ウエハースの椅子 の商品レビュー
一緒にいられないのに、共に過ごす未来を、いつのまにか「信じて」しまっている感覚。すごくまっすぐ伝わってきた。 この矛盾は苦しい。 好き同士だけじゃ、一緒にいるのには十分でないのよね。
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恋というものでしか味わうことのできないものが詰まっていて、上手く言葉にできないがよかった。 絶望との向き合い方について考えさせられた。
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とても面白かったです。角砂糖や女スパイ,題名のウエハースの椅子など表現が美しく楽しい。 人間関係が愛で飽和すると,窮屈で逃げたくなる。 逃げて,1人になっても寂しくて愛を求めてしまう。 江國先生の文章を読んでいると心の明度が高くなる気がします。彩度は落ち着いた感じで。
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急遽予定と予定の間にぽっかり穴が空いたので、読書でもしようと購入。東京駅の丸善の品揃えは圧巻! 不倫する男の中で、最も悪質なのはこの恋人みたいなタイプだろう。 美味しいお酒とご飯、様々な音楽、本を共有できて、休暇にはほうぼうに2人で旅をする。 仕事を褒め、ご飯を作ってくれ、なん...
急遽予定と予定の間にぽっかり穴が空いたので、読書でもしようと購入。東京駅の丸善の品揃えは圧巻! 不倫する男の中で、最も悪質なのはこの恋人みたいなタイプだろう。 美味しいお酒とご飯、様々な音楽、本を共有できて、休暇にはほうぼうに2人で旅をする。 仕事を褒め、ご飯を作ってくれ、なんとお風呂のカビ取りまでしてくれる恋人。 話が少し逸れるけれど、大好きなドラマの一つである『大豆田とわ子と三人の元夫』に、こんなワンシーンがある。主人公である、とわ子(独り身・バツ3)の家の網戸が外れる。とわ子は、網戸が外れるたびに「誰か助けてくれないかな」と思い、「よし、もう一回恋しよう」と思い立つーー。 確かに、日常のこまごまとした、やらなくてはならない、でも億劫な面倒ごとをしてくれる相手がいるのは、安心で嬉しいことだと思う。そして、私はこの人と人生を共にしているのだ、と実感する瞬間かもしれない。カビ取りしかり、網戸しかり。 作中の恋人はそんなことまでしてくれるものだから、「私」が錯覚してしまう気持ちも分かる気がする。 でも、「こっちが現実だ」という言葉は、いつのまにか、「すくなくとも、こっちが真実だ」にすり替えられる。 2人で海外へ移住する計画を熱心に語るのに、その「いつか」は永遠に来ない。 恋人の狡猾さ(「私」は注意深さと表現しているが)は、 側からみるととてつもなく卑怯だと感じる。 「私」は本来、もっと楽しく生きられるのに勿体無い。 絵を描くという、好きなことを生業にできている。仲の良い妹がいて、笑い合える友人もいる。現に、恋人のいない集まりで撮った写真の中の「私」は「みちたりているようにみえる」し、孤独も絶望も姿を表さない。 ーーでも、結局「私」にとってそれは「みちたりているように”みえる”」だけなのだ。 「私は恋人によってこの世につなぎとめられていると感じる。それは奇妙な感覚だ。恋人がすべてであると感じるのではなくて、恋人といるときの私がすべてだと感じる。 私はそれを、淋しいと思うべきか満ち足りていると思うべきなのかわからなくて混乱する。 正しいと思うべきなのか正しくないと思うべきなのかもわからないので、しまいには考えるのをやめてしまう。」 もはや、恋人のいない世界は、「私」にとっては世界でなく、自分のこともどこか他人事のように客観視してしまっている。 恋人との生活の破綻に気付きながらも抜け出せない「私」を見ていると、恋は人を盲目にし、狂わせるのだと、恐ろしい気持ちになる。 表題の「ウエハースの椅子」は作中でこう書かれている。 「私にとって幸福のイメージそのものだ。目の前にあるのにーーそして、椅子のくせにーー、決して腰をおろせない。」 恋人と一緒にいる限り、「私」はウエハースの椅子には、絶対に座れないのだろうなと思った。 以下は好きだった表現たちをごった煮でピックアップ! *** とても気持ちのいい夕方、散歩をしていると「全然お風呂あがりではないのに」、「自分がお風呂あがりみたいな気がする」感覚。 