原始日本語のおもかげ の商品レビュー
自分に関心のある部分が少なかったけど 『古事記』や『万葉集』の頃の言葉から 今に残っているものへとつなげる 取り上げ方が、おもしろい。 「フミ切り、値ブミ」の章が興味深かった。 そういえば何の疑問もなく使ってたが 鉄道が日本に伝わったときに 当時の人が考えた言葉だったのね。
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漢字が日本に伝来する以前から存在し、今も残っている言葉を取り上げ、思うままに述べたエッセイ。学術本ではないが、主に古代の使用例を豊富に取り上げ、それらの言葉がいかに重層的なものかを示して見せた。ちょっと読みづらい文章だが、そのうちに慣れてくる。 タケ(キノコ)、ナベ・カユ、ツクシ...
漢字が日本に伝来する以前から存在し、今も残っている言葉を取り上げ、思うままに述べたエッセイ。学術本ではないが、主に古代の使用例を豊富に取り上げ、それらの言葉がいかに重層的なものかを示して見せた。ちょっと読みづらい文章だが、そのうちに慣れてくる。 タケ(キノコ)、ナベ・カユ、ツクシ・ホウシコ、コダマ・山ビコ、人とナル・風にナル、サメザメと泣く、アソブ、カシをかえる、タカラークジ、マクラ、タスキとソデ、ハダシとクツ、フミ切り・値ブミ、明日をヨム ふむ、確かに「クラ」というのは神の憑代だし、タスキは駅伝などに使われるけど、元々はやはり神の憑代だったんだね。タスキを掛けた埴輪があったなんて。いやあ、日本語というのは深い。
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体力を相当使う本。そんなに長くはないはずなのに。久しぶりに一冊に集中出来ず、読むのに間を空けながら2週間くらいかかった。 一つ一つの話は面白かった。全体にまとまりが無くて、「この言葉について調べました。次はこの言葉です」って感じ。自分の知識の習得度合とか、前に進んでる感じが全然...
体力を相当使う本。そんなに長くはないはずなのに。久しぶりに一冊に集中出来ず、読むのに間を空けながら2週間くらいかかった。 一つ一つの話は面白かった。全体にまとまりが無くて、「この言葉について調べました。次はこの言葉です」って感じ。自分の知識の習得度合とか、前に進んでる感じが全然得られないのがしんどかった。雑学を無限に積み重ねられているような。門外漢だからだろうな。 だけど、へえ、なるほど、と思う記述も多くて面白かった。 タイトルから言語学を想像していたけれど、どちらかというと歴史学なのかも。
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著者の最初の新書ということもあり、小ネタ集的な入門書になっている。以下、面白かった処をメモ。 ・ムラも共同体としての本来の言葉が、「年越し派遣村」という言葉として蘇った。昔のコエが今に生き続けることがある。 ・茸方言分布地図(『日本方言大辞典』小学館昭和30年代の調査)。キノコ(...
著者の最初の新書ということもあり、小ネタ集的な入門書になっている。以下、面白かった処をメモ。 ・ムラも共同体としての本来の言葉が、「年越し派遣村」という言葉として蘇った。昔のコエが今に生き続けることがある。 ・茸方言分布地図(『日本方言大辞典』小学館昭和30年代の調査)。キノコ(東日本)、コケ(越の国の範囲)、タケ(吉備国の範囲山陰含む)、ナバ(九州・四国・西中国)で分かれている。 ・この世のあらゆる現象の、その転々するままを表現する動詞が「ナル」である。(略)ナルは、日本語を話したり書いたりすれば、半ば無意識のうちに頻繁に使っている。日本語の根幹を為す動詞の一つである。それゆえにまた、「ナったことは仕方ない」とばかりに「ナリ行き」に任せて責任をぼかし、諦めの早い国民性のもとになっていると思われる。 ・「したたる塩、つもりて嶋と成る」といったナルなら、現代の語感と何ら違和はないが、「高天原に成る神」等の「神がナル」という言い方は、今は言わない。「風になる・母となる・顔が赤くなる」といったト・ニ等の助辞や形容詞による補語をとる言い方でないものは、現代語では「柿の実がなる」などの場合に限られ、神や人や鳥獣が(この世に)ナルとは言わない。 ・アリとナルの用法は交錯してもいる。現代語でも「こうナリたい」と「こうアリたい」とは、ほぼ同義語であるが、「ナリたい」が時間軸上でなりゆく先を希求するのに対して、「アリたい」は、あくまで今の状態に沿った希求を言う。アラゆるものは、またナッたもの、ナリ行くものである。 ・(松尾芭蕉の言では)「おのずとナル」句の方が、「みずからスル」句よりも上位であるとの説。(略)人の意図的な作為(スルこと)など、千変万化する(ナリゆく)造化の営みに比べれば何ほどのものでも無いと断言している。 ・ことほどさように、古来「ナル」に対する否定的な文言は、あまり見出すことが出来ない。もとより「ナル」とは、抗えず否定出来ないこの世の万象の現実である。 ←もとより、これらの文章は丸山真男の論文を踏まえているのは明らか。むしろ、何処かの部分で違いが無いかを探して見たくナル文章である。
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今でも使う日本語のルーツを探る本。 なぜ、キノコはタケと呼ばれるのか、鍋はいつから使われているのか等、身近な言葉を、昔の文献から調べ、いつからどのように使われていたのかを章別に書いた本。
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この本の帯に、「~~(略)列島にひびいていた文字以前からの声と文化を語りだす」と書かれているのですが、そんな、文字以前の「音」だけだった言葉に焦点をあてて日本語を解き明かしていくんだっていう本というわけでは…、章によってはあるんだけれど、一冊読んだ感じですと、常にそうだっていう本...
