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プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 の商品レビュー

4.1

25件のお客様レビュー

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2013/06/10

「ところで労働はそれ以上のものである。何よりも、神が人間の生活の自己目的として定められたものなのだ。」 カトリックやピューリタン、そしてプロテスタント等様々なキリスト教派の観点から「労働」を考察した本。 なぜ、という原因の部分から深い洞察が見受けられる。 日経BPの本は翻訳が...

「ところで労働はそれ以上のものである。何よりも、神が人間の生活の自己目的として定められたものなのだ。」 カトリックやピューリタン、そしてプロテスタント等様々なキリスト教派の観点から「労働」を考察した本。 なぜ、という原因の部分から深い洞察が見受けられる。 日経BPの本は翻訳が程良く読みやすいが、それでもやはり内容を理解するのは骨が折れる。 禁欲に生きようと自律してきた当時の人々とは違い、現代では禁欲的に生きなければならない。それが分業による専門性の追求であり、そのためには何かを捨てて生きなければならない。そうすることで、富は増大し、それを他者へ使うことで、神の偉大さをより多くの人に伝えることができるので、これから先もファウスト博士のように、すべてに対する知を求めることはできないだろう。 しかし、現在では、多くのことを経験し、それらをつなぎ合わせることから新しいアイディアが生まれていることを考えると、専門分野は一つではなく、複数求めたほうがいいと思われ、すべての分野に対するスペシャリストが理想となってしまう。それはファウスト博士が求めたものだ。結局、何を放棄するべきか選ぶのは難しいが、選ばなければ、仕事として中途半端な専門性になってしまう。

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2013/01/10

古典、さらには宗教とベースとなる知識に自信がないので敬遠していましたが、大変読みやすかった。最近の下手な経済読本より分かり易いと思った。 ■ 技術、商業の教育を受けた人にプロテスタント的な性格の人が多いという著者の素朴な発見から本書はスタートする。 ■ 資本主義において生産性を向...

古典、さらには宗教とベースとなる知識に自信がないので敬遠していましたが、大変読みやすかった。最近の下手な経済読本より分かり易いと思った。 ■ 技術、商業の教育を受けた人にプロテスタント的な性格の人が多いという著者の素朴な発見から本書はスタートする。 ■ 資本主義において生産性を向上するため古来から出来高性が導入されてきた。しかしこれは生産量の向上につながらず実際には低下した。人は従来の方法で生活を維持することを望むのである。逆に賃金を下げても、生産量の質・量とも低下する。結局、労働のモチベーションは金銭にあらず、仕事を人間の絶対的な自己目的、天職と意識することに依るのであるが、この意識付けはある特定の宗教からくるのである。 ■ カルヴィニズムの禁欲性が生活の合理化、労働の合理化につながったというのが、かなり単純化した結論。キリスト教について基礎知識が無い読者はこのあたりで混乱すると思いますが、ようはルター派、カルヴィニズムを主に扱い、その中でカルヴィニズムの禁欲的な価値感が資本主義の発展に寄与したと理解してよいと思います。

Posted byブクログ

2013/01/05

キリスト教の精神について、私には共感できることは少ない。「獲得した富は、子どもたちに残してはならない。自分で働いて富を蓄積するという道徳的な善行を行う機会を奪ってしまうから」…それぐらいかも。 彼らとコミュニケーションする中で、思想の根底にあるものを感じることができるかも。それ...

キリスト教の精神について、私には共感できることは少ない。「獲得した富は、子どもたちに残してはならない。自分で働いて富を蓄積するという道徳的な善行を行う機会を奪ってしまうから」…それぐらいかも。 彼らとコミュニケーションする中で、思想の根底にあるものを感じることができるかも。それは面白そうだ。他人の考えを素直な気持ちできく柔らかな頭と、努力は惜しまずに。〝時間の浪費〟は自己責任とゆうことで、ユルシテもらうよ。

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2012/10/08
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

近代資本主義の成立を人々の内面から推し進めていった資本主義の精神と禁欲的にピュウリタニズムとの関係を社会学的に追求したもの。 以前に岩波文庫版も読みましたが日経BP版のほうが読みやすいです。ただ岩波文庫版は解説が充実しており、その解説と今回の日経BP版の本文を併せて読むのがよいかと。 主な内容は、、、 近代資本主義は商業に対する倫理的規制がない(営利を追求できる)地域・場所では実は生まれておらず、むしろ営利を敵視するピュウリタンの経済倫理(世俗的禁欲、労働を天職として励むという心情)こそが資本主義の精神として、近代資本主義の成立・成長に大きな貢献をした。 このピュウリタンの経済倫理は長期間の(宗教)教育の結果として育まれ、そもそも金儲けのためではなく、敬虔な思想(神への忠誠や隣人への愛)のため世俗的な職業生活への専心や無駄な消費の抑制を要請し、またこのような行動様式を身に着けた労働者が大量に生まれることで、結果として合理的産業経営を土台とする近代資本主義を作り上げていく。 そして、一旦強固に作り上げられた近代資本主義はもはやその基礎となった倫理は必要せず実際にも忘れ去られているが、その経済秩序に囚われた人々(現代の私たちも含まれるでしょう)にその行動様式を強要し、生活のスタイルを決定づけている。

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2012/05/22

以前岩波文庫の難解な翻訳で挫折したため、日経BP版で再読。 冒頭第一節には、 「カトリックの支配というのは極めて穏やかで形式的な支配であったのだが、プロテスタンティズムの支配は家庭内の私的な支配から、職業的な公的な生のすべての領域にいたるまで、考えられるかぎりで最も広い範囲にわ...

