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ハドリアヌス帝の回想 の商品レビュー

3.8

28件のお客様レビュー

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2024/09/15
  • ネタバレ

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タイトル通り、回想録の形式であり、いわゆる歴史小説とは趣が異なる。 簡単に書けるものではない力作だということはわかるが、読んでいて面白いかと言うとやや疑問符がつく。

Posted byブクログ

2024/06/19

臨終の際にあって、よくこんなにも長大な手紙を書けるものだ。 受信者として選ばれ、ハドリアヌスの死後これを届けられたマルクス・アウレリウスはさぞ度肝を抜かれたに違いない。老体そして病体の双肩が担うにしてはあまりに膨大な政務を十全に果たしながら、その一方で、先帝の軌跡や、ハドリアヌス...

臨終の際にあって、よくこんなにも長大な手紙を書けるものだ。 受信者として選ばれ、ハドリアヌスの死後これを届けられたマルクス・アウレリウスはさぞ度肝を抜かれたに違いない。老体そして病体の双肩が担うにしてはあまりに膨大な政務を十全に果たしながら、その一方で、先帝の軌跡や、ハドリアヌスと次帝アントニヌスの継承予定者たるマルクスのこと、さらには幾世紀先をも射程におさめる未来のローマと世界まで澄んだ目で見渡し、ひと連なりのものとして文に定着させる。本書が20世紀の作家ユルスナールの手で書かれた虚構にすぎないことを考慮に入れても、否、むしろ、ユルスナールが時間の垣根を越えて皇帝ハドリアヌスの目と口を借りて一人称の語りを提出したことによって、その偉大さへの感動は揺るぎないどころかいっそう高まりさえする。曰くいいがたい、なにかものすごいもの、あえて言うなれば神、がほんのつかの間そこに顕現し、それを目に耳にしたのだという実感が胸を占める。マルクス・アウレリウスは『自省録』において自らに影響した人物を挙げているがそこにハドリアヌスの名はないという。形容できず沈黙を選ばざるをえないからこそ、かえって屹立するその巨きさ、それがマルクスをも圧倒し、無言を納得させたのではなかったか。今朝ようやく読み終えた本書をまえに呆然とし、棚に戻してはまた引っ張り出すをぐずぐず繰り返している私と同様に。 ちなみに、訳者の多田のあとがきによると、これが彼女のはじめての訳業だというから恐ろしい。賢帝の言葉を現代に甦らせるユルスナールと同じくらい、原文の複雑で荘重な文体の香気を日本語に落とし込んだ多田の偉業には舌を巻かざるをえない。

Posted byブクログ

2024/02/10

皇帝の贅沢は-素早さ、荷物の少なさ、気候に合った服装-中でも一番の切り札はなんと言っても彼の完璧なからだのコンディションであろう。

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2023/07/16

ローマ皇帝のいきざまを多分史実と、心理描写は作者の想像?を織り交ぜながら語られていく。 文章が美しい。 詩人でもあったみたい。 苦悩の人生でいろんなことを考えていたのだなぁ。 戦いの場面や恋の場面など日常が描かれている。

