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アジアのなかの日本再発見 の商品レビュー

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2016/09/08

少年期に神主の養子になり、京都国学院で学び、折口信夫に師事したことから日本古代史に興味を持った。園部・鴨沂高校教諭を通して部落解放同盟との関係が出来、そして京大助教授へ、人生の不思議を思う。民俗学、神話学に近い領域から研究がスタートしたこの著者の背景がよく分る。その延長線上で韓国...

少年期に神主の養子になり、京都国学院で学び、折口信夫に師事したことから日本古代史に興味を持った。園部・鴨沂高校教諭を通して部落解放同盟との関係が出来、そして京大助教授へ、人生の不思議を思う。民俗学、神話学に近い領域から研究がスタートしたこの著者の背景がよく分る。その延長線上で韓国、そして在日韓国人に対する優しい目線。著者が対馬に行って朝鮮半島との文化の関わりの深さを痛感したが、折口が対馬に赴かなかったことが、彼の不幸に留まらず、日本の不幸だったという指摘は興味深い。 林屋辰三郎、梅棹忠夫、梅原猛たちとの「新・国学談」懇談会の際に、4人を国学の4大家に準え、林屋が宣長、梅棹が真淵、上田が春満、梅原が篤胤と合意したというエピソードは笑えるとともに、4人の本質を現しているという説明が説得力に富む。松本清張、司馬遼太郎との対談もこの著者の幅広さを感じた。 ワレサ大統領(ポーランド)来日時(1997年)に会合で、汎神教として「八百万の神々」を文字通り800万と通訳が訳したため、敬虔なクリスチャンのびっくりして椅子からころげ落ちたという逸話は笑える。

Posted byブクログ