斜陽 の商品レビュー
超面白いやばい〜〜なんで今まで読まなかったんだろう 弟の遺書は読んでいて胸が痛くなった。ところどころ共感できて辛い。 ただ姉の恋愛エピソードには正直辟易した。キスしてきただけの奴になんでそこまで入れ込めるのかが分からない。ラブレターも怖いし、共感性羞恥を感じた。なんで上原があ...
超面白いやばい〜〜なんで今まで読まなかったんだろう 弟の遺書は読んでいて胸が痛くなった。ところどころ共感できて辛い。 ただ姉の恋愛エピソードには正直辟易した。キスしてきただけの奴になんでそこまで入れ込めるのかが分からない。ラブレターも怖いし、共感性羞恥を感じた。なんで上原があんなラブレターを書いたかず子を受け入れて、抱いたのかが分からない。適応能力高すぎでは?普通だったら怖がって近づかないでしょ。 かなり違和感が残った。納得できる解説があれば読みたい。 「戦闘開始」から始まる文は迫力があって良かった。 あとお母さんが聖女すぎて泣けた。親孝行しなきゃって思いました。お母さんいつもありがとう。
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感性を磨きたいと思って、昔の文学を読んでみようと思った。まず第一に思ったのはむずかちー!です。 でも、自分の知らない感情がたくさんあるんだなって思って、ワクワクしました。自分にまだまだ知らない感情がたくさんあることを知ると、今自分の知ってる世界はまだほんの一部なんだっておもって、これかの自分にワクワクします。 あとがきの部分に書いていたけど、太宰治の文章は自分の重ねた年によって感じ方がちがって、読むたびに毎回新しくて新鮮なんだって。 私は、上原さんが和子に行った言った惚れちゃった、のかっこよさが私には全くわかんなかったし、むしろあんまいい感情いだかなかったし、人間は恋と革命のために生まれてきたってすごい言葉だしロマンティックとは思うけど、意味は全然わかんない。うっすい感想しかでないけど、これが今の私なんです。ストレートな文章だけじゃなくて、文章の裏に隠れてるもの、に気づきたい。 これから人生を歩んで行って、いろんな感情を経験して、この言葉に寄り添えるようになるのかな。 和子が上原さんの赤ちゃん生みたいって文章みて、すんげえじゃん貴族で生まれてその言葉言えちゃうのか!って思ったし、直治は貴族の血から逃れたくてもがいていてでも結局逃れられなかったけど、本当の直治の求めてた不良の生き方をしているのはは和子なんじゃないってくらい、和子がたくましくて革命に生きてた。 直治の遺書の自分の人生には希望のベースがないって言ってたのもなんだか心に残ってる。希望のレースっていつできるものなの。昔と今は考え方が違うのかな。 私って知らないことたくさんなんだろなー 本当に人生って自由だし無限大だなあってこの本読んでも思ったんだよね、能天気だなわたし本当ー笑 あったかい本だけじゃなくて、こーゆー本もみて感性をみがきたいな、はぁ、わくわくしてきた 2023.8.27
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太宰ってたなあ。本当。太宰治の文章に触れるとなんかホッとする。図書館で借りたものなので、手元に置き続けれないのが残念。
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昔、文学と云うこと、という深夜番組があった。斜陽はその番組で見た印象がものすごく強い。ちゃんと読んだのは初めてで、とても好きな世界観だった。ヨルシカの斜陽を聴いた時の頭の中のイメージに深みが出たと思う。
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前半はずっとお母様との慎ましい暮らしの話だったので、上原さんのこと思い出して恋だ!革命だ!とか言い出したのは唐突に感じた。 ただ、恋って結構突発的だったりするのも納得ではある。私自身も中2で突発的に小学校の同級生に告白した気がする。いま思うと恥ずかしくて仕方ない。 彼女の恋のトリガーは何だったんだろうか。現実の辛さや思い通りにいかない歯がゆい気持ちが衝動的な思いに走らせたのだろうか。 恋焦がれて会えた上原さんは6年間の時を経て変わり果て、彼女の気持ちは冷めてしまった。しかし、性行為をすることになり彼の子供を身籠る。そしてその間弟が自殺。彼女の行動は全て裏目に出ている。生きることはままならない。
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2023.6.21 読了。 元華族であったかず子と母は貧困していく中、伊豆へと引っ越す“最後の貴族”であった母親は結核を患い亡くなってしまう。徴兵から帰還した弟・直治もまた酒や麻薬に溺れ自殺してしまう。そんな中でもかず子は直治の知り合いの既婚者の作家で奔放に生きる上原に恋をし、...
