ヨーガンレールとババグーリを探しにいく の商品レビュー
ものづくりをやる上で、自分が何を大事にしたいのか、彼のものづくりへのこだわりを拝見しながら改めて考えさせられた。地球にやさしいものづくりをしようと改めて整理できた。
Posted by
丁寧な暮らしに憧れて清澄のババグーリに行く 身の回りを揃えるだけでも財力がいるようで、今は本で擬似体験
Posted by
お友達が貸してくれた本。 「自然が作り出す物に与えられた時間を停止させない。」 手仕事、民藝とか、日本外国などのくくりにとらわれず、「土に還るもの」という揺るぎない意志に正直に、感覚を研ぎ澄ませていたヨーガンレールさん。自然にはかなわない、というある種の諦観を持ちながら、それでも...
お友達が貸してくれた本。 「自然が作り出す物に与えられた時間を停止させない。」 手仕事、民藝とか、日本外国などのくくりにとらわれず、「土に還るもの」という揺るぎない意志に正直に、感覚を研ぎ澄ませていたヨーガンレールさん。自然にはかなわない、というある種の諦観を持ちながら、それでも人工のものを作って行くという矛盾。 「世界中が強すぎてうるさくて仕方がない。」 漆塗の赤木明登さんの文章にとても共感した。 久しぶりに東京に帰ったときの疲労感。それは自分が欲しいもの以外のものが、我先にとぐいぐい私の中に入ってくる感覚だ。久しぶりに新宿の街を歩いていて、その情報量の多さに眩暈がした。見渡した視界には、景色以上に情報が溢れている。耳にも入り込んでくる音たち。こっちを見て。こっちに来て。これを買って。五感のどれかをシャットダウンさせないと、息苦しくなった。東京に住んでいたときには感じたことのなかった感覚は、鳥取の静かな自然と共にある生活が日常化してきた証拠だろうか。 自然に対して、そこまで強いこだわりは持っていなかったけれど、「循環する」「土に還る」という観点を前より少し意識してみようと思った。ババグーリの南部鉄の蚊遣りは今年の夏に向けて是非手に入れたい。 —————————————————— 巷は物にあふれかえっている。あふれかえりながら、物は「我ここにあり」と主張している。その強さがザラザラと僕の琴線に触るのだ。 ———世界中が強すぎてうるさくて仕方がない。そんな人工物の強度を支えているのは、全く自然と対照的な要素だということがわかる。輪郭線を明確に切り取ったような形、荒々しさと言っていいほどの細部の単調さ。そして、何とも気味の悪い時間の停止した感じ。そう人工とは、時間の流れを停止させ、変化をとどめ、ひとつの物に与えられた意味を貫徹することなのだ。 —————————————— 「土に還らないような物は作りたくない」と、何度もヨーガンレールの口から聞いた。 それは、自然が作り出す物に与えられた時間を停止させないという明確な意志にも聞こえる。すべての植物は、光を求めて上昇する意志を有している。ポジティブに求め続けることは、やがて訪れる終焉をも受け入れること、そして限りのない循環の輪の中に入り込むことだ。衣服となる布にしろ、食事に用いる器にしろ、今僕たちが作るべき物があるとしたら、そういう物だろう。
Posted by
カテゴリを服飾にしようかとも思ったけれど、やはりアートのほうがふさわしい。 美しいものを探す姿勢は見習いたい。
Posted by
図書館で借りてみた本で、ざっと読んだ。日頃なじみのある民藝とはちょっと異なるスタンスと思うけど、共感できる部分がとても多い。今の時代、手仕事は本当に貴重で大事だと改めて感じる。
Posted by
ヨーガンレールのお店で紹介されている作品の背景が、 きれいな写真と丁寧な言葉で紹介されています。 ものが出来ていく工程や、そのものが選ばれた背景が気になる人にお勧めです。
Posted by
インドは魅力ある地なのだが、お腹の弱い私が行っても楽しめないで終わるだろう。本を読んで、ヨーガンレールと旅をした気分を味わうことにした。ヨーガンレールの作品、欲しいけど高価過ぎて手が出せない...。誰かプレゼントしておくれ。
Posted by
やはり、赤木氏の部分が一番読みやすかったし、一番心に来る。 他の本で目にしているから贔屓目に見すぎてるのかも?! p15日本はどんどん古いものを壊して新しく立て直す。ヨーロッパでは古い建物を補修して使い続ける。インドは古いものはそのまま、ただものを足している。いいのか悪いのか。...
やはり、赤木氏の部分が一番読みやすかったし、一番心に来る。 他の本で目にしているから贔屓目に見すぎてるのかも?! p15日本はどんどん古いものを壊して新しく立て直す。ヨーロッパでは古い建物を補修して使い続ける。インドは古いものはそのまま、ただものを足している。いいのか悪いのか。運に任せている。 p25いまは日本ではできない技術がある。ごく薄い生地で複雑な綴れ織り。細かい作業を長時間続ける必要があり、この場所にしかそういう忍耐力のある人がいない。 適正な価格で、継続的に仕事を依頼する。その信頼関係で現地の技術が保たれ、必要な生地がもらえる。良い循環。 現地に行く人。工程を見る人。美しい民族衣装。 「困る」「いやだ」自分のよしにとことん忠実な人。 岩肌・山脈・壁のペンキ。自然がヨーガンをコピーしている?!のではなく自然をしっかり見て、とりこみまったく違った形で自然を再現してみせる。 種、石を拾う人。ヨーガンの目の記憶のコレクションは驚くほど繊細。 南部鉄瓶。宮氏「きれいなオフィスでPCの前で仕事したいのでは?」「そんなのは一番つまらない仕事ですよ」・・・たしかにそうだ。誰かと関わったり、何かが実際に発展している光景が実感できるところでないと楽しくはない。 貴重になった手仕事のものばかり集めているお店。石を台とするテーブル。行きたい。 p166金沢・倉敷などでも、観光用特別に遺されたところをのぞいて、普通の人たちが住んでいる家は、日本全国、北から南まで画一化されたプレハブばかり。車窓から眺める楽しみはなくなった。・・・たしかに、実際の生活に根付いてないと面白くないよなー。作られた伝統なんて文化ではない。旅行者としては現在のその土地らしさを見たいわけだから。 p184安藤氏 日本人が唐物だの高麗物だと珍重してきた文脈と違いもっと大らかで自由な目でアジアを見つめている。 p216赤木氏 「私の作った森よりも、天然の森のほうがもっともっと美しい」と少し嘆く。自然の流れのもの余計なものが一切ない。人工物はなぜもっと完璧にならないのか。どこから機械で作ったような不自然さが現れてくるのだろう。 自然物と人工物。物は我ここにありと主張し、人目に触れようと競い合っている。町並みも、インテリアもコンビに棚みたいに。 自然物細部に迫るほど微細な美しさが限りなく現れいきわたっている。 自分にとっても不幸は自分の作ったものが商品として世界に流通せざるを得ないこと。成熟した商品は道具として生まれた位置へ帰っていく人工の森のような新しい場所。 ・・・・あぁ自然な人になりたい!と思った。全てが自然体な人になりたい。それはすべてが、いやみでなく、リラックスして、ダサくなく、違和感なく、すごく素敵な人なんだろうなぁ。
Posted by
- 1