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傲慢な援助 の商品レビュー

4.3

17件のお客様レビュー

  1. 5つ

    7

  2. 4つ

    5

  3. 3つ

    1

  4. 2つ

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2021/05/31

貧困支援を、支援額のような世間へのPRを主眼としたインプット情報で見るのではなく、科学的根拠を添えたアウトカムで見るべきで、そのためにもプランナーではなくてサーチャーに実行を任せるべきという論を展開する本。 詳細は下記。 https://note.com/t06901ky/n/...

貧困支援を、支援額のような世間へのPRを主眼としたインプット情報で見るのではなく、科学的根拠を添えたアウトカムで見るべきで、そのためにもプランナーではなくてサーチャーに実行を任せるべきという論を展開する本。 詳細は下記。 https://note.com/t06901ky/n/n2570c2880c7f

Posted byブクログ

2021/02/12
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

SDGsなど援助機関の掲げる目標それ自体は素晴らしい。だが実施にあたってはまずプランありきで現地の実態に合わないことも多く、しかも失敗から学ぶどころか、ひたすら同じことを繰り返す。民間企業ならばまずは自分たちのサービスを定着するためマーケットを分析して失敗すればアプローチを変えていくのに、と官僚主義的な援助への痛烈な批判は耳が痛いが的は射ていると思う。また日本をはじめいくつかの開発に成功した国のキーが何かだったのかをさまざまな角度で考察している。良くも悪くも政治の力の大きさを痛感する。

Posted byブクログ

2019/07/19

傲慢な援助。ウィリアム・イースタリー先生の著書。貧困国、貧困状態にある貧しい人たちへの援助は正しいやり方でしないと何の問題解決にもつながらないし、自分勝手で自己中心的な傲慢な自己満足、傲慢な援助にしかならない。せっかくの援助が、単なる傲慢な自己満足、傲慢な援助に終わらないためにす...

傲慢な援助。ウィリアム・イースタリー先生の著書。貧困国、貧困状態にある貧しい人たちへの援助は正しいやり方でしないと何の問題解決にもつながらないし、自分勝手で自己中心的な傲慢な自己満足、傲慢な援助にしかならない。せっかくの援助が、単なる傲慢な自己満足、傲慢な援助に終わらないためにするべきことをきちんとしないと。

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2019/01/20
  • ネタバレ

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貧困には二つの悲劇が存在する.①人々を苦しめる貧困そのもの.②莫大な援助が行われてきたのに①が解決されないこと.そして②には現場を知らない先進国の「プランナー」の傲慢さがあると指摘する. 本著では途上国への援助に携わる人を「プランナー」か「リサーチャー」に分けている ②の悲劇は主にプランナーが生み出している.本著のタイトルは「先進国である我々が手をかけてあげなければ途上国は貧しいままだ」「援助こそ貧困からの脱却に必要なものである」といった援助に対する考え方を痛烈に批判する. 一方リサーチャーは「何をすれば現場現実の人々の諸問題が解決されるか」にフォーカスする.そのために現地の人々を動かす経済的インセンティブをベースに効果的な援助方法を設計・実行してその責任も担う.プランナーが気にする援助額の多寡や聞こえのいい国際的なスピーチは蚊帳の外である. 「プランナー」の傲慢さの背景には官僚主義的発想,人種的優越性的思想,インプットのみを考えてアウトカムを顧みない姿勢,彼ら自身のインセンティブ(国際的な場でのポジショニングなど)と実問題の解決との乖離などが垣間見える. 「ブラックスワン」「反脆弱性」から言葉を借りれば”フラジリスタ”がまさに「プランナー」と合致する. ある国のマラリアの伝染病を防ぐべく,蚊帳を国中に配った話がわかりやすくて印象的であった. ・プランナーは膨大な費用をかけて国中に蚊帳を配った.蚊帳はヤミ市場に出回り漁網や花嫁のヴェールとして使われ,本来の目的で使われなかった. ・リサーチャーは現地の診療所に格安で蚊帳を売らせた.その売り上げは現地の病院にとってもメリットになるので販売が滞ることなく,格安なため現地の人に行き渡るのも時間の問題だった.また,マラリアにかかりやすい幼い子供や妊婦にダイレクトに蚊帳が届けることができた. さらに経済的に余裕がある地域には蚊帳の販売価格を少し高めに設定することで,そこから生じる利益をさらなる蚊帳の調達に使った. ある問題に対して インプットでものを見る(プランナー) アウトカムでものを見る(リサーチャー) という視点は実生活のあらゆる場面で有用だろう. 正直全部は読んでいない,やたら長い名前のついた国際的な組織,開発国,地域,時代,人物名など想起に体力を要する言葉の密度が濃いので,今の自分がそれをしっかり読むにはそれなりの時間が必要だと感じる.

