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ぼくを創るすべての要素のほんの一部 の商品レビュー

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2018/07/08
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どんな家業にせよ、二代目というのはとかく葛藤の多いものだ。親がすぐれておればプレッシャーがかかる。逆に昨今の二世議員のように、悪癖の因習を行えば、親以上に憎まれたりもする。『ぼくを創るすべての要素のほんの一部』……この長い長い邦題を持つ長い長い物語も、そんな父子の葛藤を扱っている。ただし引き継がれているのは家業ではなく、性格と、思索し、それを書きつけることへのこだわりだ。 父の名はマーティン。幼い頃、病気で四年余に亘る昏睡状態に陥った彼は、母親が読み聞かせる数多の本に睡眠学習を施され、該博な知識を得て目覚める。だが彼の存在は、カリスマ的悪党である弟テリーの華やぎの前には格段に影が薄かった。弟への嫉妬と劣等感に苛まれつつ、自らの知性に恃むところも大きいマーティン。彼は計らずも設けることになった一人息子・ジャスパーを、徹底的に自分の影響下で育てようと目論む。成長したジャスパーはこれに反発。互いに根深い近親憎悪を抱きながらも隔絶されることはない父子に、様々な珍妙な人間関係が絡み、壮大にして卑小な物語が綴られていく。 そしてすべては終盤に現れる、ある仏陀的人物の掌の上の出来事だった……と見せかけて、物語はその掌の上をさえするりと滑りぬける。ラストでジャスパーの長年の葛藤を和めるひとつの「気づき」は、考えてみれば至極当たり前のことだ。しかし、偏屈で、やることなすこと裏目に出る父親の遺伝子に呪縛されている……という強迫観念の中で生きてきた者にとり、これに勝る救いはないだろう。 主人公父子が行動より思索が得意であるだけに、数々の文学作品や哲学書からの引用、それに関する知的な(時にはおちょくった)考察、時間差で「なるほど」とわかる暗喩や皮肉な言い回しなど、言葉の豊かさ、楽しさにたくさん出会えるのも醍醐味だ。ジャスパーの回顧録にマーティンの手記や遺稿が挟み込まれ、息子と父の視点と声とが螺旋を成して響き合う物語。己を表現し、また遺す為に、書くという行為に二代に亘って依存する様を愛情深く揶揄するふうでもある。登場人物たちの奇矯なふるまいがきわめて特異であるために小説として面白く、それでいて彼らの関係性が実にありふれた親子兄弟のそれであるために、読む者の共感を呼ぶ話でもある。

Posted byブクログ

2011/04/20

厭世的ででとち狂った父親をめぐる鼻持ちならない愛すべき惨めな物語。でも笑える。「惨め過ぎて逆に笑える」とか「笑える惨めさ」とかじゃない。惨め、で、同時に笑える。唐辛子せんべいみたいな。しょっぱくて辛くてうまい、みたいな。違うか。 この例えは盛大に失敗した気がするけど、とにかくすご...

厭世的ででとち狂った父親をめぐる鼻持ちならない愛すべき惨めな物語。でも笑える。「惨め過ぎて逆に笑える」とか「笑える惨めさ」とかじゃない。惨め、で、同時に笑える。唐辛子せんべいみたいな。しょっぱくて辛くてうまい、みたいな。違うか。 この例えは盛大に失敗した気がするけど、とにかくすごく面白かった。荒唐無稽で繊細。 伝説的な犯罪者として英雄扱いされる弟(叔父・テリー)と対照的に国中一の嫌われ者になってしまう兄(父・マーティン)。弟の伝説的な行動に多大な影響を与えたのは自分であるはずなのに、常に弟の陰として扱われ、たまに脚光をあびるとしてもそれは英雄の兄だから、という理由でのみ。 本当は自分自身が認められたくて仕方ないのに、それがかなわないものだから偏執狂的な妄想だけが肥大して、おかしなプロジェクトに次から次へと手をつける。結果やることなすこと裏目に出て、結局のところ世間から嫌われ続ける。 で、その父親の息子であることいやでいやで仕方ないのに、結局は父親の意思を完璧に理解できるほどに思考が似通ってしまう息子(ジャスパー)。 ストーリは少々強引な展開だけど、それを逆に楽しみに変えてくれるユーモアと緻密な想像力に溢れてる。 でも、なんだかんだで最終的にはいかれた愛の物語だ。

Posted byブクログ

2011/02/18

父ちゃんは国で一番の嫌われ者で、叔父さんは大英雄、んで母さんには会ったことも無いっていう主人公が、自由を奪われて牢獄に入れらるまでのあれやこれやの物語。ろくでもない出来事とろくでもない人物に取り巻かれて、くそったれで最低な挿話が満載なんだけど、どこをどう切り取っても大きな愛とユー...

