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新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか の商品レビュー

3.4

19件のお客様レビュー

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2012/10/30

読みづらい、というのが感想。 引用、批判の繰り返し(日本の人文思想界への批判が半端でない)で結局何を伝えたいのかわからない。 新書で出版する内容か?

Posted byブクログ

2012/07/31
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第一章 ナショナリズム批判の限界 ──格差問題をめぐって 第二章 ナショナリズムとはどのような問題なのか? 第三章 国家をなくすことはできるか? ──国家を否定する運動がナショナリズムに近づくという逆説 第四章 私たちはナショナリズムに何を負っているのか? ──国家と資本主義の関係をめぐって

Posted byブクログ

2012/06/11
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他の日本の論者とは一線を画する国家論。 <印象的な箇所のまとめ> ・ネーション(国民)とナショナリズムと国民国家は異なる。 ・ネーションとは人間集団の単位。同じ国民なら、あなたと私は同一だと想像して生まれる想像の共同体。 ・ナショナリズムとは、同一民族が一つの国家を作るべきと考える主義主張、政治的原理。政治的単位と民族的単位は同じであるべきと考える。 ・国民国家とは、ネーション(国民)を集団単位とする国家の一つの形態である。 ・日本の知識人の間では、想像の共同体であるネーションと国民国家を混同し、国民国家は想像の産物だと批判する議論が多いが、国民国家は実在する合理的機構。ネーションのような想像の産物ではない。 ・では、国家とは何か? 国家とは、あらゆる行為について、合法かそうでないかを決定する法的決定権の独占者。国家だけが、法に背いたものを罰する権利がある。 ・国家が定める法と個人が信じる道徳、倫理観は当然異なるものだが、自分の道徳観、倫理観に基づいて国家を論じる人は多い。 ・国民国家は不要、国民国家はグローバリゼーションの進展とともになくなるという意見が多いが、著者は、政治的単位である国民国家はなくならないと考える。 ・グローバリゼーションの時代でも、法的な最終決定権を持っている主体は、国家である。 ・グローバリゼーションの進展によって、国境を越えた人の移動が増えるというが、国民国家はもともと国家に属する成員が、自由に移動し、経済活動を拡大再生産することを奨励してきたし、そのように自由に振舞う主体の生産を国民国家は行ってきた。グローバリゼーションの原理は、国家資本主義の原理と一致するものである。 ・国民国家は不要だと考える人たちが、国民国家に変わる新しい政治集団単位を構築するとする。国民国家より自由で多様で理想的な組織を作ったとしても、それは国家になる。何故なら、集団内のルールを決定し、ルールを破った人を罰する仕組みを構築する必要があるから。法を決定し、法に背いたものを罰する、これは国家である。国家をなくそうとしても、国家はなくならない。 ・反ナショナリズムの人が、自由な経済活動を奨励すると、国際競争に負けた国内産業は衰退し、移民に労働権を奪われた低所得の国民は、むしろナショナリズム意識を強める。 ・著者は、ナショナリズムの意義を限定的にであれ、支持する。「国家は国民の生活を保障すべき」というナショナリズムの原理が機能しなくなればなるほど、国家によって生活が保障されなくなった国民は排外的、愛国的行動に出るから。 ・国家という概念が、他者に非寛容で差別的だとは限らない。国家なんていらないと主張すればするほど、国家の保障機能が消失し、国家内部では国民の同質性を求める動きが強まる場合もある。 ・格差の問題とは、国家内部の問題である。アジア全体でみれば、日本の労働者と他のアジア諸国の労働者の賃金格差は縮小している。格差が拡大しているのは、日本という国家内部で限定された話である。 ・国内の経済格差は、国家の存在を前提に議論して、解決すべき問題である。

Posted byブクログ

2012/01/13

何のための立論なのか、さっぱりつかめなかった。 既存「左翼」「右翼」の批判ばかり展開するのだが、そもそもナショナリズムを論考する著者の目的が一向につかめず、自分に訴えてくるものが全くない書物であった。

Posted byブクログ

2012/01/04

日本の人文思想界に蔓延するナショナリズムを悪と捉える批評者たちのふるまいを、ナショナリズムに依存しつつ反発するのは思春期の反抗とほとんど変わらないと評して、バッサバッサと著名論者たちを斬っていく。面白い。

Posted byブクログ

2011/12/26

今ままで表層的な日本の人文系論壇の、更に表層しかなぞっていなかったので、ナショナリズムに関して深く考えたことが無かったが、萱野氏の論はわかりやすく、納得しました。自明性を解明されました。 社会の産業化の過程で、意思決定とそれの完遂のための共通言語というナショナリズムの条件が基盤...

