石巻赤十字病院の100日間 の商品レビュー
震災の記憶を風化させないため、自身の目標として最低でも年一冊は震災関連の本を読もうと決めている。本書は石巻赤十字病院にフォーカスしたドキュメント。この震災では確かにクラッシュ症候群の患者が病院へ搬送される事例は少なかった。日赤病院が震災直後に受入体制を整えられたことは、不断の努力...
震災の記憶を風化させないため、自身の目標として最低でも年一冊は震災関連の本を読もうと決めている。本書は石巻赤十字病院にフォーカスしたドキュメント。この震災では確かにクラッシュ症候群の患者が病院へ搬送される事例は少なかった。日赤病院が震災直後に受入体制を整えられたことは、不断の努力である。そして日赤病院職員が傷病者救護だけでなく、死者(トリアージ黒)や避難所運営をも担ったことに感動する。一部の心無い住民があったにしても、総体的に震災を乗り越える人々の熱い思いを感じた。
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歴史の中に活かされているなと最近強く感じます。石巻圏の災害医療の拠点である日赤も、これまでの教訓を元にマニュアルや日頃のネットワーキング、体制が整えられていました。相当の方々の熱意があってこそだし、プロフェッショナルとして本気で取組んだからこそなんですよね。 そして、今回の教訓...
歴史の中に活かされているなと最近強く感じます。石巻圏の災害医療の拠点である日赤も、これまでの教訓を元にマニュアルや日頃のネットワーキング、体制が整えられていました。相当の方々の熱意があってこそだし、プロフェッショナルとして本気で取組んだからこそなんですよね。 そして、今回の教訓が、この本にも一部かいま見れました。これが次の災害医療・防災につながっていくのだと思います。 僕の頭はあまり器用にできていなくて、あの日の出来事は日常生活ではそこまで思い出しません。ふとしたとき、感情に訴えてくる物があったときに、思い出す溢れ出します。 都合がいい頭です。 感傷的になるだけではなく、自分の経験・震災の教訓を次に伝えていかなければいけないなと思います。つぎプロに関わらせていただくことは、流れの中で導かれた物なのかもしれません。 目の前のできることを一つ一つしっかり遣って行きたいと思います。
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石巻赤十字病院の徹底した災害への備えが伺える。いろいろな場所がこれくらいの危機感をもって準備していればと思う場面もたくさんあった。
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「病院が潰れたら、石巻が潰れます」。津波がさらった地域で唯一、明かりがともる白い建物こそ22万人の命のとりでだった。 拠点病院である石巻赤十字病院は東日本大震災の発生から分単位で状況を記録した。それにもとづく100日間の災害医療ドキュメント。使命感を颯爽と描いた美談ではない。「...
「病院が潰れたら、石巻が潰れます」。津波がさらった地域で唯一、明かりがともる白い建物こそ22万人の命のとりでだった。 拠点病院である石巻赤十字病院は東日本大震災の発生から分単位で状況を記録した。それにもとづく100日間の災害医療ドキュメント。使命感を颯爽と描いた美談ではない。「3日間の記憶がほとんどない」と声をそろえる病院スタッフら全員の苦闘の軌跡だ。 停電で灯が落ちて真っ暗闇の石巻で、自家発電によるたったひとつの明かりを目指して人々が押し寄せる。病院は極限の状況で十分な医療を提供できないだけでなく、水や食料の不安、遺体安置所、避難者や行方不明者の連絡所、救援物資の配布、300ある避難所の状況把握や衛生管理まで、およそ行政が担うべき多くの役割も負わざるを得なかった。すべてが想定外の混乱であり、それぞれの立場で最善の判断によって解決するよう迫られた。 日ごろの訓練は大切だ。ただ、現実は訓練の枠を超えた対応を求めるのも事実と教えてくれる。本書は院長の次のような言葉で結ばれる。 「私たちのとった行動と蓄積したノウハウが生かされることがきっとあるでしょう。それを願ってこの記録を残し、未来にわたって長く語り続けていく一助にしていただきたいと願ってやみません」
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震災の手伝いにいけなくて悶々とした日々があり,しかし自分が行ったところで何ができるわけでもない。そんな思いをかかえながら,最近はDMAT研修を間近で見学したりもあって,震災救急の一部を垣間見たくなったときに出逢った本。 一生に一度起こるか起こらないかわからないことに対して黙々と訓...
