1,800円以上の注文で送料無料

仁斎学の教育思想史的研究 の商品レビュー

5

1件のお客様レビュー

  1. 5つ

    1

  2. 4つ

    0

  3. 3つ

    0

  4. 2つ

    0

  5. 1つ

    0

レビューを投稿

2025/05/25

著者の学位論文を書籍化した本で、伊藤仁斎の思想内容を解明するとともに、近世教育思想史の観点からその意義についての検討をおこなっています。 学位論文らしく、まずは教育思想史において従来の近世思想にかんする研究がどのようなしかたで進められてきたのかということを簡潔にまとめて、本書の...

著者の学位論文を書籍化した本で、伊藤仁斎の思想内容を解明するとともに、近世教育思想史の観点からその意義についての検討をおこなっています。 学位論文らしく、まずは教育思想史において従来の近世思想にかんする研究がどのようなしかたで進められてきたのかということを簡潔にまとめて、本書の視角を設定することから議論が開始されます。近世では「教えること」と「学ぶこと」の明晰な区別がなかったために、教授法についての考察が掘り下げられてこなかったという「教育思想微弱論」がひろく受け入れられてきましたが、著者によればそれは従来の研究が近代の教育思想を雛型としてきたためにほかなりません。しかし近年では、辻本雅史に代表される近世教育思想のあらたな研究動向のなかで、近代教育思想を相対化する視点として、近世教育思想に注目がなされるようになりました。本書もこうした動向を継承して、仁斎の思想の意義を明らかにすることを試みています。 仁斎は、道徳的な人格の形成をめざす近世教育思想のなかで、朱子学と仁斎学、さらに徂徠学の位置づけをおこないます。朱子学は、「理」という形而上学的原理にもとづいて、善なる「性」への「復初」を説きました。これに対して仁斎は、朱子学的な「理」の存在を認めず、現実の人間社会における人倫的なつながりのなかで人間形成への道筋を示そうとしました。さらに仁斎学の批判者である荻生徂徠は、聖人によって作為された「道」のもとで、各人が社会のなかで適切なしかたで人間形成を遂げることが可能になると考えました。これら三者はいずれも、人間一人ひとりがみずから「学ぶ」ことによる人間形成を基軸としながらも、それぞれ「性」「教」「道」に重点を置くヴァリエーションを示していると著者はみなします。そのうえで、道徳的主体として自己形成をおこなうという意味での個人の「自律」を中軸とする近世教育思想の視座に立つことで、近代教育思想の見なおしが可能になると主張します。 仁斎のみならず、徂徠の思想にかんする著者の解釈にもユニークな論点が示されており、かならずしも教育思想史に関心のない読者にとっても興味深い内容だと感じました。

Posted byブクログ