歴史を動かしたプレゼン の商品レビュー
・プレゼンで大切なのは相手を説得することではなく、納得してその気にさせること。納得とその気にさせることは切り分ける ・プレゼンで主張することは自分がしたいことではなく先方にとっての利益 ・何のための勉強、資料集めか。十分すぎるものを集めなくてもプレゼンのための勉強をできれば良い ...
・プレゼンで大切なのは相手を説得することではなく、納得してその気にさせること。納得とその気にさせることは切り分ける ・プレゼンで主張することは自分がしたいことではなく先方にとっての利益 ・何のための勉強、資料集めか。十分すぎるものを集めなくてもプレゼンのための勉強をできれば良い ・ジパングは2400海里の先には存在しない、だが、存在しなければならない。なぜならプレゼンの目玉に据えることを決めたから ・企画を売る前に自分を売るのが鉄則 ・プレゼンの構成は、①判断のモノサシを提示②現状の問題点とチャンスを提示③今回取り組むべき課題の提示④具体的な解決策の提示 ・自社に有利で消費者が価値を感じる合戦場を発見した者勝ち(うまいと感じるかは好みの問題だが、鮮度は数字で測れる客観的な評価) ・敵が嫌がるのはどの案か、という提示は効果的。優れている案の選択は判断に迷うが、敵が嫌がる案は選びやすい ・ケーキを切り分けるナイフを持つことこそに貴族としての名誉がある(ノブレス・オブリージュ)
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マイミクさんの日記で興味を持って手にした一冊。 コロンブスや豊臣秀吉など歴史上の4つの事例を 挙げて、彼らの『歴史を動かしたプレゼン』を分析 したもの。 読後改めて思ったのは、プレゼンはPowerPointじゃ ない、という極めて当たり前のこと。 重要なのは、伝えた...
マイミクさんの日記で興味を持って手にした一冊。 コロンブスや豊臣秀吉など歴史上の4つの事例を 挙げて、彼らの『歴史を動かしたプレゼン』を分析 したもの。 読後改めて思ったのは、プレゼンはPowerPointじゃ ない、という極めて当たり前のこと。 重要なのは、伝えたいことをいかに伝えて理解・共感 してもらうか、達成したいことをいかに実現させるか、 ということであって、PowerPointなんていうものは そのための一つの手段にしか過ぎない、さらに言えば、 ときには手段にすらならない代物だということ。 ワタシは資料のたたき台は、まず紙とペンで作ること が多い。それは、はじめからPowerPointで始めると、 それ以上の考えが出なくなるから。 最初からPowerPointで作ってしまうと、内容がなくても 見栄えがそれなりの形になってしまう→できた気に なってしまう→そこで思考停止が起きる。 この悪しきパターンに陥らないようにする一つの方法 として、まずは手書きするというのが有効じゃないかと 常々思っている次第。 コロンブスの時代にPowerPointがあったか?という 至極単純な問いを思い起こしてみるのがいい。 (と、今度部下に言ってみよう。)
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プレゼンとは相手を動かすことを目的としたコミュニケーション。人どころか歴史を動かした4つのプレゼンについてその勝因となった要素を分析している。歴史物としてもプレゼンの教科書としても面白い。
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4つのお題(実例)はかなりバラエティに富んでいるが、いずれも誰もが何となくは知っている話だけに、その実態(と思われるもの)を意外性を持って楽しめた。
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歴史上の事件(コロンブスのアメリカ発見、豊臣秀吉の清須会議、大黒屋光太夫のロシアからの帰国、クーベルタン男爵の近代オリンピック開催)について、プレゼンテーションという見地から語った一冊。 当然、著者のフィクションの部分もあるので100%鵜呑みにはできないものの、彼らのプレゼンテ...
歴史上の事件(コロンブスのアメリカ発見、豊臣秀吉の清須会議、大黒屋光太夫のロシアからの帰国、クーベルタン男爵の近代オリンピック開催)について、プレゼンテーションという見地から語った一冊。 当然、著者のフィクションの部分もあるので100%鵜呑みにはできないものの、彼らのプレゼンテーション能力とその背後の人間力の高さを知ることができた。
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昨年の東京オリンピック招致の “お・も・て・な・し”を含むプレゼンはまだ私達の記憶に新しいのではないでしょうか。本書は歴史上の4人の人物が、自分の壮大な夢を実現するためにどのように目的達成していったのか。『相手と一緒に夢をみる』という目的のため繰り広げられる世界はあたかも自分もそ...
昨年の東京オリンピック招致の “お・も・て・な・し”を含むプレゼンはまだ私達の記憶に新しいのではないでしょうか。本書は歴史上の4人の人物が、自分の壮大な夢を実現するためにどのように目的達成していったのか。『相手と一緒に夢をみる』という目的のため繰り広げられる世界はあたかも自分もその場に居るようである。
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それぞれのエピソードが面白かった。 コロンブス…確信犯 生きて帰るためにはわざと間違える。 秀吉…勝てるモノサシで勝負する。 大黒屋光太夫…プレゼンの順序、組み立て。シベリアの過酷な環境。日本語教師の需要。本人のジャーナリストとしての資質。エカテリーナ女帝の啓蒙君主ぶり。 クー...