以前岩波文庫の難解な翻訳で挫折したため、日経BP版で再読。 冒頭第一節には、 「カトリックの支配というのは極めて穏やかで形式的な支配であったのだが、プロテスタンティズムの支配は家庭内の私的な支配から、職業的な公的な生のすべての領域にいたるまで、考えられるかぎりで最も広い範囲にわたってしんとの生活のすべてを規制するものであり、限りなく厄介で真剣な規律を伴うものだった」 とある。 宗教改革に対しては、カトリックの専制的な支配からの脱却といった間違ったイメージをもっていたため、この一文については衝撃を受けた。 宗教改革者は、カトリックの市民に対する支配が不十分であるとし、後のピューリタン的圧制につながったという。 本書の読みどころは、原罪からの救済のみを追求し、現世利益に対して関心の薄かった市民達が、利潤を追求する躍動につながることになったかという点である。 カトリックとプロテスタントの最大の違いは「予定説」であろう。 カトリックにおいては、神への奉仕によって原罪からの解放という「救済」があったが、プロテスタントにおいては「救済される人間はあらかじめ決められている」というものだ。 人々は自分が救済されるかどうかを知り得ないため、不安に駆られる。 救われた人間として自己確信を得るために、職業労働に休み無く従事することによって、宗教的疑惑を振り払い、自己確信を得ようとすると解説している。 1)「神の恩寵」を確証しようとする内面的な思考の原動力が現在に向けられるようになった。 2)身分と職業が神の意思の直接的な表れとして「天職」という考え方が広まった。 この「神の恩寵を得るための現世重視」と「天職という専門職業の重視」という2つの面から「功利主義」が生まれた。 専門的な職業について労働する者のスキルを高めることができたため、労働の生産性を質量共に改善させる方向に動かす考え方が出てきたのだ。 また、「ヨブ記」に書かれた「神が現世においてもその民を物質的な面においても祝福されるのは確実」という箇所が重用視されるようになったのも、功利主義を後押しすることにつながったとも解説している。 ヨーロッパの宗教改革を契機として、労働と現世利益に対する思想的変化を解説しているものの、具体的に資本主義成立へは明言を避けている印象ではあった。 ルターとカルヴァンをセットで宗教改革と認識していたが、本書の解説を読むことで全く別の思想であることがわかった。 また、イギリスにおいては、旧約聖書の道徳と同様の特徴から「イギリスのヘブライズム」とも呼ばれたというのも興味深かったし、ピューリタンとは、ユダヤ教の数世紀にわたって成立したタルムドールと符合する面が多く、形式主義的で立法的な側面があるというのも、目からウロコの読書体験であった。 まだまだ本書についての理解度が低いと自認しているので、「ヨブ記」や宗教改革時代の関連本を読んでみようとは思う。

Posted byブクログ

2012/05/15

資本主義の精神と言うのは功利主義的な商人気質から来るものではなく、節制と禁欲に励むプロテスタンティズムの倫理から生まれて来たのだということを解き明かした名著。自己啓発ブームにより、誰もが仕事で理想と自己実現を得ることを強いられる近年において、こうした「天職」という概念がどこから来...

資本主義の精神と言うのは功利主義的な商人気質から来るものではなく、節制と禁欲に励むプロテスタンティズムの倫理から生まれて来たのだということを解き明かした名著。自己啓発ブームにより、誰もが仕事で理想と自己実現を得ることを強いられる近年において、こうした「天職」という概念がどこから来たものなのか、かつては職業人であることを欲していたのが、なぜ今は職業人でなければならないのか、こうした観点から再考するのも面白いかもしれない。岩波文庫は解説だけ読んでおき、こちらを脚注は全て飛ばして読むのが入口として最適な方法。

Posted byブクログ

2011/08/01

「生活が厳しいものとなったのは」競争に負けずに更に冨を増やそうとする人々が、消費するのではなく、利益を増やすことを望んだからであり、昔ながらの生活様式を守ろうとする人々は、節約しなければならなくなったからである。 自己確信を獲得するための優れた手段として、職業労働に休み無く従事...