2023.6.21 読了。 元華族であったかず子と母は貧困していく中、伊豆へと引っ越す“最後の貴族”であった母親は結核を患い亡くなってしまう。徴兵から帰還した弟・直治もまた酒や麻薬に溺れ自殺してしまう。そんな中でもかず子は直治の知り合いの既婚者の作家で奔放に生きる上原に恋をし、彼の子どもを身ごもりひとり産む決意をする。 名作というものをほとんど読んだことがなく難しいと思い読まず嫌いをしていたが読んでみると感慨深く、読んでみて良かったと思った。 序盤はかず子も母親もどこか夢見がちで金銭感覚に疎い感じがしたし弟も自堕落な生活を送り続け、この一家は大丈夫なのだろうか?とほんの少しイライラとしたが、読み進めるうちに元華族であるプライドや時代の流れに翻弄され誰もが一生懸命苦しみながら生きているのだと思えてきた。 肉親を失くして、なお自分のひたむきな恋心に忠実に生き「人間とは恋と革命のために生まれてきた」とまで言うかず子の覚悟がかっこいいとまで感じるようになったし、直治の「人間は、自由に生きる権利を持っていると同様に、いつでも勝手に死ねる権利を持っている」という言葉は本当に生きることに苦しみ抜いて悩み、葛藤した者にしか言えない重い言葉だと思った。
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本書と再会するタイミングが良かったのか、気づいたら集中して読んでいた。1日で読み終わった。比較的明るい話の小説やビジネス書しか読んでいなかったので、対比で心に響いたこともあった。 今しがた読み終わったこの「斜陽」は、高3の夏に読んだ「人間失格」に味を占め、小説の楽しさに目覚めた勢いそのままに古本屋で買った文庫本の一つだった。10年以上前のあの頃、読んでも「なんか面白くない」と本の書き出しで挫折したっきり読んでいなかったけれど、引っ越しを3回経てもなぜか手元に残っていて、今10数年越しに読み終えることができた。 当時の自分には明らかに早すぎた小説だった。TVゲーム筆頭に強い刺激に毒されていた当時の私が、つまんねー書き出しだな!と感じたかず子と母の食事のシーンも、今は味わい深く美しい文章だと感じられる。晴れた日の太陽、窓から床に落ちる日差しとその周りの濃い陰影。風吹き騒めく葉擦れの音、カチャリと微かに鳴る食器。映画のように作り物っぽくない、そこにあるかのように描写され五感に訴えかけてくる文章表現が太宰治らしい。 また、言動こそ違えど、かず子や直治が心同じく母をいたわしく想う気持ち。染みついた生活感から長くは続けられぬと分かりつつ贅沢を続けるかず子と母。真っ当な貴族にも下品にもなれず遊び呆ける直治。など、昔は登場人物と言葉と状況くらいしか追えなかったが、関係性や文脈を押さえて読めるようになった今、私は登場人物達の生い立ちから来る絶望感や、次第に漂い始める不幸の匂いに心奪われようにしてページをめくっていた。 正直に書くと、人間失格よりまだ登場人物の心情が推し量れないところが多い。特に上原と再会した後のかず子の心情は錯乱状態と言えば簡単だけど、何が布石となってそれに至ったのか理解しかねる言動が多く、細かい因果まで読み解けなかった。時間が許す限り、最初に出した上原宛てのかず子の手紙あたりから読み直したいと思う。
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かずこの母の愛情が言葉だけではない愛情が染み染みと感じられました。女性と力強さと逞しさも 男より感じそれでも頼ってしまう人間の不条理さ もあるように思いました。伊豆の高台の情景描写が綺麗だった。
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登場人物は少ないと感じた理由は、それぞれの感情が滑らかに自分に沁みてきたからかな。 木枠の薄い窓からの西陽の光がベージュの部屋に差し込む雰囲気がずっと感じられた。 没落。受け入れる。草。貴族。酒。子。 どんどん成長する自分の子どもを大事にしたいと思った。
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太宰治(1909~48年)は、青森県北津軽郡金木村(現・五所川原市)生まれ、東京帝大文学部仏文科中退、小説家。左翼活動での挫折後、自殺未遂や薬物中毒を繰り返しつつ、第二次世界大戦前から戦後にかけて作品を次々に発表したが、38歳で愛人と心中した自己破滅型の私小説作家であった。代表作...
