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私の浅草 の商品レビュー

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7件のお客様レビュー

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2023/09/04
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

喫茶店の本棚にあったのをたまたま手に取り、面白さに驚愕してそのあと本屋を回りましたが在庫が見つからず、少し離れた図書館に借りに行って読破しました。明治生まれの著者の思い出話なのですが、卓越した描写力で文章の隙間から明治の下町の風景や人情が鮮烈に浮かび上がってきます。浅草の花火やほおずき市、今はなくなってしまったお蕎麦屋さんや芝居小屋、興味深い話ばかりなのですが…特に印象的だったのが男女の話です。時代もあって男尊女卑が著しく、著者のお父様はモテる自分を鼻にかけて堂々と浮気するような人だったそうなのですが、それを陰で支えていたお母様の存在が大きかったことが分かります。中でも「母の丸髷」は印象的でした。この時代の女性たちはとても強いけど同時にせつない。 ―父と母は、一生、仲のいい夫婦にはなれずじまいだった。やっぱり、星のせいかも知れない。けれど、母は、心の底では、父に惚れていたような気がする。戦後まもなく亡くなった父の命日には、かならず、好物の天ぷら、うなぎ、おさしみなどを供えていた。 「あのころは、おいしいものがなくってねえ。本当に気の毒だったよ」 もうすこし、生きていたら、こんなものを食べさせられたのに……と、涙をこぼしたことがある。どんなときにも泣かない母だったのに……。(173P)

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2020/03/22

2020.3 ほんの少し前のはずなのに、人の生活はこんなにも変わってしまったんだなと気付かされる。じわじわと。人の心も変わってしまってるよね。地域があって家族があって仕事があって生き様があって。いいことばかりじゃないけど地に足つけた強さは見習うべきところ。沢村さんの文章が粋でカッ...

2020.3 ほんの少し前のはずなのに、人の生活はこんなにも変わってしまったんだなと気付かされる。じわじわと。人の心も変わってしまってるよね。地域があって家族があって仕事があって生き様があって。いいことばかりじゃないけど地に足つけた強さは見習うべきところ。沢村さんの文章が粋でカッコいい。

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2014/07/25

以前、ご紹介した「沢村貞子の献立日記」を読み、どんな方なのかもっと知りたくて古本を探しました。 浅草という土地に暮らす人たちの情の篤さ、不器用さ、生真面目さ、優しさ、ユーモアのセンス、四季折々の行事や習慣…。 続きはこちら⇒http://wanowa.jugem.jp/?ei...

以前、ご紹介した「沢村貞子の献立日記」を読み、どんな方なのかもっと知りたくて古本を探しました。 浅草という土地に暮らす人たちの情の篤さ、不器用さ、生真面目さ、優しさ、ユーモアのセンス、四季折々の行事や習慣…。 続きはこちら⇒http://wanowa.jugem.jp/?eid=786#sequel

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2013/06/20

「江戸」と「東京」とがせめぎあう、さながら汽水湖のような1920年代の浅草。その浅草に生きる人々の暮らしを、ひとりの少女の目を通して活写した素晴らしいエッセイ。季節の到来を告げる年中行事の数々、無駄を出さない生活の知恵、どんなときにも背筋をシャンと伸ばした浅草の女たち…… そうし...

「江戸」と「東京」とがせめぎあう、さながら汽水湖のような1920年代の浅草。その浅草に生きる人々の暮らしを、ひとりの少女の目を通して活写した素晴らしいエッセイ。季節の到来を告げる年中行事の数々、無駄を出さない生活の知恵、どんなときにも背筋をシャンと伸ばした浅草の女たち…… そうしたひとつひとつが、まるでその場に居合わせているかのようにくっきりと像を結ぶ。少女時代の沢村貞子の観察眼、文章の腕前も見事だが、ひとりの大女優を育んだ1920年代の浅草の庶民の暮らしの《豊かさ》を見抜き、筆をとることを勧めた花森安治の編集者としての目利きぶりにも拍手をおくりたい。

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2012/01/07

江戸の香りを残す下町、浅草。 お歳暮が砂糖だったり、 芸妓が当たり前にお隣さんにいたり 男は浮気し放題?だったりと、いった具合。 昭和50年、弟さんの死去 まだガン告知をしない時代。 思い出話だし、当時としては当たり間だったから そんなに大変そうではないが こういう不便で密接...