「イスラエルの星は、きっと青白く美しいような気がする。」 「じきに夏がおわる、という単純な事実さえ、ほんとうには信じられなかった。夏はぱっくり口をあけ、言い知れぬ不安と気怠さを伴って、ただそこにあった。」 「ワインを四本のんだ。恋人のつくる鶏鍋は、シンプルだけれどとてもおいしい。芯まで熱い下仁田葱が、口に入れるととろりととける。」 *** 言われると確かにその通りだ、と思う感覚が多い。でもそれを敏感に感じ取り、言葉にできる江國さんの感性と表現力は本当にすごいなと思う。 ご飯の表現は、どの作品でもいつも読みながら食欲が沸いてくる。 今日は寒くて外には雪が降っているので、感想を書き終えた今、今夜は我が家も鶏鍋にしよう!と心に決めました。
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1.不穏 安定して充実した生活を送っているようで、絶望や死の恐怖と同居している。なにかが起こりそうで起こらない感じがドキドキするともハラハラするとも言えないざわざわした空気感を醸している。あえて絶望の根源に触れないようにすることで、ずっとこの雰囲気を維持しているともいえる? 2.記憶 子供のころの絶望と対比しているのはなぜだろうか。男たちを獲得してからは絶望しなくなったのだろうか。彼らについては曖昧で思い出すことができないのに、子供のころの体育館の窓については思い出せる。。。 3.何かを隠している? 相手に子供がいることは名言しているのに、妻がいることは名言していないのはなぜだろうか。受け入れられない現実としてあえて言及しないことにした?ほかにあえて語っていないことはない? 砂糖をいれてわかした温かい牛乳好きです。
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物語のはじめとおわり、何ひとつ進展はしてない。 盲目的な愛ですね。読後嫌な気持ちではないけど、何とも言えない気持ちになる。 江國作品の女性は嫌悪感と共感のバランスが絶妙だと思う。
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久しぶりに読み直したけれど、やっぱり「嗜好品」として一番好きな作品。 人生を明け渡したような盲目的な恋愛と、生活の一つ一つを愛おしむような描写、という私が江國さんを好きな理由の2つがぎゅっと詰まっている。
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〈死は、残った者たちの新しい生活をつくる〉 誰も名前がついていないからか、エッセイと小説を行き来しているような心地がした。江國の描く女性はすがすがしいほどに貪欲で、かつそれを隠そうとしないのでいつ読んでも魅力的だ
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深夜湯船に浸かりながら、時間を忘れて一気読みしたくなる本。 愛されれば愛されるほどに絶望が隣り合わせに迫ってきて、どうしようもなく泣きたくなる感情を思い出す 「何の過不足もない」ということは、それ自体何かが欠落している
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一気読みがよさそうなお話。 主人公は誰にわかってもらえるでもない孤独と絶望を抱えていて、これまた生ぬるい温度感で日々が過ぎていく。"ゆるやかな自殺"。 なぜかフランソワーズ・サガンの『悲しみよ、こんにちは』を思い出した。悲しみとか絶望、退廃的な空気感が似てい...
一気読みがよさそうなお話。 主人公は誰にわかってもらえるでもない孤独と絶望を抱えていて、これまた生ぬるい温度感で日々が過ぎていく。"ゆるやかな自殺"。 なぜかフランソワーズ・サガンの『悲しみよ、こんにちは』を思い出した。悲しみとか絶望、退廃的な空気感が似ている気がしたのかもしれない。 江國香織さんの小説を読んでどんな話だったか聞かれたら答えるのが難しいことが多いけど、これもなかなか難しかった。
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