父ちゃんは国で一番の嫌われ者で、叔父さんは大英雄、んで母さんには会ったことも無いっていう主人公が、自由を奪われて牢獄に入れらるまでのあれやこれやの物語。ろくでもない出来事とろくでもない人物に取り巻かれて、くそったれで最低な挿話が満載なんだけど、どこをどう切り取っても大きな愛とユーモアに溢れてる。不器用でねじ曲がっているからこそ、どこまでも真実で強く深い愛、そして最低な世界を愛するためのユーモアと狂気。 父ちゃんと叔父さんの子供時代から始まって、主人公が大人になるまで、内面とかも含めてめちゃくちゃ緻密に描かれてるので、ディケンズとかアーヴィングとかの大作を読んでる感じになる。 そこにちょっとしたフックとして彩りを与えてるのが、プロジェクトと呼ばれる父ちゃんの馬鹿げた思いつきなんだけど、目安箱を作って街をみんなの好き放題にしたり、巨大な迷路の中に家を建てたり、国中の人を億万長者にしたりと、極めて風変わりなので、あっと驚く急展開も含めて、全く飽きることなく読み切れちゃう。 フレームストーリーとかの叙述テクニックも多彩だし。 でも挿話とかテクニックとかよりも全体を貫く深い愛にやっぱし打ちのめされるし、どうしたって泣けてしまうのだ。

Posted byブクログ

2010/12/05
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『ぼくを創るすべての要素のほんの一部』は、オーストラリア出身の作家スティーブ・トルツのデビュー作にしてブッカー賞、ガーディアン賞最終候補作。はっきりいって21世紀に書かれた世界文学の中では一番すごいというか、現代文学好きなら読む価値あると思うおすすめの一冊。 高橋源一郎が推薦文を寄せている小説って、たいてい難解すぎ、前衛すぎで面白くないんだけど(笑)、これは例外的に面白い。面白くかつ哲学的というか文学的というか、ああ世界文学好きでよかったなと思える重量級の小説。ピンチョン、リチャード・パワーズ好きなら必須。かつピンチョンやパワーズより面白いし。文学の価値はネット化する情報社会の中で相対的に下がる一方だけど、これならありかなというかまだまだ存続意義あるなと思える小説。 息子が反社会的な父親から教育を受ける。この構図は、パワーズの『囚人のジレンマ』とそっくり。最初のうちは『囚人のジレンマ』のパクリじゃないかと思えるんだけど、『囚人のジレンマ』より面白いから、こっちの方がパワーズよりすごいんじゃないかと思えてくる、この重量級でデビュー作だし。というわけで、作品中より名文、名言を引用します。 『哀れなるかな、われら反抗者の子どもたち。ほかのみんなと同じく、われわれにも父親にたてつく権利はある、みんなと同じく、心のなかで無政府主義者や革命が勃発している。だが、父親が反抗者である場合、どう反抗すればいい? 社会規範のなかへもどるのか。それはいただけない。もしぼくがそうしたら、いつか自分の息子がぼくに反抗して、結果的にぼくのとうさんになってしまう』(p.315) (父親が反社会的な無名の知識人である場合、息子はどう成長したらいいのかというアンチ教養小説的なお話) 『みんな疑問の余地のない天才ばかりだが、ただし、一定の種類の人間(彼ら自身)に対する狂信と賛美、ほかの種類の人間(彼ら以外の全員)に対する憂慮と嫌悪には辟易させられた。彼らときたら、万人への教育は”思考を崩壊させる”恐れがあるので中止すべきだと訴え、あらゆる手を尽くして自分たちの学問をほとんどの人に理解させないようにしたばかりか、絶えず薄情な発言をしていた』(p.324) (父親の言葉より。過去の知識人は大衆を無知なままにして、自分たちだけ知識を独占し、エリート性を保持していたという批判。ウィキリークスとかグーグルとかが、情報を開放してエリートによる社会の独占を現代の状況では、知識人なんてもう不要ですね) 『開けた世界に出られるような考えを抱くんだ、そのための唯一の方法は、正しいかまちがっているかわからない状態を楽しむこと、ルールを突きとめようとしないで人生のゲームをやることだ。生きかたの善し悪しを判断するのはやめろ、無意味さを楽しめ、殺人に幻滅を感じるな、断食するやつは生き残るが飢えに苦しむやつは死ぬことを肝に銘じろ、幻想が崩れても笑っていろ、そして何より大切なのは、この地獄のばかげた季節の一分一秒にいつも感謝を忘れないことだ』(p.568-569) (父親の弟テリーの言葉。テリーはギャングの英雄としてオーストラリアで伝説的存在になる。父親はテリーの日陰で鬱屈した人生。「この地獄のばかげた季節の一分一秒に~」というくだりは、文学オタクを萌えさせますな) ~ さて、唯一の問題は、分厚くて、めちゃくちゃ重いこと。電子書籍だったらデータで軽いのに。電子書籍が普及し始めた現代からすると、こんな分厚い本重たくて持っているだけで疲れると思える。この重さが好きな人もいるかもしれないけど、上下巻にわけるとかして欲しかった。重いからなかなか読み進められなかったけど、読んでよかったと思えた21世紀の小説。

Posted byブクログ