Posted byブクログ

2014/05/22

元世銀エコノミストによる開発援助に関する一般書。著者は、従来の各国政府や世銀、IMF等による援助は「白人の責務(THE WHITE MAN'S BURDEN)」に基づいた的を射ないものであったとして糾弾し、現地、当事者の実情を伴わない華やかなプランの策定に傾倒することを...

元世銀エコノミストによる開発援助に関する一般書。著者は、従来の各国政府や世銀、IMF等による援助は「白人の責務(THE WHITE MAN'S BURDEN)」に基づいた的を射ないものであったとして糾弾し、現地、当事者の実情を伴わない華やかなプランの策定に傾倒することを止め、当該途上国へ精通したアクターによる、より個別具体的な「役に立つ」援助を推進すべきと説いた。 一般にサックス批判として捉えられている(実際に本文で幾度も言及されている)が、二人の主張を単に対立軸で眺めるのではなく、関連性や相補関係にも考えを巡らせると、一歩進んだ解釈ができるのではないかと思う。

Posted byブクログ

2012/10/31
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第4章 プランナーと悪漢 9. 悪い政府に対処する →ドナーは悪い政府に対して無策。結果として、悪い政府・腐敗の進んだ国に多く援助。問題は認識されつつも具体策なし。 15. 国民に力を →世銀やIMFはNGO/慈善団体を通じ、市民の声を吸い上げ、経済政策の企画面に反映させることを目指している。しかし、まだ力不足。 16. 腹話術 →プランナーたちは、融資条件と国家主権の間で板挟み。結果は、被援助国政府がプランナーに迎合する"腹話術"状態。 20. 国連と悪漢 →悪い政府への対応のまずさという点では、国連もIMF・世銀に負けず劣らずである。 21. 悪い政府を選別する →米国のミレニアム。チャレンジ公社は、民主主義、国民へ投資していること、腐敗のないこと、市場への政府介入のないことなと一定の基準を満たした国のみに援助を与える。でも、部外者に政府の良し悪しが分かるのか 22. 再チャレンジ 援助機関は、援助では悪い政府を良い政府に変えることに成功してない。援助機関側は援助資金のフローを確保するために、悪い政府でもいいから金を出す先が必要。

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2012/10/07

「人はインセンティブに反応する」という基本原則に沿った論になっている。過去の援助について、明解に失敗の原因を分析している。さらにMDGsもその延長線上にあるとし、そのディレクターでもあるサックスを批判しているが、これも説得力がある。MDGsを批判的、客観的に見るためにも有用。共同...

「人はインセンティブに反応する」という基本原則に沿った論になっている。過去の援助について、明解に失敗の原因を分析している。さらにMDGsもその延長線上にあるとし、そのディレクターでもあるサックスを批判しているが、これも説得力がある。MDGsを批判的、客観的に見るためにも有用。共同責任から各々特化した個別課題について責任を持てば成果も上がりやすい、そのようなサーチャーが援助の主役になるべきなのはごもっともだけど、そのサーチャーにどう資金を分配するかはプランナーが決めるしかないんじゃないかと思う。 サーチャーとプランナー、これプロフェッショナルとジェネラリストの議論よね。ジェネラリストがG8とかで、プロフェッショナルが援助機関やNGOや途上国各省庁だとすると、WHOなんかの国連の援助機関がジェネラリストとプロフェッショナルをつなぐ役割をすべきなのかね。半ジェネ、半プロというか。もちろんプロのプレイヤーとしての役割は果たしつつ。 後半には、欧米の植民地政策、冷戦における介入が、どれだけ途上国の経済に悪影響を与えてきたのかという分析もされていて、読み応えがある。痛いところを突いてるなーという印象。 これまで読んだ国際協力関連の本の中でも、かなり重要度の高い本。(細越)

Posted byブクログ

2012/08/07

貧困問題についての本。内容はタイトルから想像出来る。ジェフリーサックスの意見に真っ向から対立している。個人的にはイースタリーの意見に納得した。訳が少し固いが、内容は素晴らしく読みやすい本でした。

Posted byブクログ

2012/06/27

「人はインセンティブに反応する」という基本原則に沿った論になっている。過去の援助について、明解に失敗の原因を分析している。さらにMDGsもその延長線上にあるとし、そのディレクターでもあるサックスを批判しているが、これも説得力がある。MDGsを批判的、客観的に見るためにも有用。共同...

