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図書館は、国境をこえる の商品レビュー

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2014/08/15

SVAが難民支援として展開している図書館活動について書かれた本。 他の方が言うように読みづらかったり、人によって図書館論であったり、体験記であったりするところはある。 図書館や本がない地域ではまず図書館の使い方、本の読み方から教えるというのは、言われてみればそうだよなぁーと思...

SVAが難民支援として展開している図書館活動について書かれた本。 他の方が言うように読みづらかったり、人によって図書館論であったり、体験記であったりするところはある。 図書館や本がない地域ではまず図書館の使い方、本の読み方から教えるというのは、言われてみればそうだよなぁーと思った。 図書館では、おはなしもする。 このおはなしが文化継承に大きく寄与している。 SVAが無償である図書館の形態に拘ったというのも強い信念が感じられる。 また、図書館事業を展開するのにあたって、本の回収、保管、現地国での言語翻訳と非常に多くの人の労力によって成り立っていることがわかった。 図書館活動によって養われる能力p.263は参考になる。 これは難民に限らず、一般的に図書館の果たす役割として考えられる。 1思考力…知識の拡大、疑問をもつ心 2想像力…追体験。心の冒険。好奇心をみたす。 3聞く力…おはなしに耳を傾ける。 4話す力…正しく美しい言葉の獲得。言葉の響き、リズム、語り手との対話。 5読書力…自ら進んで読む。 6心の解放…学校の授業とは異なる解放感。 7学習達成度…上記の力をつけることで、学校での授業態度が改善し、先生生徒との関係にも好影響。結果、成績向上。

Posted byブクログ

2013/03/09

難民キャンプやスラムなどへ(主に)図書館をつくる支援をしているボランティア団体(SVA)の30年の軌跡。 内容は執筆者により様々。活動報告だったり体験記だったり図書館論だったり教育や社会についてだったりする。 全員に共通しているのは「サポートに徹する」「主役は自分たちではない」と...

難民キャンプやスラムなどへ(主に)図書館をつくる支援をしているボランティア団体(SVA)の30年の軌跡。 内容は執筆者により様々。活動報告だったり体験記だったり図書館論だったり教育や社会についてだったりする。 全員に共通しているのは「サポートに徹する」「主役は自分たちではない」という意識。 祖国から逃れ、難民キャンプという一応の安全と衣食住は得たものの、すること(できること)がない、自由がない、未来がみえない状態の難民。 衣食住もおぼつかないスラムや紛争地域の人たち。 そういう人たちに「図書館」なんていう無くても死にやしない代物で支援するのは、それが「希望」や「誇り」をつくるから。 子供への教育だけではない。 日本や欧米の本をただ与えるのではなく、その人たちの物語をその人たちが語り伝えられるように手伝う。 図書館を作りましたいらっしゃいではなく、その人たちがその人たちの図書館を作る。 30年という歴史は半端だ。 確固たる伝統ができるには短すぎるし、新しいことをやるには経験が重くなってくる。 なのにこの団体は変化を恐れない。 信念は揺らがず、原則は変わらない。しかし方法は変えていく。 テレビやパソコンが普及して子供が来なくなったら「近頃の子供は」と嘆くのではなく、そんな時代に必要な支援を考える。 そのためには大成功した過去をさっさと塗り替える。 少なくともこの本から見える限りでは「今目の前にいる子供のために必要なことを考える」という姿勢が徹底している。 もちろん個人差はある。 被災した場所に津波のごとくおしよせる「善意」の無神経に憤る繊細さを持った人もいれば、危険な紛争地域だとわかっているのに自分が避難した時のことを考えずにペットを飼っちゃったり、当地の人にとっては当然のデモをマイナスのこととしかとらえない人もいる。 でも、団体としての方針は、相手のすべきことを乗っ取らない、立場をわきまえた支援を行っている。 むかし、先生に聞いた「良いカウンセラーの条件は上手に振られること」という言葉を思い出した。 自分はもっと関わりたいけど、「ありがとうもうひとりで大丈夫」と旅立たれるのが良い別れ。 この人たちの仕事は図書館(コミュニティ)の形を作り、運営を教え、本がなければ自ら出版し、人を育て、その場所の人たちだけで運営できるようにして手を引くこと。 だから始める時点から、どう終わらせるかを視野に入れている。 この本は2011年3月31日発行。 くしくもスマトラ沖大地震と津波にあった地域のレポートがでてくる。 書いた時は、日本がそうなるなんて思っていなかったはずなのに、きちんと見てるから日本とも同じ景色が見える。 それはダニー・ラフェリエールのみたハイチhttp://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4894348225とも同じ景色だ。 たとえば直接被災者に手渡すってことをしたい、「何かしてあげる」ことが大事で被災者を見ていないエゴイスティックな善意。 「かわいそうな人」認定されると何かしてあげ隊がむらがってくる、というのは『海のいる風景』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4903690970にも通じる。 「してあげる」ことで自分がいい気分になるだけの善意としては、SVAの「絵本を届ける運動」にもそういうものがある。 日本で買った絵本に現地の言葉を訳したシールを貼って贈る。 絵本とシールのセットを申し込んで、工作をしてSVAに返却する。 どこに何を何冊送るかは事前に決めてあるから、返却されないと困る。 説明書をつけてあるのにシールが歪んでいるものもたくさんあって、直すのに余計な手間がかかる。 被災地にいらない衣服を送りたがる「善意」を思い出した。 それでも手間を承知でこの運動を続けているのは、日本人に世界を知ってほしいという気持ちがあるからなんだと思う。 私はこの「参加者」の善意に、svaがもっとも遠ざけたがっているであろう傲慢を見る。 でも、ここの人たちは否定の言葉をまったく吐かない。 こういうのは困っちゃうけど参加してくれる皆さんに支えられて活動できています、という風に書いている。 そう書かざるをえないところもあるのかもしれないけれど、それよりは「他人を思い通りに動かせない」ということをわきまえているんだろうと思う。 これはすごい。 あいだにはさまれるコラムは、自身もそこの住民である図書館員ら関係者が書いたもの。 この人たちをもっと知りたい。シャンティの出した、それぞれの民族に伝わるお話の絵本も読んでみたい。

Posted byブクログ