江戸の香りを残す下町、浅草。 お歳暮が砂糖だったり、 芸妓が当たり前にお隣さんにいたり 男は浮気し放題?だったりと、いった具合。 昭和50年、弟さんの死去 まだガン告知をしない時代。 思い出話だし、当時としては当たり間だったから そんなに大変そうではないが こういう不便で密接な人間関係の暮らしって 今の人には絶対無理だろうな 49 地口あんどんの奉納。町内自慢の駄洒落 50 東中野は遠い田舎。区画整理でお寺が移転 89 医者殺し、鰹の中落ちの汁にお湯 95 堅気の女はほとんど化粧しない 98 御輿、女は触れない。二階から見下ろすのもだめ 109 6歳の6月6日から芸事をはじめると上達する 122 バナナ(パナマと言った)の叩き売り 128 4万6000日分のご利益、ポイント倍増デーか 137 汽車活動、揺れる実際の車両に乗って風景鑑賞 202 ご真影、顔の部分は紙で隠して売っていた 227 お歳暮は砂糖 248 「南の島に雪が降る」

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2011/12/04

失われた日本の東京の下町の風景。今より昔が良かったというつもりはない。一番シンプルで近いのは愛惜という言葉か。アイシャク。ただ名人、沢村貞子の筆にかかると、お見事となる。ただ、お見事。

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2011/03/27

 女優・沢村貞子(1908-1996)の名随筆『私の浅草』(1976)が先々月、何度目かの再刊を果たした(暮しの手帖社刊)。そのチャーミングな表紙もさることながら、ページをめくるやいなや、噂に聞いた沢村のさめざめとした筆の冴えに、ただ舌を巻くしかない。著者はあとがきで、悩みながら...

 女優・沢村貞子(1908-1996)の名随筆『私の浅草』(1976)が先々月、何度目かの再刊を果たした(暮しの手帖社刊)。そのチャーミングな表紙もさることながら、ページをめくるやいなや、噂に聞いた沢村のさめざめとした筆の冴えに、ただ舌を巻くしかない。著者はあとがきで、悩みながら書いてきたものの、結局は読者の興味を呼べそうもない身辺雑記となってしまった、と謙遜しているが、戦前の浅草での庶民の暮らしぶりを記した一文一文からさりげなく滲み出る滋味は、凡百の小説ジャンルなどを軽々と吹き飛ばしてしまう。  本書の白眉と言える章「萬盛庵物語」あたりになるともう、宮本常一も真っ青となりそうな迫真の写実記である。彼女の記述から察すると、この「萬盛庵」なる、日本庭園もそなえた蕎麦の名店は、三社様の裏側、おそらく現在の浅草寺病院かその並び、言問通り沿いに徳川時代から存在した老舗である。残念ながら現存してはいないが、どうやら、たいへん風格のある蕎麦屋だったようだ。一杯のざるに命を懸けた男と女の生涯が浮かび上がる。  さらにラストの章を飾る、実弟・加東大介(1911-1975)の早すぎる病死を悼む一文は、涙なくして読み終えることは絶対に不可能。映画化もされた回想小説『南の島に雪が降る』で語られているように、彼は戦時中、出征先のニューギニアで、飢餓と疫病に苦しむ兵士のための慰安劇団を結成し、これに命を懸けた。復員後、劇作家・長谷川伸を訪ね、作品の無断上演を詫びた加東に、『瞼の母』の巨匠は答える。「君は幸せな役者だ。そんなに喜んでもらえる舞台を踏んだ役者はめったにいないよ。芸とは、人をたのしませることだよ。」 「だから僕はもっとうまくなって、もっとみんなにたのしんでもらうよ、姉さん。」  ガンに冒されたことを知らされていない弟は、病室で姉にそう言ったそうである。名優でさえ、このような虚心坦懐なる生き方をしてきたのだ。ましてや、われらのごとき凡愚の徒はなおさらのことだ、と遅まきながらに襟を正してみるのだが。  ところで私は本書を、新しく出たばかりの再刊版で読んでいるのではない。日本橋久松町にて小体だが品のいい一杯飲み屋「E」を営む女将さんが、店の2階から初版本を取ってきて、わざわざ貸してくれたものである。聞けばこの人、1951年に先代と共に日本橋久松町のこの店を持つ以前は、八重洲あたりで屋台を営んでいたそうな。沢村貞子と同じ、浅草の出身だそうである。しかも吉野町三丁目(現在の今戸二丁目)らしいから、猿若町の沢村貞子とはまさに「ご近所どうし」というシンパシーをお持ちのことだろう。こうした店や本の存在が、今もなお、東京の下町に人の情の厚みを加えているのだと思う。

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