くらやみの速さはどれくらい の商品レビュー
第5回ビブリオバトル全国大会inいこまで発表される予定だった本です。 ※2020.3.15に開催予定であったビブリオバトル全国大会inいこまは、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で中止となりました。
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「光の前にはいつも闇がある。だから暗闇のほうが光よりも速く進むはず」 自閉症と診断を受けている主人公のルゥはそのアイデアを胸のうちで温めている。 裏表紙のあらすじで「光の前にはいつも闇がある。だから暗闇のほうが光よりも速く進むはず」という言葉を読んだだけで、内容もまったく知らない...
「光の前にはいつも闇がある。だから暗闇のほうが光よりも速く進むはず」 自閉症と診断を受けている主人公のルゥはそのアイデアを胸のうちで温めている。 裏表紙のあらすじで「光の前にはいつも闇がある。だから暗闇のほうが光よりも速く進むはず」という言葉を読んだだけで、内容もまったく知らないうちから、深く感動して泣いてしまいそうになる。なぜ感動したのか自分でも思うわからない。それどころかそのセンテンスが果たしてなにを意図しているのかさえもわからぬまま、泣きそうになる。そういったことが、この小説のなかにはあふれている。 ルゥの語りによって物語は進む。『アルジャーノンに花束を』に似ているとのことだったが、実際には似ているところもあればそうでないところもある。この物語は、新開発の自閉症の治療法を、ルゥが受けることにするかどうか、その過程に重きをおいている。『アルジャーノンに花束を』のように、自閉症の状態と、自閉症でなくなった状態がどう違うかに重きをおいた作品ではない。 自閉症とはなにかということをルゥは突き詰めていく。自閉症であることによってなにを失ってきたのか、自閉症でなくなることによってなにを失うのか。自閉症であることはノーマルであることとどう違うのか。ノーマルとはどれだけノーマルなのか。はたして私たちは治療されなければならない存在なのか。その問いは果てしのないものだ。そして切実だ。 作中での描写や発言の意図を完全に理解するのは難しい。理解することが難しいことが、この本の持つ魅力になっている。そして理解するのが難しいことはルゥが自閉症だからだという人もいるだろう。一方で他者の言動からその人の思考を推測することはつねに不可能なことなのだともいえる。一見繋がっているようにみえる論理も、一見充溢しているようにみえる意味内容も、果たしてこれまで一度でも本当の意味で理解されえたことはあっただろうか? この問いかけは、作中で繰り返し扱われる、ノーマルは自閉症性をいっさい排除しているのか、ノーマルと自閉症のあいだで誰がどうやって線を引いているのか、自閉症は異常なのか、という問いかけに呼応する。意味はつねにひとつのアナロジーであり、理解とはアナロジーによって生み出されるものだ。意味の理解とはひとつの構造であるはずだ。ゆえに、ルゥの語りの「真意」を知ることはできずとも、私たちはその文章を理解することができる。そこに、祈りを読みとることができる。翻って、意味がわからないということそのものが、そのまま、ある祈りなのだ。
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タイトルも著者名も美しいネビュラ賞受賞作。裏表紙に「21世紀版『アルジャーノンに花束を』」とありますが、なるほど同じ訳者なんですね。 自閉症の療法が飛躍的に進化した近未来。治療の適齢を過ぎた最後の世代であるルウは、製薬会社に勤めていて、クラシックを聴いたり、仲間とフェンシングを...
