなく取り組み続けたのである」という結びの言葉にはいろいろと考えさせられるものがあった。 それは宮本常一の『離島でも山村でも人間を育てなかったところは、もう僕がいってもとりかえしのつかないところまで事態が進行している。おそらくボクは死ぬまでこの問題に胸を痛めて歩かにゃならん』という言葉を思いおこさせた。 それに比べて、今の学問のなんとひ弱なこと。。。
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あまり真面目に読まず、さっと目を通してしまった。遠野物語に、海辺に移住した人がいて、その妻が津波で死んでしまったが、その妻が昔の恋人と一緒にいる幽霊?を見て、寝込んでしまった、という話があるらしい。で、その子孫もまだその海辺に住んでいたのだが、3,11でその老夫婦も流されてしまっ...
あまり真面目に読まず、さっと目を通してしまった。遠野物語に、海辺に移住した人がいて、その妻が津波で死んでしまったが、その妻が昔の恋人と一緒にいる幽霊?を見て、寝込んでしまった、という話があるらしい。で、その子孫もまだその海辺に住んでいたのだが、3,11でその老夫婦も流されてしまった、とあとがきにあって、それが妙にリアリティがあって印象的だった。柳田は、今を、「良い目をもっている」と評し一緒に民家を調査する旅に誘った。でもそのスケッチを、「上手なんだけど、人のいる感じがしない。留守みたいだ」と言ったらしい。まあ、確かに淡々とした感じはあるけどな。柳田は、確かに入れ物とか物よりも、そこに現れる人の生活というものに重きを置いた人なんだと思う。もともと、人が飢饉とかで苦しむのをどうにかしたいと、農政に力を入れた人だし。
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サブタイトルにあるように、フィールドワークでの津波被害の伝承や関東大震災にも接してきた柳田国男と今和次郎が、災害とどう向き合ったかを取り上げている。 視点は面白いが、二人の仕事の概略を辿ることに紙幅を取り過ぎて掘り下げ不足は否めないのが残念。
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職場の本屋の平積みから、なんのきなしに購入。 柳田国男も今和次郎も名前だけでよく知らなかった。自分の不勉強を恥じる。 おもしろい発見。 (1)南方熊楠が、1906年の勅令による神社合祀政策に強く反対。(p109) 村の鎮守様を強引にまとめるのはひどいが、集落を強引...
職場の本屋の平積みから、なんのきなしに購入。 柳田国男も今和次郎も名前だけでよく知らなかった。自分の不勉強を恥じる。 おもしろい発見。 (1)南方熊楠が、1906年の勅令による神社合祀政策に強く反対。(p109) 村の鎮守様を強引にまとめるのはひどいが、集落を強引にまとめようとするのはもっとひどい。こういう効率性重視の発想は常に役人側にあるんだなと思って、納得もし、おどろいた。 (2)柳田は今のベストセラー『日本の民家』に対して、そこに住む人の気配が感じられないと批判した。(p161) 日本の民家がどんどんなくなっていくのをどう保存するか、アタマがいたい。兵庫県にいたときには県営公園にだいぶ移築したのだが、公園への移築事業とかたちあげたらどうだろう。地域のコニュニティの核にもなっていいように思う。 (3)宮本常一:昭和8年の津波のあと、もっとも多かったのは斜面地への分散移住である。(p85) 背景はよくわからないが、大きく斜面をけずらずに、地形を活かして、分散的に移住することはすばらしいと思う。自然の住民の知恵だなと思う。それを制度がゆがめないようにしないと。 これは続けて勉強したい分野だが、民俗学に走るか、建築にウェイトをおいて考現学に走るか、悩ましいな。まず、考現学からいこう。
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ページをめくる毎にあれやこれやと考えさせられ刺激を受けては様々な発想が生まれてくる。二人について興味があるが未だ手つかずという人にとっては興味を刺激し続けるよいガイドブックにもなりえるという事だと思う。 災害によって瓦礫と化した"場"を前にして、これより再始動...
ページをめくる毎にあれやこれやと考えさせられ刺激を受けては様々な発想が生まれてくる。二人について興味があるが未だ手つかずという人にとっては興味を刺激し続けるよいガイドブックにもなりえるという事だと思う。 災害によって瓦礫と化した"場"を前にして、これより再始動する人の生活の一つ一つ、今起きている出来事を今書き留めておかなければならないという切羽詰まった思いが、その時代を生きた二人を突き動かしていた動力源の一つなのであろう…。
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