「人はインセンティブに反応する」という基本原則に沿った論になっている。過去の援助について、明解に失敗の原因を分析している。さらにMDGsもその延長線上にあるとし、そのディレクターでもあるサックスを批判しているが、これも説得力がある。MDGsを批判的、客観的に見るためにも有用。共同責任から各々特化した個別課題について責任を持てば成果も上がりやすい、そのようなサーチャーが援助の主役になるべきなのはごもっともだけど、そのサーチャーにどう資金を分配するかはプランナーが決めるしかないんじゃないかと思う。 サーチャーとプランナー、これプロフェッショナルとジェネラリストの議論よね。ジェネラリストがG8とかで、プロフェッショナルが援助機関やNGOや途上国各省庁だとすると、WHOなんかの国連の援助機関がジェネラリストとプロフェッショナルをつなぐ役割をすべきなのかね。半ジェネ、半プロというか。もちろんプロのプレイヤーとしての役割は果たしつつ。 後半には、欧米の植民地政策、冷戦における介入が、どれだけ途上国の経済に悪影響を与えてきたのかという分析もされていて、読み応えがある。痛いところを突いてるなーという印象。 これまで読んだ国際協力関連の本の中でも、かなり重要度の高い本。

Posted byブクログ

2012/01/26
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

 本書全体を通じて、プランナーとサーチャーという立場が比較軸として語られる。  プランナーとは、援助対象から離れた場所で、大所高所に立ち、課題の理想的な解決が可能だと考えている援助者のこと。サーチャーとは、援助対象のすぐそばにいて、全ての課題を解決することは不可能だが、今よりも少しだけ物事を良くするためには何をすれば良いかが分かっている援助者を指している。  ちなみに、国連や世界銀行、先進国からの援助などは大部分がプランナーに属する。  なぜこのような比較軸が成立するのか。それは、プランナーによる援助が、ほとんど事態改善の役に立たないという悲しい現実があるからなのだ。  プランナーからの援助は、非常に大規模だ。何百億円、何千億円という規模で、ポンポンと援助がなされる。数ドルあればワクチンが打てて多くの命が救えるというのであれば、これだけの規模の援助があれば何億人の命が救われたのだろうと思うかもしれないが、そう上手くはいっていない。そこに行き渡るまでの間に、援助金・物資がどこかに消えてしまうのだ。  しかし、プランナーたちの多くは、援助効果の評価を行わない。ただ、多額の援助を行った時点で満足してしまう。この背景には、援助を実施するのが政府、ひいては議員であり、有権者にアピールできるのは、援助の成果ではなく援助をする行為自体だという現実がある。  実際に多くの命を救っている援助者の多くは、サーチャーだ。  例えば一人当たり1,500ドルのエイズ薬でわずかの人を延命する代わりに、コンドームを大量に配ることでエイズを予防する。学校でご飯を食べられるようにすることで、子どもたちの命を救うと共に将来の人材を育てる。女子トイレの個室を作ることで就学率を高める。  そんな、現地から遠く離れた場所では思いつかない様な、現地の事情に合わせた小さな対応を積み重ねることで、前よりも確実に良い状況を生み出しているのだ。  ではなぜ、この様な非効率なプランナー・アプローチは無くならないのだろう。それには、本書の原題である「THE WHITE MAN'S BURDEN(白人の責務)」という考え方が、影響を及ぼしているように見える。つまり、現地の人々は遅れていて、自分で課題を解決することはできないから、外から正しい解決策を与えてあげよう、という姿勢があるのだ。  しかし、プランナーは認めたがらないし、評価をしていないから認識もしていないのだが、現実にはそんなことはない。むしろ、プランナーたちが支援したことで泥沼の政治状況に陥ったケースが多くあることは、歴史が証明している。多くの場合、外圧では物事はよくはならないのだ。自分たちで試行錯誤して、解決策を見出していかなければならない。  それでは支援には意味がないのか。そんなことはない。現地の人々は、何もない中で現状をよりよくするための努力をしている。そんな人たちに資金・資材を提供することはできるのだ。そうすれば、改善のスピードはぐんと増していくはずだ。  本書は四部構成であり、プランナーの失敗事例、プランナーとサーチャーの比較、植民地政策と現代の支援の類似性、今後のあり方、を見ていく構成になっている。  第一部の英語訳が日本語になり切っていないところや、似たような議論が繰り返される部分もあり、なかなかに読みづらい気がするけれど、示唆される内容は、対外的な援助に留まらず、震災などの被災地援助にも共通して言えることではないかと思う。

Posted byブクログ