ケニアのスラムで高血圧を治さない の商品レビュー
著者はケニアのスラムでボランティア医療に従事するなかで、各国各地での医療の違いを目の当たりにし、類化性能と別化性能について考えをめぐらす。 類化性能と別化性能とはつまり、「あれとこれ」をひっくるめて考えるか、別々に考えるかということである。同じものをどうひとまとめにするか、それ...
著者はケニアのスラムでボランティア医療に従事するなかで、各国各地での医療の違いを目の当たりにし、類化性能と別化性能について考えをめぐらす。 類化性能と別化性能とはつまり、「あれとこれ」をひっくるめて考えるか、別々に考えるかということである。同じものをどうひとまとめにするか、それはカテゴライズの恣意性を指摘したものだとしても差し支えないのではないかと思う。 滞在中のエピソードは様々だが、本のタイトル「ケニアのスラムで高血圧を治さない」とは、フォロー(追跡診療)のできない環境で、しかも平均寿命が50代のスラムにおいて慢性的な高血圧に対して降圧薬を30日間処方することの意味に疑義を呈したものである。著者はこの処方を行う研修医はアメリカでガイドラインをたたき込まれた優秀な医師だが、ここではその質の高いガイドラインという別化性能の権化が裏目に出ていると指摘する。 ケニアのスラムでは「頭痛」は飽くまでも頭痛とカテゴライズする(類化性能)、でないと何も進まない。しかし、日本ではその「頭痛」は偏頭痛なのか緊張性頭痛なのか髄膜炎なのかはたまた副鼻腔炎か脳腫瘍かと鑑別が必要になる(別化性能)。その区別は現場での文脈が決めることであり、客観的に存在するわけではない。 カテゴリー分類は有用であると同時に、固定化してしまうとその壁は障壁となる。ある現象があるとき、その構成要素を相対化(できるだけ)し、類化性能と別化性能を文脈によって働かせる。そういうことが意識されるのが重要なのだと思った。(現場は大変なのだろうけれど・・・)
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やっとアマゾンから注文可能になりました。読んでやってくださいませ。ちなみに表紙は多色刷りの版画で、土井由紀子さんにお願いしました。「頭が毒入りリンゴ」のときと同じです。本書の最大の価値は、というわけで、表紙です。
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