震災の手伝いにいけなくて悶々とした日々があり,しかし自分が行ったところで何ができるわけでもない。そんな思いをかかえながら,最近はDMAT研修を間近で見学したりもあって,震災救急の一部を垣間見たくなったときに出逢った本。 一生に一度起こるか起こらないかわからないことに対して黙々と訓練をし,修正をし,そうやって出来上がった災害対策が見事に生きたことがよくわかります。そして現場の人たちの臨機応変なこと。きっと本には記されていない色んなことがあったんだろうなって思います。
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いつかくる災害。その想像を絶する場面に直面した病院の対応やスタッフの状況について、克明な記録。普段訓練していても想定外の問題ばかりだったというのに、日頃のんびり暮らしている身としてはとても真似出来ないと感じた。「どうにかなるさ」で先延ばしにして良い事ではないのでしょうけども…
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特に用は無かったのだけれど、ふらっと帰りに図書室に寄ったら、この本が置いてあるのにたまたま気付き、借りてみた。 どうやら石巻赤十字病院が、各災害拠点病院に寄贈しているらしい。 DVDは借りてくるの忘れた。 地震直後からの様々なことが記録されている。 短い文章の中に、いろいろ...
特に用は無かったのだけれど、ふらっと帰りに図書室に寄ったら、この本が置いてあるのにたまたま気付き、借りてみた。 どうやら石巻赤十字病院が、各災害拠点病院に寄贈しているらしい。 DVDは借りてくるの忘れた。 地震直後からの様々なことが記録されている。 短い文章の中に、いろいろな思いや出来事がずっしりと詰まっている。 ニュースで映し出されていた被災地の様子を思い出した。 あとNHKで石巻赤十字病院の特番やってたのも思い出した。 確か県かどこかのお役所のお偉いさんが現場の窮状を全く理解してなくて(←見てるこっちもイラっとした)、先生がやり合ってたら、その会議の席からカメラが外されたシーンが印象的だったからよく覚えてる。 看護学校の看護学生さんたちが避難した学校で、懸命のケアをしていたことを知らなかった。とても大変だったと思う。でも、看護師さんになるにあたって、貴重な経験になったのではないだろうか。 大変な時にこそ人格が出るっていうのを痛感。 どこからともなく現れて、ガスやら水やら、食料品・医薬品やらを置いていってくれる人がいれば、トイレットペーパーとか持ち去ったり、罵ったり・暴れたり、酒盛りしたり、ゴミ置いていったりする人もいる…。 ウチの病院は災害拠点病院だけど、同じような災害が起きた時に、絶対にこのような対応は不可能だろう。 そもそもきちんとしたマニュアルが無いし、(どこかにあるのかもしれないけど、周知されてない)、いざという時にどう行動するかの練習などが一切ない。 職員が全体的に若いので、統率する先生も現場をさばく先生も、力不足。そもそも地元に住んでいる先生が少ない上、普段からみんな自分の都合の良いことばっかりしてるような人たちだから、いざという時の働きを期待できない…。 薬の備蓄も経費節減で十分にさせてもらえてないから、その点でも不安。 ウチの組織はダメダメだけど、この本を読んで、自分の職能を活かして心ある人たちの助けになることはできそうだということは分かったから、そっち方面で自分は頑張ることにする。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