タイトルも著者名も美しいネビュラ賞受賞作。裏表紙に「21世紀版『アルジャーノンに花束を』」とありますが、なるほど同じ訳者なんですね。 自閉症の療法が飛躍的に進化した近未来。治療の適齢を過ぎた最後の世代であるルウは、製薬会社に勤めていて、クラシックを聴いたり、仲間とフェンシングをするなど、充実した日々を送っていました。そんなある日、会社に新任の上司が着任し、ルウたち自閉症者を集めたセクションに、解雇をちらつかせながら、自閉症治療の実験台になることを迫られます。ルウは、ノーマルな人たちが普通に感じ取れる微妙なニュアンスや、他人の表情や仕草から感情を読み取れないことを気に病んでいました。それでもフェンシングは楽しいし、好きな女性がいるなど、今の自分を変える必要があるのか、ルウの視点から語られます…。 自分は、自閉症の人の内面は、この小説で語られる内容でしかわからないですが、ルウの視点から語られる内容はとても考えさせられました。しかし、逆にノーマルの世界も、あまり褒められたものではないことに気付かされて、少し複雑な気もしました。特に嫉妬の感情とか。ルウの車に対するイタズラなどは、ちょっとした犯人探しになっていますが、ルウの思考がとても興味深かくて好きですね。 あと、ラストについては、自分はこれで良かったと思いました。 他に印象深かったシーンの覚え書き。 P271-275の自分は何物なのかということについて、脳の働きを学ぶ決意をするところ。 P471-473の心の葛藤。 P538-542での実験に対する決意と友への心情の吐露。 追記: クラシックでバッハやマーラー、パガニーニやショパンなどが出てきますが、登場人物でジャニスとヘンドリックス博士の名前が面白いです。ロックのジャニス・ジョプリンとジミ・ヘンドリックスから名付けたんでしょうね。著者も好きなのかもしれない。 正誤 (2刷) P492の14行目: それがだれの声がわからなかった。 ↓ それがだれの声かわからなかった。
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自閉症の男性が主人公。自閉症とは言え、自分に合った職業があり、フェンシングの趣味ももち、それなりに満たされた暮らしをしている。 彼の一人称で話が進む。彼が音楽を理解して感じるやり方や、他の内面世界は、一般的な自閉症者のイメージと違ってとても豊か。感情的には落ち着いていて、合理的で...
自閉症の男性が主人公。自閉症とは言え、自分に合った職業があり、フェンシングの趣味ももち、それなりに満たされた暮らしをしている。 彼の一人称で話が進む。彼が音楽を理解して感じるやり方や、他の内面世界は、一般的な自閉症者のイメージと違ってとても豊か。感情的には落ち着いていて、合理的で美学も感じるような世界観。それに加えて数学の才能も天才的。 だが、新しい上司が彼ら自閉症の従業員を自閉症治療の治験者にしようと圧力をかけてくる。 趣味のフェンシングサークルでの人間関係のいざこざもあり、その治験を受けることを決める。リスクを感じつつも決断する、その葛藤、筋道の付け方がしっかりしている。 結果的に、治療は成功して、彼は元々持っていた宇宙工学への夢を叶える。失ってしまった元の自分と、新しく生まれた自分、それが統合されて、最後は感動的。 自閉症だった彼も、そうではなくなった彼も魅力的で、その二つの立場から世界を見る面白さがある。変化に立ち向かう勇気と未来への希望に満ちている(作中には治療に失敗した同僚の存在も窺わせるものの、詳細はなく、勇気を出して治療してよかった、という印象)
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随分前に時間を掛けて読んだ 主人公の性格が好きだった ラストもかなり好みだった 物凄く読むのに体力が必要だったがまた読み返したい
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自閉症者の「感覚」「知覚」の部分が丁寧に言語化・描写されていて、理解が深まり、ありがたかった。 自分を構成する要素とはなんなのか?どこまで変わったら、それは自分でなくなるのか?未知の恐怖に正面から向き合い、決意した主人公が選び取った結末。100%ハッピーではないかもしれないけど、...
自閉症者の「感覚」「知覚」の部分が丁寧に言語化・描写されていて、理解が深まり、ありがたかった。 自分を構成する要素とはなんなのか?どこまで変わったら、それは自分でなくなるのか?未知の恐怖に正面から向き合い、決意した主人公が選び取った結末。100%ハッピーではないかもしれないけど、そのあとのことに光を感じられるような、絶妙なラストだった。
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※このレビューにはネタバレを含みます
「21世紀版『アルジャーノンに花束を 』」と言われている作品ですが全然違います。アルジャーノン的な話だと思って読むと、1/3くらい読んだところで不安になってくるので、別物だと思って読みましょう(笑) ※ここからネタバレあり※※ 私が感じた大きな違いは主人公・ルゥは、ただ、マイノリティである、ということ。自閉症者であるルゥは、健常者(ノーマル)の感覚や価値観とただ異なっているだけでノーマルに比べて全く劣る存在ではないのです。ですが「障がい者」というレッテルを貼られ、ノーマルに合わせることを強要されます。私も、ある立場においてはマイノリティなので、ルゥの置かれた理不尽な状況に共感が止まりません! 一方で私も(たぶん)ノーマルなので、ルゥの感じ方に「そういう考え方もあるか!」と驚き!…そうだよね、なんでいちいち挨拶とかしてんだろ…。 そんな私のメンタリティはルゥの上司のオルドリンに一番近い(笑)。悪人にもなれず、かといって表立って声を上げることもできなくて、ルゥから「助けたい、と言うということは、なにもしてないということだ」みたいに思われてる、彼のたくらみが実を結んで本当に良かった! 治験を受ける前の秋の公園のシーンは物悲しくて美しかったですね。マジョリティならば決して取る必要のないリスクを取って、結果として、失うものはあっても、たくさんの可能性を手に入れられたルゥ、本当に良かったなと思いました。傑作です!