太宰治(1909~48年)は、青森県北津軽郡金木村(現・五所川原市)生まれ、東京帝大文学部仏文科中退、小説家。左翼活動での挫折後、自殺未遂や薬物中毒を繰り返しつつ、第二次世界大戦前から戦後にかけて作品を次々に発表したが、38歳で愛人と心中した自己破滅型の私小説作家であった。代表作は、本作品のほか、『走れメロス』、『人間失格』。 本作品は、太宰が自死する1年前の1947年7~10月に「新潮」に連載され、すぐさまベストセラーになり、また、戦後没落していく上流階級の人々を指す「斜陽族」という流行語を生み出した。 私は基本的には小説よりもノンフィクション(新書含む)を好むのだが、先日偶々40年振りに『人間失格』を読み、太宰のもう一つの代表作である本作品も読んでみた。 本作品は、(少なくとも表面的には)分かりやすい作品である。 主な登場人物は、元貴族令嬢のかず子(私)、元貴族夫人のかず子の母、かず子の弟の直治、小説家の上原二郎の4人。かず子の母は、「本物の貴族」として、その気品と美しさを保ったまま結核で亡くなっていき、直治は、元貴族であることから逃れるために、「貴族は嫌い」と言う上原と頽廃的な生活を送るが、俗人になりきることができずに、自死してしまう。そして、かず子は、元貴族であることを殊更に否定することなく、俗人的な現実を受け入れ、既婚の上原の子を身籠りながら、その子どもと一緒に力強く生きていくことを宣言する。 津軽の大地主だった太宰の生家(津島家)は、戦後の華族制度廃止・農地改革を受けて没落していき、その様を見ていた太宰が、チェーホフが『桜の園』で描いた帝政ロシアの没落貴族のなぞらえて書いたと言われ、主要な登場人物が、当時の社会に存在したいくつかの集団を象徴しているのだ。 太宰好きを公言している又吉直樹は、太宰は「嫌いな人は大嫌いだし、好きな人は大好きです」と言っているのだが、確かにそうなのかも知れず、残念ながら、私にはそれほど面白いとは思えなかった。尤も、又吉氏はさらに続けてこう言っている。「何かを思える。好きだとも嫌いだとも思える。ヒーローにもヒールにもなれるということは特別な作家にしかできないことです。・・・現代の作家で、太宰の役割を担えるのは村上春樹さんしかいないんじゃないかと思います。村上さんが新刊を出せば多くの人が読み、好きだ、嫌いだと言います。ご本人からすれば「嫌いだ」と言われるのは腹も立つでしょうけど、どこかで誰かが「嫌い」と言ってもびくともしません。日本文学の中で過去から現在まで、最もその対象にされ続けているのが太宰治さんです。」。。。なるほどである。 (2023年4月了)
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