タイトル通り、東日本大震災発生後の石巻赤十字病院の100日間がドキュメンタリータッチの文章で綴られている。ニュースで知ったことから知らなかったこと、まさに一瞬の判断で命が左右される現場での職員の行動が描かれている。 地震発生から4分後に対策本部、13分後に災害レベルを確定、それに応じた現場の用意。そしてインフラ環境の復旧や避難所300か所の評価と対策の実施。病院を訪れる被災者の対応。人間がここまで出来るのかと思うと感動すら覚える。 特筆すべきは石井医師の存在だろう。NHKのドキュメンタリーをみたくなった。また、最後のコラムでは石巻が災害対策拠点病院になった経緯が描かれている。たった一人の看護師の思いから出来上がったものだったことを知った時には奇跡は人が作り上げるものなのだと感じた。 メモ) ・マニュアルとトレーニングが行動へ結びついた ・マニュアルにない事も実施した。 あふれかえる人を整理、誘導、巡回バス手配など必要なことを行った。 ・行政がすべきという意見も「正論だが評論家はいらない。具体的なプランを出さなければ人は救えない」と一蹴 ・いかに効率的に人を救うか。枠組み作り ・医者は1名で500人救う。医者一人を育てるのに5000万円かかる。これらを意識して人員手配をする ・全国から集まった寄せ集めのメンバーに達成感をもってもらう ・寝る前に「自分は今日ベストを尽くしたか」を問う ・地域感染をコントロールしなければ来院は減らない ・人の関係を築くには顔が見える事、心が見える事
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震災の本は、そもそも星をつけて評価していい対象ではないとは分かっていますが、「記録」として見た時の良し悪しについては、触れるべきかと思います。 石巻赤十字病院は3月末から4月初旬まで、宮城県北部の東松島市や登米市に支援をするため、ほぼ毎日のように仙台から車で往復していたので、高...
震災の本は、そもそも星をつけて評価していい対象ではないとは分かっていますが、「記録」として見た時の良し悪しについては、触れるべきかと思います。 石巻赤十字病院は3月末から4月初旬まで、宮城県北部の東松島市や登米市に支援をするため、ほぼ毎日のように仙台から車で往復していたので、高速を通るたびに目にしていました。 当時、傍を通り過ぎていた病院の中で、どんな医療行為が行われていたのかを知ることができ、その点ではとても素晴らしい本でした。 一方、「100日間」と銘打っている割に、震災一ヶ月を過ぎたあたりからの詳細に関する記述が明らかに少ないところは、ちょっと不満でした。災害医療ということを考えると、最初の一ヶ月の記録が厚くなるのは仕方ないとは思いますが、一ヶ月を超えたあたりから新たに生じた問題や対応もあったはず。その辺をもう少し掘り下げてもらえていたら、より好かったかと思います。 それと、173ページの深部静脈血栓症への対処に関する記述が、何度読んでも分からなかったのが個人的にはマイナス。自分の読みとる力が弱いのかとも思ったんですが、どうやら「何の症例を」低く抑えることができたのか、その目的語が抜けてるんだと思います。分かる方がいましたら教えてください、というところ。
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東日本大震災当日からの石巻赤十字病院の記録。 石巻に訪れた時に、仙台駅で目にして、読みたいと思った。 当初から宮城県沖地震の想定がされていたために、地震発生後すぐに対応がされている。 が、予測していたクラッシュ症候群などの患者は少なく、多くは津波のための低体温だった。手探りなが...
東日本大震災当日からの石巻赤十字病院の記録。 石巻に訪れた時に、仙台駅で目にして、読みたいと思った。 当初から宮城県沖地震の想定がされていたために、地震発生後すぐに対応がされている。 が、予測していたクラッシュ症候群などの患者は少なく、多くは津波のための低体温だった。手探りながら、その方々の治療にあたるスタッフの方々。 医療行為以外の本来は行政がやらねばならないであろうことも医療スタッフたちが行った。 想像をはるかに超える種々のことを考え、行動していたスタッフの方々も、もちろん被災者である。 赤十字の「人間を救うのは人間だ」のスローガンを本当に実践されていた。 ありがとうございました。と、心から思った。 そして、赤十字病院があの地域に残ったことが、本当に心から良かったと思った。 その葛藤と戦いの日々は、時に目を背けたくなる感覚に陥ったが、これは読むべきだと思う。 今後、予測されている大地震はいくつもあり、その対策にこの記録を活かしていかなければと切に思う。
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