この本の帯に、「~~(略)列島にひびいていた文字以前からの声と文化を語りだす」と書かれているのですが、そんな、文字以前の「音」だけだった言葉に焦点をあてて日本語を解き明かしていくんだっていう本というわけでは…、章によってはあるんだけれど、一冊読んだ感じですと、常にそうだっていう本では無かったかなぁ。とまれ、14の章でとりあげられている、おおまかに言えば14の言葉の語源、成り立ちを、古い所では記紀、万葉集などを引きながら説明してくれています。その思考の筋道、論理、発想、拠り所となっている知識などには、読者として触れることができて良い経験になりました。読んでいて、そんな簡単な結びつけ方で良いものなの?と思ってしまうところもあるのですが、大体のところで、思考法の深さといいますか、熟慮加減を、さらっと語られていながらも読むことでなぞることができるのです。多大な知識を吸収し、勉強を重ねて消化してこそ得られる視点、思考法なのだろうなとため息が漏れます。専門用語を使っていなくても、この著者は専門家だなぁと読んでみて了然です。ただやっぱり、語源として、音だけだった言葉の時代から、それに文字が当てられて日本語になった形跡を感じることができるのです。たとえば、「タスキ」という言葉は、タが手(た)で、スキは梳く(すく)などの動詞が元になって出来た言葉ではないかと推理されています。本にはもっと詳しく書かれていますからね。それで、そのタにしても、スクにしても、文字以前にそうやって音で表現されていたんだろうなぁと想像力が働いたりします。もう一つ引用すると、「おかゆ」すなわち「粥(かゆ)」は、「か」と「ゆ」に分けられます。「か」とは、食をさす古い音で、本の中に古語の例がいろいろとあげられています。「ゆ」はいわずもがな、「湯」なんですねぇ。合わせて「かゆ」という言葉になっていて、その昔は、お米を湯で煮てとろとろにした食べ物だけをさすのではなく、湯で煮た食べ物はみんな「かゆ」と言っていたらしいです。 とまぁ、ここまで読んでもらって興味を持たれた方は一読の価値はありましょう。ちなみにこの本は、坂本龍一さんが推薦していたものだったと思います。古文に疎いと読むのがけっこう大変なところもあります。文字以前の日本語ってものを種子として、今の日本語はできあがっているんだなぁ、 原始の日本語はまるで姿を変えてしまっているわけじゃないんだなぁという事がわかる、言葉から感じる壮大な歴史ロマンだったりもしましたよ。
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[ 内容 ] 茸がどうして「~タケ」なのか? 次の飲み屋に向かうとき、かえるのはなぜ「カシ」なのか? 身近な言葉の来歴をさぐってゆくと、文字以前、列島上に、まだ声としてだけ響いていたころからの言葉と文化のすがたが浮かびあがる。 [ 目次 ] タケ(キノコ)にあたる ナベでカユを...
[ 内容 ] 茸がどうして「~タケ」なのか? 次の飲み屋に向かうとき、かえるのはなぜ「カシ」なのか? 身近な言葉の来歴をさぐってゆくと、文字以前、列島上に、まだ声としてだけ響いていたころからの言葉と文化のすがたが浮かびあがる。 [ 目次 ] タケ(キノコ)にあたる ナベでカユをたく ツクシ・ホウシコ コダマ・山ビコ 人とナル、風にナル サメザメと泣く 熱くアソブ カシをかえる タカラ‐クジ マクラというクラ タスキとソデ ハダシとクツ フミ切り、値ブミ 明日をヨム [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]
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