「私」時代のデモクラシー の商品レビュー
区立図書館で借りた。 p9 アレクシ・ド・トクヴィルの「平等化」の概念を参照することが、問題の本質理解に役立つとえば、あるいは驚く人がいるかもしれません。 p46 フロムの脳裏にあったのは、ナチス時代のドイツにおいて、人々は自由の重みに耐えかねて、自ら自由を放棄してしまったの...
区立図書館で借りた。 p9 アレクシ・ド・トクヴィルの「平等化」の概念を参照することが、問題の本質理解に役立つとえば、あるいは驚く人がいるかもしれません。 p46 フロムの脳裏にあったのは、ナチス時代のドイツにおいて、人々は自由の重みに耐えかねて、自ら自由を放棄してしまったのではないかという問題意識でした。しかしながら、ここでは、自由の重みを担うことができない人々が問題にされるとしても、個人の自由の価値それ自体は疑われていません。いわば、価値あるものに対し、現実の人間がそれを担うために必要な準備や資質が欠けていることが問題とされたのです。 p56 かつてであれば、家族での経験や、家庭のなかに反映される階級の影響を受けて、個人は社会化されていきました。その際、良きにつけ、悪しきにつけ、家族や階級ごとに、ある種の生き方が前提とされました。これに対し、現在、個人は、自分だけを頼りにして、自分の生き方を選択していかなければなりません。その場合も、前提とされるべき生き方は存在しません。それゆえに、かつてであれば「階級の運命」として受け止められていたものが、いまや個人の人生における問題として現われるのです。 p57 このような事態を、ベックは印象的な表現で言い表しています。
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完全に整理し切れてはいないと思うが、現代日本の閉塞感を端々でうまく捉えている本だと思う。 結局戦後の日本を支えてきたのは、アイデンティティから福祉までを丸抱えするという企業の家族的経営であり、それが失われた現代にそれに代わる人々に対する受け皿が現れていないことが現代日本人の不安...
完全に整理し切れてはいないと思うが、現代日本の閉塞感を端々でうまく捉えている本だと思う。 結局戦後の日本を支えてきたのは、アイデンティティから福祉までを丸抱えするという企業の家族的経営であり、それが失われた現代にそれに代わる人々に対する受け皿が現れていないことが現代日本人の不安を煽っていると考えられる。 企業が従業員の生活を丸ごと面倒見るというモデルが国際競争のためにもはや維持できない以上、それに代わる社会保障は国か社会が支えるしかない。 ここでいう社会とは行政のような強制的制度を用いない互助会であったり、地域コミュニティがあたると思うが、アメリカのNPOや教会のような役割を日本の地域はまだ果たせていない。その背景には、元々企業をはじめとする特定の中間団体に属しウチとソトで態度を変えてきた日本人が、地域を軸とする人間関係に仲間意識を抱けていないことに原因があると思う。 また、ではかと言って国が社会保障を引き受ける北欧型の社会保障が成り立つかといえば、地域と同様、国民全体を対象に富の再分配を行うようなビジョンを描き、人々を納得させられるような人間が少ない。結局右肩上がりの戦後日本では、よく言われるように限られたパイの再分配という真の意味での政治は必要なく、成長する経済の果実を地域間のバランスが崩れすぎないようにそれなりに地元に誘導すれば良かったからだ。 しかし、この陥穽から抜け出すために必要なものはいったい何なのか。 今流行りの新党だろうか。社会企業家だろうか。ビジネスマインドを注入したシンクタンクだろうか。地方の創意工夫だろうか。 正にこの本が示すように、どうやってばらばらになった個人を再びデモクラシーの回路へとつなげていくことができるのか。それとももはやいわゆるデモクラシーは必要なく、ビジネスの論理の応用(社会企業家等)や新たなIT技術によるコミュニケーションの変容(ツイッター等)で解決可能な問題なのだろうか。 思うのは問われているのは正解(What)ではなく、やり方(How)であるということ。そのとき一番大事になるのは意志と共感を得る力、いわゆるリーダーシップというものだろう。 そう考えると、そもそも物事を動かすのにまず必要なのは強制力がない中で人々を巻き込んでムーブメントを起こす力=リーダーシップだ。行政や政治が強制力を持ってことにあたれるのは、ムーブメントが一定の手続きを経て権力の正統性を与えられた場合のみである。 その意味で、社会が大きくパラダイムを変えるときに官僚やコンサルタントのように正解を求めるだけでは何も生み出せないのと同じなのだろう。 となると、次の課題は、いかに大衆の支持を得るかということになるが、その際、いかに元々あった信念を曲げず、わかりやすく人々に伝え、支持を得るか。何より、ボランタリーにリーダーシップを発揮することがその人個人の競争戦略上不利になることが多い社会で暮らしている場合、めげずにリーダーシップを発揮することは経験上非常に難しくつらい。 それを乗り越えられるだけの何かが必要だ。
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