Posted byブクログ

2023/05/10
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

古代ローマ帝国五賢帝の一人ハドリアヌスが、人生と治世の終焉を迎え、次期後継者のさらに後継者であるマルクス・アウレリウス(『ミステリと言う勿れ』でおなじみ『自省録』を著した哲人皇帝)に宛てて書いた回想録、という態の小説。 カエサルほどではないけれど賢帝と言われたハドリアヌスの治世については、塩野七生の『ローマ人の物語』で多少予習していた…はずなのに、思い出すのはモンテーニュが『エセー』に書いていた部分ばかり。 有名な部分をモンテーニュが切り取ったのか、私の記憶力のせいなのか。 ハドリアヌスは人間存在を評価するのに三つの手段があるという 1.自己自身の研究 2.他人を観察すること 3.書物 だからなのかな。 やっぱり寛容なのである。 ”世の中には二種類以上の知恵があり、いずれも世界には必要なのである。それらが交替し合うのはわるいことではない。” 子どもがいなかったからかもしれないが、自分は皇帝への野心を持っていた割に、後継者に対してはこだわりがないというか、揺らぎがあるというか…。 結果賢帝の時代が続いたのだからよかったけれども。 ハドリアヌスがマルクス・アウレリウスに目を付けたのは、マルクス・アウレリウスがまだ幼少の頃。 見る目があるにもほどがある。 面白かったのは、キリスト教の「己れを愛するごとく他人を愛せよ」という教えに対しての考察。 ”この命令は俗人が心から従うにはあまりに人間の天性に反しており、俗人は自分自身しか決して愛さないであろうし、特に自分自身を愛するわけではない賢者には、この命令はふさわしくないのである。” 確かに。 切れ者の皇帝の回想は、波乱万丈の人生を静謐な文章で綴られたもので、叙事詩のような趣も感じられる。 マルクス・アウレリウスに宛てて書かれているはずだけれど、多分彼の目に、既にマルクス・アウレリウスは写っていなかったのではないか。 自己弁護や過大評価などない、逆に若くして自死した恋人・アンティノウスについて赤裸々に語っているのは、同性愛に対する感覚が今とは違っていたとしても、あまりにプライバシーにすぎるような気がする。 一つ気になったのが、「薄肉彫り」という言葉。 読めば、レリーフの一種であることはわかるのだけど、だとしたら「薄く繊細なレリーフ」とかの表現にしてほしい。 「薄肉彫り」という言葉が正しいのだけれど、あまりにパワーワードすぎて、一瞬目が留まってしまうので。

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2023/03/25

平和の概念、人の世の国の在り方、愛の形、そして、死との向き合い。 深く深く考えさせられる物語り。 予備知識があれば、なお、深い感動が得られると感じる。 一冊の本で完結するのでは無く、この物語の背景にある歴史や人物像のみならず、当時の世界地図なども理解しながら、また、最後に記されて...

平和の概念、人の世の国の在り方、愛の形、そして、死との向き合い。 深く深く考えさせられる物語り。 予備知識があれば、なお、深い感動が得られると感じる。 一冊の本で完結するのでは無く、この物語の背景にある歴史や人物像のみならず、当時の世界地図なども理解しながら、また、最後に記されている作者の覚え書きに、この書籍のもつものの深みをますものが描かれている。 いつか、もう一度、今度は、じっくりと読み解いてみたい。 本物の書籍、という一冊でした。

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2023/02/07

かなりの長編で表現も難解そうだったので読むの止めようかなとも思ったけど、ローマ皇帝の回想録が主題でありあまりお目にかからない類の本なので半ば我慢して読んだ。 内容は壮大、そして哲学的。 理解の程度は置いといて読んで良かった。

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2022/03/17

マルグリット・ユルスナール(Marguerite Yourcenar)は、フランスの小説家。『ハドリアヌス帝の回想』は1924年に構想されて1951年に発表された。 日本でいうところのイタコを本作は体現しており,五賢帝の一人ハドリアヌスの口を通して老いと死を語らせる。ここで,心...

マルグリット・ユルスナール(Marguerite Yourcenar)は、フランスの小説家。『ハドリアヌス帝の回想』は1924年に構想されて1951年に発表された。 日本でいうところのイタコを本作は体現しており,五賢帝の一人ハドリアヌスの口を通して老いと死を語らせる。ここで,心理小説が歴史の軌道に乗り,確かな重みを得た瞬間を見ることになる。

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2022/03/03

美しいものに出合うと息をのみ、時が止まる瞬間がある。ファウストが人生最高の瞬間、悪魔に魂を委ねてしまうあの禁句を言う。「時よ止まれ君は美しい」と。 まさに美しさと言うのは、文章であれ、映画であれ、絵画であれ、女性であれ、一度眼にすると視線を剃らすことあたわざるもの。 この本の文章...