今ままで表層的な日本の人文系論壇の、更に表層しかなぞっていなかったので、ナショナリズムに関して深く考えたことが無かったが、萱野氏の論はわかりやすく、納得しました。自明性を解明されました。 社会の産業化の過程で、意思決定とそれの完遂のための共通言語というナショナリズムの条件が基盤となり、国民的暴力装置としての国民国家が成立した歴史を踏まえると、国境無きグローバル社会は夢想でしかない。 ナショナリズムを(可能ならば、相互調和的に?)改変または、拡張していくしか道はない。 共通言語といえば、英語?と考える人は多いでしょうが、大多数の日本人にとっても英語など不要のまま実生活を送っているのだし、 世界中にも、英語がわからない人が圧倒的に多いのでは? 「自分は『地球人』だ!」などとグローバルを気取った知識人は、本当にいるのですかね?本気なのかな? グローバルな視点で見れば、フラット化しつつあるのだから、国内的な貧困問題など、世界的には貧困ではないとか思えますか? ナショナリズムに煽られなくても、自分の周りの様々な問題においては、ナショナルに解決していくしかないですよね。 そこのところは、私も歯痒く考えていました。 表層的なナショナリズムに煽られたくはないけど、ナショナリストであることは、大袈裟に表明することでもない…というところかな。 ネグリ=ハート『帝国論』と、ドゥルーズ=ガタリ『千のプラトー』も読まなきゃなぁ~…フーコー『監獄の誕生』もね…う~む… 姜尚中『愛国の作法』は、途中で放棄しました。 E・ウォーラスティンは、普通に面白いですよ。 如何せん、フォントが大きくて行間が広い…私はもっとみっしりとした本が好き。

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2011/12/03

ナショナリズムは戦前の軍国主義の原因とされ日本では口にしてはいけない忌み言葉化している。このタブーにあえて踏み込んで、ナショナリズムについて正面から分析してる。ナショナリズムや国民国家の否定は、結果として過激なナショナリズムを引き起こす。いまこそ日本のナショナリズムを高め、国民国...

ナショナリズムは戦前の軍国主義の原因とされ日本では口にしてはいけない忌み言葉化している。このタブーにあえて踏み込んで、ナショナリズムについて正面から分析してる。ナショナリズムや国民国家の否定は、結果として過激なナショナリズムを引き起こす。いまこそ日本のナショナリズムを高め、国民国家のビジョンを定義する必要がある。その作業抜きには国益を定義することはできない。国益とは既得権益の現状維持ということではない。国民の幸福度を高めるためことが国益であり、不幸を最小にすることではない。 雇用問題、少子化問題、移民問題、社会保障等についてきちんとした議論を行うべきであろう。グローバル化のなかで、昔に戻ることはできない以上、新しいビジョンが必要である。ビジョンなしに個別分野の専門家に判断を任せることは非常に危険だ。

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2011/11/18

まじめに働いても貧困から抜け出せないワーキング・プアの増大。下位の人はますます下位へ。 な祖ナリズムは、国家は我々国民のために存在すべきだと主張することで、国家の在り方を規定する歴史的地平を切り開いてきた。 ナショナリズムは、それぞれの民族が自ら固有の政府を持つべきことである。そ...

まじめに働いても貧困から抜け出せないワーキング・プアの増大。下位の人はますます下位へ。 な祖ナリズムは、国家は我々国民のために存在すべきだと主張することで、国家の在り方を規定する歴史的地平を切り開いてきた。 ナショナリズムは、それぞれの民族が自ら固有の政府を持つべきことである。そしてネーションによってになわれた国家こそ正統な統治形態であることを主張する。 帝国とは、世界レベルで資本主義の論理を貫徹しようとする国家、国際組織、多国籍企業などの複合体による支配装置のことである。 現代のグローバル化した世界においても法的な最終決定権を持っているのはやはる主権国家である。

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2011/10/19

ナショナリズムの定義として、第一義的には政治的な単位と民族的な単位とが一致しなければならないと主張する一つの政治的原理である。この定理に基づき、国内の問題はナショナリズムによってしか解決できない。よってナショナリズムは必要であるとする。 さて、このナショナリズムの定義基づいて論...

ナショナリズムの定義として、第一義的には政治的な単位と民族的な単位とが一致しなければならないと主張する一つの政治的原理である。この定理に基づき、国内の問題はナショナリズムによってしか解決できない。よってナショナリズムは必要であるとする。 さて、このナショナリズムの定義基づいて論は進むのだが、そもそもナショナリズムの定義が一般的には「国家主義・民族主義」から「排外主義・国粋主義」に変化しているのではないかと思うのだ。昨今特にそう思う。前に「市民社会」という言葉は時代、語る人によって意味を変えてきた。 ゆえに、自分はナショナリズムから距離をおきたい。あとは、後半で「国家の本質は暴力である」と出た。佐藤優「国家論」の重要なキーワードをまた見ることになった。その点面白い。ちなみに、後半よく意味分からんかったので読み込めてないからトンチンカンなこと言ってたらゴメンネ!

Posted byブクログ