それぞれのエピソードが面白かった。 コロンブス…確信犯 生きて帰るためにはわざと間違える。 秀吉…勝てるモノサシで勝負する。 大黒屋光太夫…プレゼンの順序、組み立て。シベリアの過酷な環境。日本語教師の需要。本人のジャーナリストとしての資質。エカテリーナ女帝の啓蒙君主ぶり。 クーベルタン男爵…実行力。捨てる勇気。 より強く、より速く、より高く
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≪目次≫ まえがき 第1章 コロンブスはいかにして「新大陸」発見プロジェクトのスポンサー を獲得したか 第2章 豊臣秀吉はいかにして柴田勝家との競合プレゼンを勝ち抜いた か 第3章 大黒屋光太夫はいかにしてロシア皇帝に日本への帰国を認めさ せた...
≪目次≫ まえがき 第1章 コロンブスはいかにして「新大陸」発見プロジェクトのスポンサー を獲得したか 第2章 豊臣秀吉はいかにして柴田勝家との競合プレゼンを勝ち抜いた か 第3章 大黒屋光太夫はいかにしてロシア皇帝に日本への帰国を認めさ せたか 第4章 クーベルタン男爵はいかにして1500年前のイベント「オリンピッ ク」を復活させたか ≪内容≫ 逗子図書館 CMプランナーによる歴史解釈の本。このように書くと「素人の遊びか?」と低く見られそうだが、歴史の一場面を『プレゼンテーション』という視点に特化して解釈を加えよう(解釈というか見てみようかな?)という試みは、とても面白かった。 第1章のコロンブスの話や第4章のクーベルタンの話は自分自身が詳しく知らなかったので、興味深かったし、第2章の秀吉は、「なるほど」と腑に落ち、第3章の大黒屋光太夫は実質光太夫のプレゼンではないけど、ラクスマンやベスボロトコ秘書官らの優れたサポート(というか、こちらが実質プレゼンしたようですが…)の勝利が見て取れるし、いつの時代、どこの国でも「プレゼン」はあり(むろん「プレゼン」とは呼ばないけど)、こうした一世一代の大勝負が歴史を変えてきたことが読み取れます。
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相手を納得させ、さらには誘惑する。それがプレゼン。提案先のメリットをメインにするなど、基本的なテクニックからこれは!なテクニックまで、歴史を動かした4人の一大プレゼンを紹介。
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コロンブス、豊臣秀吉、大黒屋光太夫、クーベルタン男爵の4人を取り上げ、彼らが成し遂げた歴史的偉業においてどのような「プレゼン」をしていたか、という切り口で分析しています。 豊臣秀吉の章では、清洲会議での柴田勝家との議論を取り上げ、本能寺の変で討たれた織田信長の後継者として三男の...
コロンブス、豊臣秀吉、大黒屋光太夫、クーベルタン男爵の4人を取り上げ、彼らが成し遂げた歴史的偉業においてどのような「プレゼン」をしていたか、という切り口で分析しています。 豊臣秀吉の章では、清洲会議での柴田勝家との議論を取り上げ、本能寺の変で討たれた織田信長の後継者として三男の信孝を擁する勝家と、信長の嫡孫にあたる三法師(のちの秀信)を支持する秀吉の間での主張の違いをまとめています。 秀吉は「織田家の後継者としての血筋」を前面に出して議論を自分の土俵にひきずりこみ、事前の根回しもされていたといわれています。「主君としてもっとも能力が高い人物」を選ぼうとしていた勝家は、正面突破を図ろうとして肩すかしを食らい、思うような議論をできなかったとといったところでしょうか。 プレゼンでも議論でもその先の実際の商活動でも、自分の土俵で勝負する、というのは大きな意味を持ちます。フェアでないと考えるかもしれませんが、自分に有利なように状況を設定することも、技術のひとつと言えるかと思います。清洲会議においては、秀吉が一枚上手だったということができるでしょう。 これを書いている現在(2012年7月)、ロンドン五輪が開催されていますが、近代五輪を提唱したクーベルタン男爵のプレゼンも取り上げられています。 19世紀末は欧州にオリエントブームが来ていたとはいえ、さすがに荒唐無稽な提案と思われたようで、最初のプレゼンは失敗に終わっています。しかしそこからの再チャレンジでは、場を作り雰囲気を作って、まさしく自分の土俵に周囲を巻き込んで実現にこぎ着けました。 その理念は、世界中の選手が参加する国際スポーツ大会。五輪憲章では「より速く、より高く、より強く」とスポーツの側面だけが、ロゴである五輪マークには世界を示す5つの円がつながっているイメージだけが描かれ、その他のものは削ぎ落とされていることにも言及されています。プレゼンでどこまで提案されたかはわかりませんが、ごてごてといろいろな要素を足して総花的にするのではなく、コアを示すためにそれ以外のものは思い切って切り捨てるのも、プレゼン技術として必要なことです。 プレゼンというのは自分が社会人になってから、俄然注目された領域だと思います(1996年頃から。主観ですので、違っていたらすみません)。ですが実際には多くの人が、それがプレゼン技術だという認識はなく良質のプレゼンを編み出していたといえます。本書に取り上げられていない事例も探せばいくつでも見つかりそうですし、逆にプレゼンで周囲を巻き込めていたなら歴史が違っていただろう、ということもあったでしょう。
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