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自閉症者の自我、というか、感性というか、自意識というか、とにかく彼らがどのように感じ、人と関わっているのか、それは知る由もないのだが、本書を読む限り、健常者になるよりも今のままでいても充分幸せだったんじゃないかと感じさせる。 果たして、どちらのルウが本当に幸せなんだろう?
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※このレビューにはネタバレを含みます
アルジャーノンとはちょっと方向性が違うけど、自閉症の人々の感性とかものの見方とかへぇ…って感心した。 どう頑張っても「自閉症の人」って扱いをされてしまうし、わたしだって「自閉症の人なんだな」って思ってしまうし、もう自閉症は自分のアイデンティティだよっていうキャラクターもいたけど「自閉症」から逃れられなくてどうしても「ノーマル」になりたいっていうのもなんかちょっと分かるしラスト付近すごい辛かった。 最後、ルゥは同じ人じゃない…って思ってしまった。 結局、光の速さとくらやみの速さは同じになったのだろうか
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すごい本。すごい物語。さすがのネビュラ賞受賞作ってことか。 ただ、帯に書いてある"21世紀版『アルジャーノンに花束を』"は違うと思う。 アルジャーノンも素晴らしい作品だけど、本書とはtasteが違ってるんじゃないかな。 まず、なんと言っても、『ルウ』の造型が...
すごい本。すごい物語。さすがのネビュラ賞受賞作ってことか。 ただ、帯に書いてある"21世紀版『アルジャーノンに花束を』"は違うと思う。 アルジャーノンも素晴らしい作品だけど、本書とはtasteが違ってるんじゃないかな。 まず、なんと言っても、『ルウ』の造型が素晴らしい。 この人物像を、ここまで精緻に描きあげたことを心から賞讃したい。 一人称で語らせることで、その思考や感情が、読み手の心へとstraightに流れ込んでくる。 本来、読者とは異なる世界で生きているはずの、自閉症である『ルウ』が、読み進めていくうちに、とても身近な、あくまでもただ一人の『人間』なんだという、確固たる存在感を持って立ち上がってくるのが分かる。 そしてその、極めて繊細で、静謐で、整った、自分達が生活してきた世界とは明らかに異なった、あまりにも純粋な世界が放つ、魅惑的なその風景。 本書は、幾ら語っても語り尽くせないほどの輝きに満ちていると感じる。 そして、大野万紀氏の解説を読んで、初めて気付いてかなり驚いたのだけど、本書の訳者は『アルジャーノンに花束を』の訳者でもある小尾美佐氏。 翻訳ものは、どうしたって訳者の力量に左右されてしまう。本書が小尾氏によって訳されているということは、本書の魅力が何倍にも増幅されているということに他ならない。本書にとって、そしてもちろん読者にとって、これはとても幸せな事だったと思う。 自閉症者の日常を、自閉症者の視点から描くこと。それを、魅力的な物語として成立させること。 本書は、その困難な試みを見事に成功させた作品だと感じた。 読みながら、『健常さ』というものについて、改めて考え込んでしまった。何をもって『健常』と判断するのか。 例えば、容姿の美醜は『健全さ』で判断出来るのか?とか。もしそれが適当ではないのなら、精神的な障害と呼ばれているものだって、一緒なのではないか?とか。 『普通ではない』の『普通』という線は、どこに、何故引かれなければならないのか?とか。 なんにせよ、とにかく「すごい」作品であることは間違いない。素晴らしかった。
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