美しいものに出合うと息をのみ、時が止まる瞬間がある。ファウストが人生最高の瞬間、悪魔に魂を委ねてしまうあの禁句を言う。「時よ止まれ君は美しい」と。 まさに美しさと言うのは、文章であれ、映画であれ、絵画であれ、女性であれ、一度眼にすると視線を剃らすことあたわざるもの。 この本の文章は一言一句なおざりに出来ないような、精読を強いるひたむきな美しさに溢れ、読者の凝視に耐えられる類いまれなる強靭さを秘めている。と自分で言ってて何言ってるのかよくわからない、くそ恥ずかしくなるような言葉がこの本を読むと出てくる。この本は誰をも詩人に変えてしまう。 時は紀元1世紀、ローマ帝国は栄光の時代をむかえ、病を自覚し、みずからの治世と命の終焉がとおからぬことをわきまえた名声を馳せた皇帝の言葉としてかくありなんと語られる。 小説とは言ってもセリフは一切なく全て皇帝の一人言、時系列も定かでない切れ切れの心象風景、のちの皇帝マルクスアントニウス宛の書簡であり、日記であり、遺書でもある。 この本の特徴は、文章を堪能しているうちにストーリーを忘れ、その意味すら忘れ読み進めてしまう。何を描いているのか、何のシーンなのか理解せずに。翻訳者は朗読しながら文章を作ったかのような響きが美しく、詩的な散文 例えばこんな文章がある。 ハドリアヌスの盟友、前の皇帝の皇后プロティナを表現した言葉。 「女の装いとしてはもっとも簡素な白い衣をまとったその姿。彼女の容姿と物腰はローマの壮麗な建造物よりさらに古いこの王宮にいささかもそぐわぬものではなかった。」 「彼女はエピクロスの哲学に傾倒していたが、私もその哲学の狭い、しかし清潔な臥床の上に、ときおり思考を憩わせたのだった。」 「彼女は安易なものへの嫌悪によって純潔であり、天性によるよりは決断によって高邁であった。賢明な不信の念を抱きながらも、友の全てを、その避けがたい過失さえもを、受け入れるにやぶさかではなかった」 安易なものへの嫌悪によって純潔であり、天性によるよりは決断によって高邁であった。 あんい けんお てんせい けつだん こうまいが各々同じ語数でリズムを刻む。一読では良く意味はわからない。 三島由紀夫が言うように内容よりもまさに見て読んで楽しむ美文である。 一応解釈してみると、プロティナは簡単に手に入れられる物を嫌い、敢えて困難を選ぶような真摯さがあり、安易な者達と一線を画すような純潔があった。それは生まれつてのものではなく、みずからの意志で決断して行い、その姿は高邁そのものであった。 しかしそんな解釈を言ってみても始まらない。元の文章がすべてを物語っている。その溢れる含蓄故、精読を強いられるということ。 戦いに明け暮れた勇壮な男の世界観を産み出したのはベルギー人の女性作家マルグリットユルスナール。齢二十歳にしてこの本の着想を得、何度も中断を重ねながら三十年の歳月がこの文章を熟成させた。 翻訳者も女性。詩人にしてフランス文学者多田智満子。三島由紀夫を驚嘆せしめ、塚本邦雄をして「非の打ち所がない」と絶賛させた文章 偉大なる2人の文学の女神ミューズたちによって紡ぎだされた果敢にして優美、勇猛にして華麗 そして悲哀の物語。

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2021/07/18

ローマの五賢帝の1人、ハドリアヌス帝の視点から描かれる回想。病を自覚した奇才が、ローマの辺境の戦地を収め、旅をし、芸術や美少年を愛してきた人生を振り返る本。よく現代からこの視点を持ってかけたなと思う本。

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