「生活が厳しいものとなったのは」競争に負けずに更に冨を増やそうとする人々が、消費するのではなく、利益を増やすことを望んだからであり、昔ながらの生活様式を守ろうとする人々は、節約しなければならなくなったからである。 自己確信を獲得するための優れた手段として、職業労働に休み無く従事することが教え込まれたのである。 カルヴァン派>常に、自分が選ばれているか、それとも神に見捨てられているかという二者択一の問いの前に立ちながら、みずからを絶えず吟味しつづけることで、救いを作り出す。 規律>世俗的な職業労働についての思想においても採用 「人はどのようにして自己を知りうるだろうか。観察によってではない。おそらく行為によってだろう。汝の義務をなすように努力せよ、そうすれば汝は自分が何者であるかを、すぐに知るだろう。しかし義務とは何だろうか。それは日々の生活が要求する事柄である。」ゲーテ 「働きたくないものは、食べてはならない」パウロ 禁欲的なプロテスタンティズム>資本主義の発展 禁欲的な精神が求めたのは、所有者に苦行を強いることではなく、必要で、実際に有用な物事のために所有物を利用することだった。 現在では禁欲の精神は、この鋼鉄の「檻」から抜け出してしまった。勝利を手にした資本主義は、かつては禁欲のもたらした機械的な土台の上に安らいでいたものだったが、いまではこの禁欲という支柱を必要としていない。禁欲の跡を継いだのは晴れやかな啓蒙だったが、啓蒙のばら色の雰囲気すら現在では薄れてしまったようである。そして「職業の義務」という思想が、かつての宗教的な信仰の内容の名残を示す幽霊として、私たちの生活のあちこちをさまよっている。 「職業の遂行」が、もやは文化の最高の精神的な価値と結びつけて考える事が出来なくなっても、そしてある意味ではそれが個人の主観にとって経済的な強制としてしか感じられなくなっても、今日ではだれもその意味を解釈する試みすら放棄してしまっている。営利活動がもっとも自由に解放されている場所であるアメリカ合衆国においても、営利活動は宗教的な意味も倫理的な意味も奪われて、今では純粋な競争の情熱と結びつく傾向がある。ときにはスポーツの性格をおびていることも稀ではないのである。

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2011/07/31

社会学を専攻されていた皆様はご存知の「プロ倫」が、日経BPで復刊! 岩○文庫版よりも確実に読みやすくなっていると思います。 「近代の資本主義の精神を構成する本質的な要素の1つ、そして単にそれだけでなく近代の文化そのものを構成する本質的な要素の一つは、『天職』という観念を土台...

社会学を専攻されていた皆様はご存知の「プロ倫」が、日経BPで復刊! 岩○文庫版よりも確実に読みやすくなっていると思います。 「近代の資本主義の精神を構成する本質的な要素の1つ、そして単にそれだけでなく近代の文化そのものを構成する本質的な要素の一つは、『天職』という観念を土台とした合理的な生活態度であるが、この態度は『キリスト教的な禁欲』から生まれたものだ。」 と本人が要約しているように、神の恩寵を求め、神に与えられたとされる職業を「天職」とし、神に報いるために、人々は疑うこともなく、合理的に禁欲的に働き、生活する。このプロテスタンティズムが資本主義の精神を作り上げたという仮説をウェーバーは打ち立て、カルヴァニズムやピューリタニズムなど多角的な視点から、禁欲の精神と資本主義の精神の関係を分析する。 資本主義は、その高度なシステム化のために、「『少数の』プロテスタントから発生した禁欲的精神を土台としている」という事実に立ち返り、根底に存在するはずである人間性の本質を追求する作業を放棄させてしまった。そんな社会の行く末について、ウェーバーは以下の様な痛烈な「予言」を残している。 「精神のない専門家、魂のない享楽的な人間。この無に等しい人は、自分がかつてない最高の段階に到達したのだと、自惚れるだろう。」 かつてゲーテも模索した、人間性の本質。 少なくとも私が生きている間に、この資本主義をベースとした社会が抜本的に変わることはないと思いますが、自分の思想や行動の理由は、常に考え続けてみたいものです。

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2011/07/09

『社会学の道はウェバーに通ず』という言葉があるか知らないが(いや、ないよ)、社会学に興味があるならば必読書なんだと思う。というか、面白いから単純におすすめできます。プロテスタントの人たちの考え方が近代の勤労精神と非常に相性がいいんだよね、っていうことを教えてくれます。

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2011/05/14

今、宮城県に来ている。が、現場の話は現場レベルでするのが礼儀だと思うので、これをブログで論じようとは思わない。今日は疲れた。 行きの飛行機で読んだのが本書。カソリック、ルター派、カルヴィニズムなどの流れから、禁欲的プロテスタントから資本主義的な経済にどのように流れていったのかを...

今、宮城県に来ている。が、現場の話は現場レベルでするのが礼儀だと思うので、これをブログで論じようとは思わない。今日は疲れた。 行きの飛行機で読んだのが本書。カソリック、ルター派、カルヴィニズムなどの流れから、禁欲的プロテスタントから資本主義的な経済にどのように流れていったのかを極めて明快に論じた本。訳が素晴らしいと思う。禁欲とは倫理的なものなのか、今こそ考え直すよい時期かもしれない。大学生の時、わけ分かんないと思っていたMウェーバーと社会学だが、ようやく近づいた。、、、ような気がする。

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