若者と社会変容 の商品レビュー
(社会学を学んでいる者からの感想です) 既存のカテゴリー(階級・ジェンダー・エスニシティなど)は個人の機会や人生経験を説明するのに未だに有効な変数であり、後期近代論が言うほど流動化は進行していない。 それにも関わらず、多くの若者は「フォーディズム時代には予測も実現も可能であっ...
(社会学を学んでいる者からの感想です) 既存のカテゴリー(階級・ジェンダー・エスニシティなど)は個人の機会や人生経験を説明するのに未だに有効な変数であり、後期近代論が言うほど流動化は進行していない。 それにも関わらず、多くの若者は「フォーディズム時代には予測も実現も可能であった典型的なアイデンティティ形成や人生経験をたどることはもはや不可能である」と考える。 このように、自分の人生経験は予測不可能性であると感じ、それに起因する不安感や、実際にリスクに遭遇する可能性が高まっている(そのリスクすら既存のカテゴリーに基づいて不平等に配分されているのだが)という認識が存在することを、本書では「認識論的誤謬」と名づけている。 客観的に見れば、そのような流動化が生じているという判断は必ずしも正しくないにも関わらず、主観的には不安やリスクが感じられる、という意味で、これは「認識論的」な「誤謬」である。 そしてこの「認識論的誤謬」により、若者や社会は「個人が遭遇する困難の解決は個人的に解決されるべきである」と考えてしまう。 また「認識論的誤謬」は社会だけでなく研究者も陥っている(ことがある)。 以上のような内容を、若者の、教育経験(2章)、労働市場への移行(3章)、家庭への依存と家庭からの自立(4章)、余暇とライフスタイル(5章)、健康上のリスク(6章)、犯罪と犯罪被害(7章)、政治と参加(8章)という7つの領域において、ひたすら論文をレビューし、立証し続ける本でした。
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